第29話 新事実

「わー! カフェテラス来たの、実ははじめて!」

「美穂は教室でお弁当だものね。私もほとんど来ないわ。量が多いのよ」

「そう、多すぎると思う。でも何も頼まないのはアレだから、食後にプリン食べようっと!」


 私は入り口にあるメニュー表を見て言った。

 小田高は私立なので、結構施設が充実している。カフェテリアと呼ばれている地下にある食堂は、真ん中に吹き抜けがあって気持ちが良い光が入ってくる。

 ここで食事を作っている人と、寮の食事を作っているのは同じ人達で、私は寮のほうに何度か顔を出しているので「あ、あの人もいる!」と小さく手を振った。

 しかしカフェテリアという名前にはほど遠く、基本はドカ盛りの定食が多く、一番人気はカツ丼とカレーとラーメンのようだ。

 それゆえ、居るのは八割が男の子かな……という雰囲気だ。

 私と桃と千颯さんはお弁当を手に持ち、外の人がいないテーブルに座った。

 私がお弁当箱を開くと、千颯さんが目を輝かせて、


「わあ……すごいね。豪華だ」

「えへへへ。お母さん料理得意だから。あっ、私もお母さんほど得意じゃないけど、将来の夢は栄養士だから料理は大好きだよ」

「美味しそうだ。昌代まさよさんは煮物をね……毎回お弁当に入れるから、ちょっと困るな」


 私はふと思い出す。昌代さんって……あれだ、桃の家の台所にいたおばあさんだ。

 清水屋のロールケーキを持って来てくれた人! そっか、お家交換したから、千颯さんのお弁当は昌代さんが作ってるんだ。千颯さんは味ご飯を食べながら、


「ずっと同じなんだよな。さすがに飽きてきた。桃はどう対応してたの? これ」

「香月に作らせてた。だって昌代さん仕出し弁当みたいな内容ばかりなんだもの」

「えー……。じゃあその弁当はまさか香月? 香月やるなあ……」


 桃が持ってきたのは、彩り豊かな美味しそうなお弁当だった。

 エビフライにエビシュウマイ、エビの団子……あれ、桃エビが好き?

 桃は美味しそうにそれを口に入れて、


「香月は私の好物を熟知してるから」

「イサキのお刺身最高だった~~」

「え。美穂ちゃんもあの家行ってるんだ。いいなあ……俺も仲間に入れてくれよ……」

「敵じゃないって証明して」


 桃はお茶を飲んで千颯さんを見た。

 そして桃は、私は全て知っていること、今年の夏休みに桃と私でお母さんの車が沈んでいる場所に旅行に行くことを告げた。

 千颯さんは「それはぜひ仲間にいれてほしいな」と言って、背筋を伸ばして話し始めた。


「まず言わせてくれ。俺の親父はゴミクズだけど、桃のお母さん……里奈さんのことが本当に好きだったんだ」

「結婚してる私のお母さんを好きだった人が、身内にずっといるのが、どう考えて気持ち悪いのよね。だから追放されたんでしょ」

「そうだろうね。里奈さんが桃のお父さんのほうを選んだ時点で諦めるべきだ。それはそうなんだけど」


 そう言って千颯さんはため息をついた。

 千颯さんのお父さん……正宗さん(圭吾のお母さんと浮気していた人)は、ずっと桃のお母さん……里奈さんのことが好きだった。里奈さんと、正宗さんと、桃のお父さんは幼馴染みで一緒に育った。

 でも里奈さんが選んだのは、桃のお父さんで、正宗さんは失恋した。

 その後正宗さんはニコさんと結婚して千颯さんが生まれたけど、どっからどう見ても、正宗さんは里奈さんのことを諦めきれずにいた。

 そして里奈さんが亡くなり、千颯さん一家は追放された。

 千颯さんはご飯を食べながら、


「あのクソみたいな女癖の悪さは里奈さんが亡くなってからだ。あ……圭吾くんのお母さんには聞かせられないな、ごめん美穂ちゃん。ちなみに圭吾くんのお母さんと俺の親父は同じ高校で、ふたりは高校時代には付き合ってたみたいだけど」

