第33話 雨の中の叫び、なにそれ
「知ってましたけど、この練習すごいですね!」
「え? 何? 何にも聞こえない!」
「す・ご・い・れ・ん・しゅ・う・で・す・ね!」
「そうなのーー、でも本番もこの確率が高いからーー」
今日は朝からずっと土砂降りで、夕方の今も降り続いている。
でもこういう時こそサッカー部は試合をする。なぜかというとサッカーは雨の中でも試合をするからだ。
そしてもうすぐある新人戦と、全国大会へ向けた予選も、雨の確率が高い。
なんと10年中で、8回予選が雨だったようで、うちの県はもう予選の日は雨だと決めて練習している。
だから雨が降るとむしろ外で試合をする。
もうグラウンドはグチャグチャをこえたドロドロ、そして視界は1m先が怪しい時もあるレベルの土砂降り。
これはさすがに試合中止になりますよね?! と言いたい所だけど、FCカレッソでもこのレベルで試合はあった。
サッカーってなんで雨でも試合するの? とお父さんに聞いたら「ヨーロッパずっと雨だから」と笑顔で言われた。
ヨーロッパの雨と日本の雨、違うと思うの。
ドオオオオオと大きな音を立ててずっと雨が降っていて、前が見えない。
でもこの練習をしていたからこそ、2年前小田高は伝説の土砂降りの試合で勝ったのだ。
隣に立っている押味先輩に話しかけることも出来ないレベルだけど、見える部分だけで頭に記録をしている。
コーチや監督たちも土砂降りの中、グラウンドに出て指示を出している。
私も押味先輩に言われて中に競泳水着を着てきたけど、濡れすぎて何がなんだか……。
「うわあああ……何も、何もできなかったっ!」
「圭吾、敵にパスしてた」
「末長なんてボール見失ってただろ、マジで面白かった、ボール探して右往左往してさあ」
「もうふたりともシャワー浴びて早く脱いで! みんなが脱がないと私も脱げないんだから!!」
「おっけーおっけー」
私はサッカー部員を全員シャワールームにぶち込み、出てくるドロドロのユニフォームの山を持った。
雨の中でする練習はこれで終わり! いつまでも雨の中で練習すると風邪を引くからだ。
私も速攻女子更衣室にあるシャワーを浴びて服を着替える。
シャワーを熱くしても寒い~~! そしてショートパンツに穿き替えてすぐに出た。
男子更衣室横にドンドン出てくるユニフォームとは呼べない泥の物体を持てるだけ持って巨大なバケツにぶち込む。
「美穂ちゃん、いくよ!」
「はいっ!!」
私と押味先輩は足でユニフォームをふみふみして泥を出す。
この練習は小田高伝統なので、専用の洗濯バケツがある。漬物用のバケツなんだけど下にホースが付いていて、そこから汚水を捨てられる。
泥だらけのユニフォームを入れて足でふみふみしてある程度泥が落ちたら、洗濯機にぶち込む……を繰り返す。これを選手150人分するので、大変だ。
私と押味先輩、そして他のマネージャーさんたちと「うおおおお!!」と言いながら鬼の形相で続ける。
私は泥が落ちたものを再び水道水で軽く洗って、洗濯機に運ぶ。
雨の中練習するのはサッカー部だけなので、部活用と寮のやつ、フルで回して延々洗う。
雨は全然やまなくて、運んでいるだけで再び濡れてしまうけど、中にもう一枚の水着着てるから、もうどうとでもなれ~!
選手たちはシャワーを浴びて筋トレルームに集まり、室内トレーニングに切り替えた。
洗濯が終わるまでにシャワー室の泥出しをする。これをしないと泥が詰まって他の部活の人たちに怒られるのだ。
選手たちもそれを分かってるので、入り口にあるホースで水浴びをしてから入ってくれてるから、かなり楽だ。
シャワー室がキレイになるころ、洗濯が終わった。
でも今日は明日までひたすら雨らしく、外にユニフォームを干せない。
その場合はC棟の1階に延々とロープが張られていて、そこに干せるらしい。
ほおお~~。C棟は昔部活の部室があったところで、小田高がここまでスポーツで強くなる前に使っていた場所だ。
今は立地の悪さもあり、荷物置き場となっている。
入ってみると、長い廊下に電柱みたいに物干し竿を引っかけられる柱? みたいなものがあり、そこに延々とロープが張ってある。
「おおおお!!」
私は廊下に延々と続くロープに感動した。このロープにユニフォームを通して干すらしい。
寮で大量のシーツを洗濯した時には窓を開けっぱなしにして使うと聞いて「楽しそう!」と思った。
洗濯が終わったユニフォームをどんどんロープに通して干していく。150人で上も下もパンツも靴下もある。
この廊下全部ユニフォームになること間違いなし!
