第32話 桃の部屋でお泊まりと、変装
「もう部活ばっかり。今日は桃にゆっくり甘えたいの」
「美穂、可愛い。でもごめんね……あと一時間くらいで落ち着くと思うんだけど……」
「香月さんは何をしてるの……?」
日曜日の夜、私は月曜日に学校に行く準備を持って桃のマンションに来た。
サッカー部があまりに忙しくて、最近はこのスタイルが定番になってきた。
桃がマンションに引っ越して気楽に行けるようになったのも大きい。
今日は可愛く変身&ネイルして、少し遠くにある店にケーキを食べに行こうと話していたのに、夕方に家に来ると香月さんがひたすら魚と格闘していて、
「……桃。部屋臭くない?」
「そうなのよ。隣の自分の部屋でやりなさいって言ってるんだけど、隣の香月の部屋はワンルームだから作業するスペースが狭いの。私の部屋は家族向けだからアイランドキッチンだけど」
「うん……でも……ウロコが飛び散ってるよ……? ジャババババってすごい音してるし」
「ダメよ、お母さんの新しい情報が入ったのに何も分からなくてイライラしてるの」
「あー……」
「北見病院に行きすぎて千颯に怒られたの。目立つなって。だから荒れてるの」
「香月さん……そういうの上手にやりそうなのに……」
「お母さんに関しては無理なの。ずっと変だと思って島崎の家に居たような人間だから、リミッターが外れちゃったのよ」
香月さんは私に軽く頭だけ下げて、再び魚を捌き始めた。
でもイライラしてる時に料理したくなる気持ち、分かる。
キャベツの千切りとかしてると頭のなかがスッキリしてくるもんね。
桃は私を寝室に連れてきてくれた。桃は私がいつ来ても良いようにキングサイズのベッドを購入していて、なんと天蓋付き! キャー! お姫さま~~!
私はカバンからパジャマを出して、
「桃とお揃いのパジャマ! ここに置こうと思って持って来たの」
「懐かしい。私もまだ持ってるわよ。じゃあ今日これを着ましょう」
「着て寝たいー! でもまずネイルして可愛くして! 変身するんでしょ?! すっごく楽しみにしてきたの」
「そうよ。別人になりましょう」
「わあ、楽しみ! あのかけてある深紅のミニスカート?!」
「そう、美穂に似合うかなと思って準備したの。じゃあ爪は服とお揃いで深紅にしましょうか」
「概念です……最高……」
「がいねんって何?」
「推しのVTuberのメッシュが赤だし、服装も赤が多いの。だから好きー!」
明日は学校なので、ネイルはたった半日の命だけど、変身とセットなら服の一部、楽しい!
桃は私を椅子に座らせて、こってりとした深紅のマニキュアを塗ってくれた。
そしてピンク色で線を描き始める。それは指先に白い花が舞っているようにキレイで、私は見惚れてしまう。
私は手をかざして、
「可愛い~! これを明日の朝には取らなきゃいけないのイヤすぎるー!」
「じゃあ足も少しする?」
「あっ、それナイスアイデアかも。足なら靴下はいたらバレない!」
桃は私の足指のケアを始めた。足の甘皮なんて触れられたことないから、チクチクするし、くすぐったくて!
まだ完全に乾いてない手をパタパタ振って大騒ぎして耐えた。
震える私を見て桃が笑ってしまって、ふたりでキャーキャーしてたら香月さんがご飯が出来たと呼びに来てくれた。
台所に行くと、そこには見事な舟盛りが……。
本当に船に盛ってあって桃は「なんでこんなにあるの?」と遠い目をした。
これでも半分らしい。実は私は香月さんをお母さんに紹介した。
香月さんは魚釣りが趣味なんだけど、捕まえてもリリースしてたらしい。
でもそれをお母さんに話したら「もったいない!」と目を輝かせた。
そして釣った魚は私の家に転送されることなり、今ごろ香月さんが捌いた刺身を我が家も美味しく食べているだろう。
圭吾もお刺身大好きだから「島崎の家から?!」と文句言いながらたくさん食べてるだろうなあと思う。
頂いたお刺身はコリコリしてて美味しくて、香月さんがこねたといううどんは、しこしこしてて、なにより出汁がすごい!! どうやらお魚のアラを使ってるみたいで、濃くてすごい~。
お腹いっぱいご飯を頂いてから、桃が準備してくれたお洋服に着替えた。
私がいつも着ない、胸元が少し大きめに開いていて、肩がふわりとした上着に、ハイウエストのスカート。
そして大きな深紅のリボンに、深紅の爪。メイクも大人っぽく桃がしてくれた!
そして桃は普段みたいにお嬢さまっぽいワンピースじゃなくて、黒のロックTシャツでお腹が大きく見えていて、ダボリとしたパンツに厚底ブーツ! そして黒のキャップをかぶると、
「いつもの桃じゃない~~!」
「似合う?」
「すごくカッコイイ~~~!」
耳には大きなピアスをしてて、それがピンク色のメッシュと似合って超良い感じ!
桃は身長が高くて顔が小さくて手足が長くて顔が可愛いから、何しても似合うよおお~~と叫んだら、ものすごく嬉しそうに私にギュッと抱きついてきた。あーん楽しいー!
そしてリビングに行って二度驚いた。なんと香月さんが短めのウルフカットのウイッグをかぶって、丸レンズの眼鏡、そして白いシャツに黒いパンツを着ていたのだ。
「香月さん?!」
「私だと分かりませんか?」
「ヤ、ヤバいくらいカッコイイんですけど……いつもこっちのが良く無いですか?」
「この服装は仕事にはラフすぎる。私だと分からなければそれでいいです」
そう言って黒の運動靴を履いた。えーん、島崎一族みんなカッコイイ&可愛くて、最高ー!