「あ……それは桃に聞きました」


 私はお弁当を食べながら呟いた。

 圭吾のお母さんと正宗さんが高校生の時からの付き合いだったこと。

 つまり圭吾のお母さんは正宗さんがずっと里奈さんを好きだったのを近くて見ていた……ということだろうか。

 その後恋を諦めて圭吾のお父さんと結婚したけど、正宗さんを諦めきれなかった。

 でも、どんな事情があっても圭吾を苦しめて良いことにはならない。

 圭吾のお母さんがしたことを、私はどれだけ何を知っても、絶対に許す気はない。

 千颯さんはお弁当を食べながら、


「どんなに浮気しても、他の人を求めても、里奈さんは帰ってこないのに。あの家さ、里奈さんの肖像画あるだろう。親父あれ見ながら泣いてるんだよ」

 

 私はそれを聞いて更にカチンと来てしまう。


「そんなに里奈さんが好きなら、どうして圭吾のお母さんに手を出すのか、全然わからないですね。まあ圭吾のお母さんも車でエッチしてたから同罪ですけど!」


 桃はクスクス笑って、


「あのね千颯。あのクソ男が純粋に私のお母さんを好きだった話は、もう良いわ。結果的にしてることはただの不倫なんだから。ニコさんもよく黙ってるわね。正直私はそれが理解できないわ」

「母さんは、親父のことはもう視界に入れてないよ。でもおばあさまの作る服が好きなんだよな。今もおばあさまの作った昔の型紙で夜な夜なスーツ作ってる。その横の廊下で親父が肖像画見ながら泣いてるんだよ。上から見てるとホラーだよ、ホラー」

「私一生あの屋敷に近づきたくないわ」

「俺もそう思ってるけど、アレが俺の両親だから仕方ない」


 家にはそんなのしか残ってないけど、三喜屋の経営はおじいさんと、桃のお父さんが回しているから問題ないのだとふたりは言った。千颯さんは食べ終わったお弁当を片付けて、


「それで……桃も北見病院のこと、気にしてるんだ?」

「お母さんが脳梗塞の手術をしたのは脳外科医の百合子さんで、次男の竜之介さんは手術後の精神科担当だったわ。そして竜之介さんはお母さんが死んだ年に精神科医を辞めている。竜之介さんは私に『お母さんの精神は安定していたよ』……ばかり言ってた。それを信じて良いのか、分からないままなのよ」

「北見病院はもっと深く桃のお母さんの死に関わってる。桃のお母さんは、百合子さんの車を使って海に飛び込んだんだ」

「え……?」


 桃の手が止まった。

 千颯さんは続ける。


「桃のお母さん……里奈さんは脳梗塞の後遺症で、車の運転を禁止されていた。だから自分の車を持って無かった。すべて香月が運転してたよね」

「そうよ……」

「あの夜里奈さんは散歩にいくと言って家を出た。そしてその三時間後、車で海に落ちた。その車は百合子さんが使ったことがある車だったんだ」

「違うわ。お母さんが海に落ちた車は、お父さん名義のものだった。それは警察で高速道路を走っていた写真で証明されたじゃない」

「名義は桃のお父さん……敬一郎さんのものだ。でも俺、ホルモン治療で北見病院行きはじめただろ。内分泌内科の担当医の机に昔の写真が飾ってあったんだ。当時病院の慰安旅行で……ほら、駐車場に百合子さんが運転席に乗って笑顔。このナンバーで、この車。それがほら、高速道路で里奈さんが乗っていた車と同じなんだ。ベンツの四駆の白。この車は珍しいから、ここら辺りにこれしかない」