「美穂、おつかれ!」
「圭吾。練習終わったの?」
「今日は電車が危ないから……って美穂お前、なんで上が水着で下がショーパンなんだ!!」
「ユニフォーム濡れてるでしょ? それを持って移動して傘させないよ。もう干そう!」
「ダメだ、これからみんな来るから俺のTシャツ着とけ。俺今から他の服着てくるから! ほら、早く!!」
そう言って圭吾は自分のTシャツを脱ぎ、私に押しつけて戻っていった。
なんというか水着も濡れてるから、上から乾いたTシャツ着ても、これもまた濡れるんだけど。
まあ着るか……と圭吾のTシャツを着てその場で脱力した。源川市役所……これお父さんが働いてる市役所のイベント用Tシャツ(パジャマ)じゃん……。
洗濯物が混在しまくってる。ここまでがっつり書いてあるのに、どうしてこれ着てくるの?
呆れて笑いながら作業を再開したら、
「久米さん。手伝うよ。あれ、圭吾は?」
「私に自分のTシャツという名の、私のお父さんのTシャツ貸して、自分はもう一回服着に行った」
「ぶはっ! 源川市役所、それ久米さんのお父さんのやつなんだ。クソ面白い」
「洗濯物混在なんて、絶対言わないでね! 説明できない」
私と末長くんは大量にあるユニフォームをせっせとロープに伸ばして干した。
末長くんは干しながら、
「修二のこと、圭吾が話したって」
「ああ、うん。聞いた。ごめんね。何も知らなかったからゴリ押ししてたけど理由があったんだね」
「修二ガチなんだよ。今どういう気持ちなのかよくわかんねーけど。前に好きだった……しかもがっつりふられてるんだぜ、その人と一緒に住めるのか?」
「分からない。私が分かるのは、末長くん大変だなあって。あ、ピンチハンガーあっちにあった」
私と末長くんは大量の靴下を抱えて、古い教室の中に移動した。
そこにはピンチハンガーがグチャグチャに絡まって置いてあった。
どうしてくっ付けた……。末長くんはそれを紐解きながら、
「……もう家族って枠なんだから、恋とか気持ち悪いだろ」
「……それは……さ……」
と私が顔を上げると、廊下に話し声が聞こえてきた。
どうやら押味先輩と圭吾のようで、押味先輩の声が聞こえてくる。
「振り返りシート、美穂ちゃんが手伝ったんだ。話しながらなら、あそこまでちゃんと書けるなら、今度は私と末長くんでするよ」
「いや、次は俺と末長と美穂の三人でやってみようかなって思います」
「そうなの?」
「三人で考えながら見るのも、新しい視点が生まれる気がして。だから三人でやりますよ、次は遅れません! 俺に任せてくださいよ!」
それを私と末長くんは古びた教室のなかでピンチハンガーをほどきながら聞いた。
圭吾なりに気を使って考えてるんだなー……と思うと、なんだか胸の奥がキュッとする。複雑な気の使い方なんて出来るタイプじゃないと思ってたけど……ちょっと見直した。圭吾も高校生になって、少し大人になってる。
横を見ると、末長くんが今まで……あんまり見たことが無い……なんだろう、すごく安心したお湯の中にいるみたいな顔をしている。
私はふと口にする。
「末長くんって、圭吾のこと、本当に好きなんだね」
「えっ……好き?! いや、ずっと、一緒にサッカーしたいとは思ってるけど」
「うん」
「それで、一番の幸せを祈ってる。これはガチ」
「私と桃みたいな感じかな。私なんて桃のこと超大好きだし。一番理解してるのは私だって自負してる!」
私がそう言うと末長くんはピンチハンガーに靴下を干して、
「……圭吾はもう毎日俺に久米さんの話をしてさ……」
「おい居ないと思ったら、ここに居た。こらてめー末長、何を美穂にペラペラ話してるんだ。まだまだ山のようにあるんだぞ」
「久米さんが帰ってこない、久米さんが日曜日島崎一家に取り込まれた、島崎一家から送られてくる魚が旨い……」
「末長黙れ!!」
長い廊下でふたりは追いかけっこを始めて、手伝いにきた二年生の先輩に捕まえられて怒られていた。
ユニフォームを干していたら、横に二年生の一ノ瀬先輩が来た。