そして車に乗せられて連れてこられたのは、車で30分くらい……私たちが住んでいる町の隣の隣、新幹線が止まる駅にあるカフェレストランだった。
最終の新幹線が出たあとだと、この町はほとんどの店にお客さんがいなくなるけど、この店はそれなりに混雑していた。
そして私たち三人は席に通された。頼んだのはデザートの盛り合わせ!
サイズは小さいんだけど、全部可愛くて! イチゴのケーキはスポンジがふわふわで、その上に丁寧に盛られたクリームはぜんぜんしつこくないのに美味しくて、スコーンはさくさくなのに固くなくてふわりとしてるのに漂う紅茶の香りがすごい! それに他に数個の小さなケーキが乗っている。少しずつたくさん、こういうの最高に好き!
私は「最高……!」とその味を堪能した。
桃と香月さんも「うん美味しい」と笑顔を見せているけど、やっぱりどこか変で。
だって車で30分離れた所にある店にいくのに、こんなに変装する必要がない。
食べながらそれを聞くと、桃は紅茶を飲み、
「ここは北見病院の次男、竜之介が経営してる店なのよ」
「!! そうなんだ」
「千颯に怒られたし、もし関係者がいたら……と思って変装したけど、さすがにここに関係者はいないみたいね。竜之介はお母さんが死んだ後、わりとすぐに医者自体を辞めてるのよね。それが気になるの」
桃はカップをソーサーに置き、
「引退後、竜之介は食品関係の実業家として仕事をはじめたの。三喜屋にも店を出してるわ。それに県内に四店舗、それにネット通販の会社も持ってる。どうせ何か食べるなら、北見関係者のお店に行きましょう……って美穂を連れてきたの」
「なるほど~~! その竜之介さん? ひょっとして周りにロシアの方がいたりする?」
私はお皿に載っていたものを食べながら聞いた。
桃と香月さんはキョトンとして私を見た。
私はお皿に載っていたものを口に運び、
「これ、カボチャが入ったスイーツみたいに見えるんだけど、ヒンガルシュっていうロシアのパンみたいなやつだと思う。圭吾のお父さんが出来合いの物を仕入れたことがあって、それをお母さんが気に入って作ったことあるの。それより全然本格的だと思う! どうしてスイーツばっかりのお皿にヒンガルシュがあるんだろうって。ひょっとしたらお店の人に関係者でもいるのかなーと思ったの」
香月さんは戸惑いながら、
「……ただのカボチャのケーキだと思ってましたが」
「クリームが酸っぱいの。現地では発酵乳を使うみたい。お母さんは普通にサワークリームで作ってたけど。レモンじゃない酸っぱさだから分かるよ。バターも有塩をたっぷり使うのがポイントなんだって。美味しい~~ああ~~でもカロリーすごいなあこれー」
香月さんな真剣な表情で、
「……調べてみます」
「え? 何を? あ、ロシアの人がいるかどうか? でも桃のお母さんの話とは全然繋がらないと思うけど……無駄足にならないかな」
「いえ、北見家を調べてますが、ロシアの関係者は居ません。気になるので」
「うん、これは絶対ヒンガルシュ。あっ、お昼のランチにチェブキもある! このお店絶対ロシア関係あるよ。これもラム肉を使った美味しいやつなんだよー。圭吾のお父さんが仕入れてた」
置いてあったメニューを見ると、なぜかポツポツとロシアのメニューがあって面白いー! と思った。
私はヒンガルシュだけ追加でもらって、更に食べた。これ圭吾のお父さんに言ったら喜んで来る気がする。
圭吾のお父さんはロシアの食事が好きで積極的に仕入れてるはずだもん。
「あー、楽しかった。プリクラ最高、これ宝物にする! 香月さんのコスプレ……もう二度と見られないと思うと貴重品です」
「いえ。来週もぜひ。隣の県に北見竜之介が出している他の店があるので、一緒に行きましょう」
「来週も……? いえあのちょっとまってください。来週も夜甘いものを食べるってことですか……?」
「はい。お付き合い頂けると助かります。また、コスプレ……というか、変装はするつもりです」
「それは見たいですけど、でも私、家で最近圭吾飯のせいで太って、それから逃げるために桃の家に来てる所もあって……」
「晩ご飯を減らしましょうか?」
「それは悲しいです、香月さんのご飯美味しいのに!」
「諦めなさい美穂。香月ひとりでスイーツのお店に入れないもの」
「桃だけ行けばいいのに!」
「ロシアの料理なんて知らないもの」
「えーーん、太るよおお~~」
私は嘆いたけど、桃は「それくらいで太らないでしょう」とストンと言った。
家に帰ってきてから桃とお風呂に入ったけど、桃は私を抱っこして「……たしかに柔らかさが増した気が……」と失礼なこと言うから、泡で頭をモコモコにして揉んでやった!
桃はお腹がすごく細くて薄くて相変わらず綺麗な身体で、やっぱり食べても太らない体質だから夜に毎週スイーツとか言えるんだよ~。
身体中良い香りにして、桃と一緒にキングサイズに入った。
桃は私と一緒に寝たくてこのベッドを買ったんだって! もお~、桃可愛すぎる。
目の前にある桃の寝顔と、ピンク色のメッシュ。
部活疲れで足りなくなっていた桃成分を補充できて私は大満足だった。
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