 千颯さんはスマホにある写真を見せてくれた。

 そこには四角くて大きな白い車写っていて、中から若い百合子さんが顔を出してピースサインをしている。

 周りに他の人もたくさん写っていて、北見大学病院の慰安旅行だとアルバムに書いてあった。

 同時に高速道路を運転している車の写真……確かにナンバーは同じで、同じ車だ。

 桃は写真をみて呆然としながら呟く。


「……旅行の時だけ……貸した……とか……」

「少なくとも、慰安旅行の時に車を貸し出すほど、仲が良かったのはこの写真で分かる。当時の写真が他にもないか調べたけど、もう何年も経った後だし、防犯カメラの写真もないし、当時の看護師たちの記憶も曖昧だった」

「……私のお父さんが百合子さんと浮気してたってこと……? そんなこと絶対にあり得ないわ」

「そうなんだよな。桃のお父さんは今も昔も里奈さん一筋で、溺愛してるだろ。おばあさまがそれこそ200回以上お見合いセッティングしても全部無視。亡くなって里奈さん一筋でむしろ仕事人間になったね。分からないことばかりだよ。でも、里奈さんが海に落ちる時に乗っていたのは、百合子さんも乗っていた車だった。それだけは事実なんだ」


 桃はコーヒーを飲み、


「お父さんとお母さんは誰より愛し合っていて、そこに叔父という邪魔者がいた……とだけ思っていたけど……まさかお父さんが不倫してた可能性があるなんて……考えたことなかったわ」

「可能性で死を語るな。事実だけを見よう。現時点では不倫してたか、たまたま慰安旅行に車を借りたのか分からない。これは中二の夏に俺が気がついて、それから誰にも言って無かったことだ」

「香月も知らないわ」

「俺はいつか桃に信用してもらう必要があると思っていた。その時に使おうと思って持っていたネタだ。正直北見の人間が里奈さんに直接何かしたとは思えない。する価値もないし、リスキーすぎる。ただ何かを知ってる可能性も、死に関わった可能性もある。だからネタとして持っていたんだ。それに香月が怖くて。里奈さん関係になると、小さなことでもの凄く怖いだろ。だから桃が俺を信用して味方になるのを待ってた」

「そうね、これ、香月黙ってたこと怒るわよ」

「だから言いたくなかったんだよなー。でも桃に信用されたいし」

「香月に送るから写真頂戴」

「はい、どうぞ。でも北見家はガードがメチャクチャ堅い。だから小田高の選択授業に北見一家が関わってると聞いて、三喜屋以外の立場で関われるなら面白いと思ったんだ。そのために俺は小田高にきた」

「私はお母さんの最後の主治医だから……くらいは考えて選択したけど……まさか、そんな……」


 呟く桃の顔色が悪くて、私は桃の手を握った。

 桃はハッとした表情で私の方をみて、腕にしがみ付いてきた。


「美穂……温かい。そうね、これを教えてくれて、小田高に来た時点で、千颯は敵じゃなさそう。でも、どうしてお母さんのことを一緒に調べてくれてるのか分からないけれど」

「俺は自分の境遇を面白いと思ってる。地元の名家で資産家。ただ三喜屋はこのままじゃ危ない。俺はここから100年三喜屋を続けることに興味がある。だからゴミが潜んでるなら排除したい、それだけだ」

「私も三喜屋が好きよ。良かった、千颯が昔と変わらなくて。香月からLINEが来たわ。放課後迎えにくるみたいだから、一緒に来て」

「桃のお父さんに車のことを聞いても良いけど、里奈さんの事に関して何か秘密があると思えないんだよな。まあ香月が調べるだろ」

「あ、香月がキレてる」

「怖い。里奈さんのことになるとガチで怖いんだよ。俺この写真見て当時の看護師探したくらいしかしてないから! そう香月に言ってよ?」

「無意味だわ」

「怖いなー、怖いなー、香月怖いな-、しかも香月物理でも強いんだよ!」


 あまりに千颯さんが香月さんを恐れていて、それに対して桃が笑っていて、お母さんが亡くなった時のことが追加で分かって、笑ってる場合じゃないのに、私は少し笑ってしまっていた。

 香月さんは私と話してる時も、里奈さんのこと話してる時だけ表情が丸かったから、本当に大好きなんだろうなって分かる。

 何かあったのか分かれば良いのにな。


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