第34話 一歩前進? ぐるぐる迷路
「……なんなのよ、もう」
私は家に帰ってお風呂に直行した。
雨で身体が濡れていて寒かったからだ。
それに耳だけ熱くて、どこか落ち着かない。圭吾は言いたい放題言って自分の家に帰っていった。
たぶん同じように今風呂に入ってて……1時間くらいしたら夕飯を食べに家に来る。いつもは一緒に食べるけど、今日はもうイヤ。だから琴子ちゃんと食べたいとLINEした。
琴子ちゃんは『配信見ながら食べよー!』と言ってくれて、私は安心してブクブクとお湯に沈んだ。
「それでは地域開発活動をはじめますー」
次の日は見事に晴れた。朝練は泥サッカー禁止なので、夕方の練習までにもう少しグラウンドの状態が回復することを祈る! 私は大きな水たまりがあるグラウンドを見ながら祈った。
今日は地域開発活動の授業の日だ。
色んな企業が参加してるけど、私と千颯さんと桃は当然北見病院のグループに入った。
今日来ているのは、次男の奥さまの聡美さんだけ。
今回のプロジェクトは、主に聡美さんが夏にオープンするスポーツ専門の整形外科をアピールすることだ。
聡美さんは八割工事が終了してる病院の写真をモニターに出して、
「こんな感じになってて、もうほとんど完成してるの」
生徒たちは写真を見ながら、
「あっ……あそこか。北見病院の裏にある……公園の横!」
「そうです。こだわったのはバス停の目の前って所。だってスポーツしてる学生さんに通ってほしいと思ってるから。それに整形外科にくる時点で不調を抱えてるのよね。だから自分の力で来られないでしょ? だからバス停の目の前にこだわって土地を探したのよ。バス停からスロープを使って病院に入れます」
そう言って聡美さんは微笑んだ。
このバスはうちの市がサッカーに力を入れ始めたタイミングで、主要な施設を結ぶために動かしはじめた路線だ。
あのバスが通る所にあるのは、すごく良いと思う。それに高校生までは無料だから私と圭吾もFCカレッソに行く時、いつも使っていた。学校の前にも来ていてすごく便利だ。
そして整形外科の目の前にある公園は、妙に急勾配で、なぜかコンクリートで出来ている滑り台が名物だ。
他の生徒が苦笑しながら、
「この公園の滑り台で怪我しても、すぐに行けますね」
「あはは! そうなの。あの滑り台すごいよね、でも市はあれを滑り台とは認定してないの。なんと階段で申請が通ってる」
「あんな急な階段あるはずない!」
みんなは笑った。
実際私と圭吾もあの滑り台でよく遊んだ。圭吾はあそこの滑り台で20回くらいパンツに穴をあけた。
私は靴でずるずる滑ったことしかない。あんなのお尻でそのまま滑ったら即死案件だって小学生の私にも分かる。
夏にその公園と地続きになっている広場で、病院のオープンを知らせるイベントをすることが決まっていて、そこに高校生のスペースを作ること。そしてそこに集客する方法を考えるのがテーマだった。
一人の子が手をあげる。
「ラッピングバスはどうですか? あのバスはずっと循環してるので、バスに広告があったら目立つかも」
「それは予算見れば分かるけど、無理だろ」
「ラッピングバスの費用を計算してみようか」
「それよりバスの中で広告を流すのは? よくバスの中でCM流れてるよね」
「あ、たしかに見るかも。バスの中って立っててスマホ見にくいから、流れてるCMとか見ちゃう-」
みんなはワイワイと病院のアピール方法について発言を始めた。
その横で桃がスッと手を上げる。
「旦那さまの竜之介さんは食品業を営んでますよね」
「え、ええ。そうよ。あっ、桃ちゃん、そうよね、旦那が三喜屋に商品卸してるもんね。知ってるわよね」
「調べたら世界各国の料理を扱っていて、楽しそうでした。特色もあり、企画として面白いと思うのですが」
桃はみんなの前に竜之介さんが経営している店一覧を出した。
みんなは「わ、こんなにロシア料理のお店があるんだ」「あ、このロシア料理の店、最近オープンした店だ! ケーキが美味しかった!」とワイワイし始めた。
結局今日はイベントで何か店を出すこと、バスに関して調べること……などが決まった。
地域開発活動の授業はいつも四時間目にあるから、終わった後桃と千颯さんでランチが出来るのが楽しい!
もう定番となっていていつも同じ外の席に向かう。
地域開発活動の授業がある日は、お母さんにお願いしてデザートをセットにしてもらっている。
今日はなんとジェネリック清水屋のロールケーキをお母さんにお願いして作ってもらったの!
