第31話 何も変えたくない、変わりたい
「久米さん、千颯さん! そろそろ限界だと思って待ってたよ」
「平野さん~。私は大丈夫だけど、千颯さんがつらそう」
平野さんは私の横をヘロヘロ歩いていた千颯さんの顔をのぞき込み、
「もうちょっと! あと一時間! 頑張ろ!」
「一時間~?! いやもうここをゴールにしよう。なんていうか、最悪行くのはいいけど、帰りがあるのが無理」
千颯さんは待っててくれた平野さんと伊佐木くんに両脇を掴まれて歩き始めた。
私はサッカー部に入ってから、最初の体操とジョギングだけはコーチたちに「やれ」と言われて強制参加。
その結果、ほんのちょっぴり体力が付いたのか、それほどキツくなく歩けている。
それを聞いた末長くんは、
「いや久米さんは一周だけ走って、すぐに離脱してる。俺は見てる」
「末長くんは遠足新聞を全く書かないまま今日を迎えた。分担して書こうって言ったのに書かなかったから、結局全部私と平野さんで書いた!」
「……それは申し訳ない。ああいうのを書くのが苦手で」
「末長くん、文章書くの苦手だよね。この前の試合の振り返りシートも出せてない」
「マジでヤバい……あんなに試合を事細かに振り返らなきゃいけないと思ってなかった」
そう言って末長くんはため息をついた。
小田高は大きな試合が終わるたびに試合を振り返って「振り返りシート」というのを出さなきゃいけない。
この動きをした時何を考えていたか。この時どこを見て、どう考えてこっちに動いたか。
それを細かに書く事で、自分の癖や、長所短所を理解するもので、シートを見ながら勉強会がある。
90分ある中30分でもいいから、思い出して書く必要があるんだけど、末長くんはもう二試合出してない。
末長くんはハッとした表情になり、
「圭吾出してるよな?! まさか久米さんが全部書いてる?!」
「書いてないけど、試合の動画見ながらコメント言ってる」
「なにそれ。どういう風に?」
「じゃあ……たとえばこれ」
私は一度立ち止まり、スマホを出した。
そして圭吾のために入れていたこの前の試合をスマホで再生した。
「ここ……前半の15分。末長くんがボールを奪ったよね。その時後ろに出してる。なんでだろう」
「前にふたり見えてライン消されてる。左奥に圭吾が見えたから戻した」
「圭吾に出した後、右サイドじゃなくて、センターに向かった理由は?」
「向こうのMFを引っ張るためだ。ここで付いてきてるから……その裏を取った」
「こうやって私は圭吾と話してるの。それを圭吾は録音して、まんま書いてる」
「おおおお~~~~。こうやって話しながらならイケる!! えっ、これ、俺にもしてくれない?」
「いいよ。ていうか、私コーチたちから『末長のシート手伝ってこい!』って言われてるの」
「あ~~すまない……」
私と動画を少し見て、その時の気持ちと考えをブツブツ答えながら、それを録音して一緒に歩いた。
あとは話していた内容を書くだけだ。末長くんは話し終えて、
「……俺、こうして冷静になって話してみると、すげー圭吾に一回戻してるな」
「もう癖になってるよね」
「それがベストならいいけど、そうじゃない時もあるな」
「振り返りシート、わりと役に立つよね。圭吾も気に入ってて、暇な時うちでお父さんとやってるよ」
「ヤバ……めっちゃ羨ましい……」
「末長くんの所だって、家に押味コーチがいて、押味先輩は元女子サッカーの選手だよ。それに修二くんだって有望選手じゃん。うちよりサッカーハウスじゃない?」
私がそう言うと末長くんは少し伏し目がちになって、
「そういえば箸、みんなマジで喜んで……母さん泣いてた。正解だった、ありがとう」
「あ! 気になってた。喜んでもらえて良かったね」
末長くん、食事は頑張れそうだと言った。良かったー!
なにより「振り返りシート助かったあああ~~」と喜び、
「久米さん、もうひとつの試合も一緒にしてほしい、頼める?」
「私思うんだけど、この作業押味先輩も出来るよ。マネージャーだけど家族だし。これ結構時間かかるし、話すから、良いと思うんだけど」
「……なるほど……いやでも……」
「あまり仲良くない人と会話するの難しいけど、サッカーなら押味先輩と話せるんじゃないかな」
「じゃあ押味コーチとしてFCカレッソで頼もうかな」
末長くんは「それがベストだ!」と目を輝かせた。
う~ん……良いアイデアだと思ったんだけど。
でも私に出来るのはここまでだ。これ以上はお節介な気がする。私は横に立ち、
「私のが良かったら言ってね。圭吾と三人でも良いんだから! それなら同時に終わるし」
「久米さん……マジ神マネージャー。今日練習終わったらミキコンでパルム奢る」
「はーーーー。この後も部活あるの忘れてたのに」
「パルム奢るから頑張れ」
「はーーー、やっと到着だーーー」
話していたら目的地の神社に到着した。
途中からサッカー見ながら末長くんと話していたから、それが逆に良かったのかも知れない。
でも座り込むとじわ~~っと汗が出て来てそのまま動けそうにない。でもお母さんが今日のために冷たいゼリーを作ってくれて、それを食べるのを楽しみにしてたんだ! 私はお弁当を食べて保冷剤が入っていたゼリーを食べた。まだ冷えていてすごく美味しくて、重たかったけど保冷剤ましましで持って来て良かったーとそれをタオルに包んで首に巻いた。
そして千颯さんと半泣きになりながら山を下ってバスに乗った瞬間に熟睡。
学校到着を知らされる時には、体力がちょっぴり回復してて良かった。
部活はもう、マネージャールームで椅子に座った瞬間から睡魔に襲われたけど、選手たちが書いてきた振り返りシートの確認や、キャリアシートを書いた。もう無理つかれた!