一ノ瀬先輩は二年生でもトップクラスに上手な人で、元FCカレッソの人だ。
「久米さん、おつおつ」
「一ノ瀬先輩、おつかれさまです。今日の試合視界最悪なのにボールコントロールしててすごかったです」
「一年こんな状態で試合してたら慣れるよ。でもまあ普通にあんなコンディションでやるの、変だと思ってるけどね。ヨーロッパだってJリーグだって、あそこまで降ったら止めるよ」
「そうですよね、ちょっと酷いですよね。あの雨は」
「服も……あれ。そのTシャツ、圭吾のやつ?」
「あ、そうです。私のTシャツ濡れちゃって、圭吾が貸してくれたんです」
「源川市役所のTシャツってなんだよ! ってさっき笑ってたから。さすがに高校生になったし、圭吾と付き合いはじめた?」
一ノ瀬先輩は干しながら言った。
私は聞き慣れた質問に、
「いえいえ、マネージャーとして支えて行きますよ」
「まあ近すぎるか。だったらバスケ部のやつで久米さんのこと紹介してほしいって言われてるし、今度寮の感謝会で紹介させて。寮の感謝会は寮の奴らがスタッフに感謝するために逆に飯作る会だから」
「はい、誘われてます」
「そいつバスケ部でパティシエ目指してるから、すんげー旨いケーキ作るよ」
「それはすごいですね!」
マネージャーは全員参加だと聞いてるし、美味しいもの食べられて楽しいよと押味先輩も言ってた寮の感謝祭かあ。
紹介とかどうでも良いけど、バスケ部でパティシエ目指すとか、すごい人もいるんだなあ。
みんなでユニフォームを干して、明日には乾くことを祈って乾燥機を回してC棟から出た。
「うええええ……。これもう自転車置いて帰ろう、無理だよ。制服が入ったリュックも濡れちゃう」
「歩こう。いやこれ明日には止むらしいけど、結局水たまりのなかで練習だな」
「また洗濯だああ……」
私と圭吾は傘をさしてゆっくり歩いて帰ることにした。
どうやら雨のピークはすぎたらしいけど、まだ結構な強さの雨が降っている。
明日雨が止むなら制服は濡らしたくないっ! 私はカバンを抱えて歩いた。
横を歩く圭吾が私のほうを見て、
「寮の感謝祭、マネージャーは強制参加なのかよ」
「そう。寮の仕事結構手伝ってるから、半年に一度ねぎらってくれるんだって」
「一ノ瀬先輩が、誰か紹介するとか言ってたじゃん。そんなよくわかんねー会、どうして美穂が出なきゃいけないんだ」
私は傘を持ち直して、
「……はっきり言うけど、私高校三年間、彼氏とか作る気ないから。マネージャーだけで手一杯だよ」
「俺もはっきり言うけど、俺は絶対彼氏より近い存在なのに、俺より美穂に近いやつなんて無理だから。だから最初っから許さない。だから俺より仲が良い男は作らないでくれ」
あまりの言葉に立ち止まって圭吾を見る。
「はっ……? なにかすさまじい事言われてる気がするんだけど」
「男はみんなダメだ、今日も美穂の透けてる水着を見てたぞアイツら、何考えてるんだ」
「透けること分かってたから着てた水着じゃん。過保護な弟みたい」
「せめて兄だろ!! だって俺のが誕生日早いし!!」
「早いってたかが三日じゃん! ……じゃあお兄ちゃん、妹として忠告しますけど、お兄ちゃん定期テストの課題、まじで終わってなくない?」
「……マジで終わってないな」
「知ってる? 終わってないと練習参加出来なくなるんだよ」
「来週……あと三日か……」
「妹として忠告したからね? 妹だからお手伝いは出来ません」
「サッカー部マネージャーとしては……?」
「出来ません!!」
私は土砂降りの中、傘で顔を隠して、適当に話しながら歩いた。
「最初っから許さない」とか「俺より仲が良い男は作らないでくれ」……って何なのよ。何様のつもりなのよ。
無駄に耳が熱くて、私は傘から手を出して冷たくなった手で耳を冷やした。
なんなのよ、それ、何様なのよ、わけがわからない。
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