「いただきまーす!」
「いただきます。見た? 千颯。聡子さんめちゃくちゃ嫌な顔してたわね」
「いただきます。そうだね、完全に嫌がってたね」
ご飯を食べ始めてすぐに桃と千颯さんは作戦会議をはじめた。
桃と千颯さんは、桃のお母さんが亡くなった本当の理由を知りたくて、この地域開発活動を選択した。
どうやら北見病院に関わりがあるらしいんだけど、私は難しくていつも話を聞いているだけだ。
桃はお弁当を食べながら、
「資料作って正解だったわ」
「裏から関われるチャンスだ。ナイス美穂ちゃん」
「お助けになれたなら良かったです」
私はエビフライをパクリと食べた。
桃とカフェデートだー! と喜んで付いていったら、なんとリサーチで、北見病院の次男、竜之介さんが経営している店だった。そこでロシアのデザートが出てきていたのに私が気がついたのだ。
その後香月さんが調べた結果、竜之介さんには結婚したかったロシア人の女性がいて、子どもも産まれていた。
でも北見百合子に結婚を反対され、産まれた子どもの認知もされていない。竜之介さんはその後聡子さんと結婚した。
竜之介さんは今もロシア人女性を愛していて、結婚できないお詫びとして彼女の地元から食材を輸入販売、そして商品業者になっていったようだ。
北見家ではタブーとされていて、認知もされてないのであまり表には出て来ていない話のようだ。
ガードが堅すぎる北見のことをもっと知りたい桃は、それを企画としてぶつけることを考えた。
私はご飯を食べながら、
「なんか聡子さんをいじめてるみたいで……ちょっと悪くないかな」
「旦那がしてる事業も広められるって言ってるんだから、イヤでも断れないでしょう。そもそもバス停がどーのこーの言ってたけど、あそこら辺の土地全部北見の持ち物よ。それにバス停直結なんて、絶対癒着してる。そんなの全病院がやりたいのに、北見の娘の病院だけしてるのよ。それをまるで善意みたいに言い換えられる女よ。表と裏が激しい。ああいうタイプはプライドが高いから利用価値が高い」
「……桃って、本当に色々考えててすごい。言葉にしてる全部で人を見てるんだね。よし、私にもやってみて?」
「……美穂が部活ばっかりで一緒に遊べないのが淋しい」
「策略がない~~! えへへへ。今度の旅行楽しみだね。私栞作っちゃおうかなー!」
私はそう言って桃の横にぴたりとくっ付いた。
桃のお母さんの車が沈んでいる海に私と桃と香月さん、そしてなぜか千颯さんも一緒に旅行にいくことになった。
泊まる場所も車も、全部桃が準備してくれて、私は行くだけだ。楽しみすぎるー!
スマホでホテルを見ながら、私は保冷剤で冷やしてきたジェネリック清水屋ロールケーキを出した。
それを一口食べた千颯さんは目を輝かせて、
「やばい、マジで似てる。ていうか……ジェネリックのほうがちょっと美味しい気がする」
桃も食べて、
「ん。本当に美味しい。美穂のお母さんお料理上手。すごいわ、ここまで再現できるなんて」
「えへへへ。嬉しいな」
お母さんを褒められてニコニコしていると、外の席にサッカー部の一ノ瀬先輩と、もうひとり男子生徒が来た。
私は軽く立ち上がって頭を下げる。
「一ノ瀬先輩、おつかれさまです」
「おつかれー! 待ちきれなくて連れてきちゃった。これがバスケ部で、家がケーキ屋でパティシエ修行中の上野」
「はじめまして、美穂ちゃん。バスケ部の上野です」
「はじめまして!」
私は頭を下げた。
ユニフォームを干していた時に紹介すると言われていた人だ。
上野さんは、
「前に寮でシュークリーム作ってたでしょ。あれすごく美味しかったから」
「あ! 生クリームが余ったときいて少しだけ作ったやつですね。美味しくて良かったです」
「どんな子が作ったのかなーと思ったらサッカー部のマネージャーだっていうから。え、そのロールケーキも作ってきたの?」
そう言って上野さんは私たちが食べていたロールケーキを見た。
私は半分だけ残ったロールケーキを見せて、
「これ、清水屋ロールケーキをお母さんが真似て作ったものなんです」
「え! あれを再現してるの?! それは気になるな。気になるけど……おっと、護衛で有名な島崎一族が俺を睨んでる、怖いなー! じゃあ今度寮のお祭りの時に持って来てよ」
「あ、はい、お母さんに頼んでみます」
「じゃあねー!」
そう言って一ノ瀬先輩と上野先輩は去って行った。
びっくりした。紹介するのは寮の感謝祭って話だったのに。
椅子に座ると桃と千颯さんの目が据わっていてびっくりした。
「三人で楽しくしてたのに、勝手に会話に入ってくるの、空気読めなさすぎる。シンプルにクソ」
「初手から異性を名前呼びする男は基本的にゴミだ。俺だって久米さんからはじめたのに」
ふたりがボロボロに上野先輩のことをいうので笑ってしまった。
個人的には、今まで料理が趣味の男の人と話したことは無かったから、それだけは新鮮だなあ……と思う。
いつだってこんな風に桃と千颯さんが守ってくれるから……と思って私は口にロールケーキを入れた。
この前の圭吾のことも、桃に愚痴りたいと思う。
愚痴ったらスッキリしそうなのに、言えてない。
「偉そうだったんだよ!」と思うのに、そもそもいつも圭吾はあんな感じなのに、今回はずっと気になるのが説明できない。
私はギュウギュウと桃にしがみ付いて、
「私今ね、ゴールがないって分かってる迷路を歩き出した気持ちなの……」
桃は真顔で、
「迷路の壁をぶち壊して真っ直ぐ進めば良いじゃない。そしたら外に出られるわ」
「あははは!!」
私はあまりに桃らしい返答に爆笑してしまった。
外に出られるけど、全部壊れてる。千颯さんは横で静かに、
「そもそもそれが迷路なのか考えてみるといい。一歩でも前に出たら、それは前進だ」
……謎ポジティブ……。
私の横にこのふたりが居て良かったと私はロールケーキを全部食べた。
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