「美穂ー!」
「圭吾。あれ? 末長くんは? パルムの約束してたのに」
「末長、振り返りシート出してないからそのまま監禁された。でも美穂が手伝ってくれたんだな! 明日絶対おごる!! ごめん!! って泣きながら拉致されていった」
「そっか……今日もチェックしたんだけど、あと末長くんだけなんだ……」
「アイツはよお~、あんなのチャチャッと書けばいいんだよ」
圭吾はドヤ顔で言った。でもまあ圭吾は最初から書くのを嫌がらず、まず自分で書いていた。
それでも上手に書けなくて悩んでいたのを私が見て、この会話&動画の方法を思いついたのだ。
私は、
「押味先輩とあの作業したら良いんじゃないかなって提案したんだけど」
「うーん……あんまりさあ……押味先輩と末長をふたりにしないでやってほしいんだよな」
「どうして?」
「これ末長も、これ以上押味先輩とセットにされたら自分で言うと思うけど、末長の弟いるじゃん、今FCカレッソにいる修二」
「今中三だよね。来年小田高来るっていう」
「修二はさ、親が結婚するずっと前から押味先輩のこと好きなんだよ」
「えーーー……えーーーーー……」
「小六くらいの時から押味先輩可愛いって言ってて、告白したのは知ってた。だから再婚聞いた後『あれ? 大丈夫なんかな?』って思ったけど、やっぱ大丈夫じゃないみたい。修二は末長と押味先輩が話すと、わかりやすく間に入ってくるみたいでさ。それも家に居たくない理由の一つなんだ」
「あー、う~ん……なるほど」
それは完全に想定外だった。
家族なんだから仲良くしたほうがいい、どうせなんだから一緒に作業したら仲良くなれるのに……と思ったけれど事情が違ってきた。だからって距離を取ると押味コーチもお母さんも悲しむ。
圭吾と私は自転車をこいで、いつものミキコンに来た。そして自転車を停めてパルムを食べる。
パルムを食べると決めてしまったら、パルムを食べたい!
私はいつも通り車止めに座り、
「なるほどー……分かった。ふたりを仲良くさせたいゴリ押しは、とりあえずもう言わない。三人で作業するように提案する」
「頼む。俺が話しちゃったこと、明日朝練で末長に言っとく。俺言ったこと、黙っていられない」
「知ってた」
私はパルムを食べて笑った。
圭吾はパリッ……とパルムをかじり、
「……美穂は、俺とこういう風に、仲がいいのを、学校で知られるのはイヤなのか?」
「どうしたの? うーん。圭吾ってわりとモテるじゃない。それは否定しないで、面倒だから。その子たちに説明できないんだよ。家族みたいに一緒に生活してて、家もほぼ混合で、ご飯は私のお母さんが作ってるとか、どう考えて家族なのに、家族じゃないから説明できないし、理解も難しいんだよ」
「でも俺は……学校で距離取られるのは、キツい。今日も話しただけであんな空気になるの、つれぇ」
「部活では普通にしてるじゃん。その他の生活を穏やかにすごしたいのよ」
「俺は……このままがいい。美穂の家で飯食べてから、マジで体調崩してない」
「ね。中三まで定期的に寝込んでたけど、あれ朝ご飯食べてなかったからだ」
「それに、マジでメンタル安定してるの分かる。サッカーにシンプルに集中出来てて……気持ちが前向きなの分かる」
「うんうん。調子良い。本当に最近良い感じだと思うよ」
圭吾はパルムの棒を噛みながら、
「……でも今日、あの千颯ってヤツにさ、いい加減ちゃんとしないと、ダメじゃないかって、状況に甘えすぎだと思わないのかって言われてさ」
私はそれを聞いて、うーん、千颯さん余計なことを……と思ってしまう。
私と圭吾の関係はもうしょうがなくこうなっている所もあって、高校生の男女が家族でもないのに距離が近すぎるとは私だって思う。でも圭吾は我が家がないとサッカーを続けていけないのだ。
それにこの気楽すぎる関係を私も好きなのだ。
圭吾はパルムの棒を噛みながら、
「サッカーが好きなんだ。サッカーが好きで、今の……この状況も……ぜんぶ、ぜんぶ……好きなんだ」
「うん、わかってるよ」
「何も変えたくなくて、でも変わらないとダメなのは、分かってて、でも何も変えたくなくて……このままじゃダメなんだけど……でも……」
変わりたくない、変わりたいと叫ぶ圭吾を見ていたら心の奥がチクリと音を立てた。
私もイヤだし、淋しいのだ。他の子たちの前で少し話しただけであんな空気になるのが。学校で距離を取らなきゃいけない状況が。圭吾とこうやって話してるのが好きなのだ。でもどうしたら良いのか分からない。
私はそれを誤魔化すように、圭吾の口から折れたアイスの棒を引っこ抜いて、
「唇切れるよ?」
「……あーーーーー、もうイヤだ、俺だって分かってるけど、どうしようもねーだろ、何だ、あいつは、結局島崎の一派だな。これだから島崎の一派はイヤなんだ。ズカズカズカズカ好き放題」
「帰ろっか。今日庭で焼き肉だって。山登りおつかれさま会だって」
「……マジで腹減ってきた。くっそ……白米三合食う……」
「ヤバすぎる」
私と圭吾は再び自転車に跨がって家に帰った。
もう庭に七輪が出してあって、圭吾のお父さんも琴子ちゃんもいて、みんながお肉を焼いて待っていた。
本当に圭吾はお肉1キロと白米三合食べて、お母さんは「まあまあ!」と嬉しそうにお肉をどんどん追加していた。
食欲エグすぎる……。
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