第28話 記憶に花を飾るなら、

「にょおおお……こんな素敵な部屋に、桃ひとりで暮らしてるの?!」

「千颯一家が屋敷に移動してきたの。そこに私は居たくないから、千颯一家と家を交換したの。ちなみに隣の部屋に香月が住んでる。連絡したら来るわ」

「にょおお……! 最高の環境だああ……私ここに住みたいっ!!」

「良いわよ、ファミリータイプで部屋数が多いの」

「甘えてしまいそうになる~~~」


 私は大きなソファーにごろごろ転がった。

 末長くんと圭吾と一緒に買い物をしてから、桃の家に来た。

 前と同じお屋敷……ではなく、桃は先週引っ越しをした。場所は駅前のマンションだ。前に千颯さん一家が住んでいた部屋らしくて3LDKくらいあって、広いバルコニーから湖が見える。すごい!

 どうやら桃のおばあさまにリハビリが必要になり、ほぼ毎日病院に通い始めた。そのサポートのために千颯さんのお母さん……ニコさんがあの家にいるようになり、同時に叔父さんと、千颯さんも御殿のほうに引っ越ししたらしい。

 桃は叔父一家と絶対一緒に住みたくないと伝えた結果、代わりにこっちに一人暮らしが許可されたらしい。

 横に香月さんが住んでいて生活を見てくれるようで「今までと何も変わらない」と桃は言った。

 私も、私もここに住みたい~~と思うけど、今日の会話を思い出す。

 私がここに住んだら、圭吾と琴子ちゃんは、自分たちが家に居られなくした……って思っちゃうかも知れない。

 なによりお母さんとお父さんも淋しがるし、お母さんの料理が食べられないなんて寂しい。

 私にはまだまだ一人暮らしは無理らしい。

 桃はソファーに座って、


「おばあさまも自分が追い出したのに、弱ってきたらニコさんが家に入るのを許すなんて」

「でもこれから大変だよ。毎日病院通ってリハビリするんでしょう? それに認知症も始まってるなら尚更」


 私は桃が出してくれた紅茶を飲みながらゴロゴロした。

 どうやら桃のおばあさまは去年階段から足を滑らせて膝を痛め、リハビリをしないと寝たきりになってしまう。

 そしてたまに桃のことを、桃のお母さんと間違えて呼ぶらしく、認知症が始まってると言っていた。

 桃も紅茶を飲みため息をついて、


「何度も『里奈、元気で良かった』って言ってくるの、本当に無理」

「あー……、それはキツいね」


 桃のお母さんは車で海に飛び込み、その車は引き上げることが出来ない場所にある。

 お母さんは車の中で一緒に沈んだまま、遺体がない状態で、お葬式もしてない状態だと言う。

 桃は、


「遺体がないからずっとお葬式してないけど、今お葬式をすれば、あんなに何度も間違えられないんじゃないかって思うわ」


 そう言い捨てた。そして桃はソファーにコテンと横になり、


「私はずっと病気由来の事故だって聞いてた。お母さんはもやもや病からの脳梗塞になった病歴があるから、運転中の意識喪失かな……って。それなら仕方ないって。でもある時思ったのよ。なんでそんな状態で車を運転してたんだろうって」

「……確かに」

「意識消失する可能性がある状態で、どうしてひとりで車を運転してたんだろう。そんなの自殺行為だって思ったの。香月に聞いたら『深夜に散歩に行くと言って家を出たから、車を運転してると思わなかった』みたいで……香月は今もその時の夢を見てうなされるって言ってた。私も香月も何があったのか知りたいって……ずっと思ってる」


 桃がぽつぽつと気持ちを語るのがつらくて、私は桃の髪の毛を優しく撫でた。

 桃は気持ち良さそうに目を閉じて、


「何か理由があってお母さんは夜中にひとりで運転した……私はそう思ってる。そして死んだ。遺体がないことを理由に、誰も追跡しない、細かく知ろうとしない。私は……諦めないわ。私が諦めたら、お母さんの最後の気持ち、誰も分からないままじゃない」


 桃はスマホでマップアプリを立ち上げて、


「ここにお母さんの車が沈んでるの」

「この場所に、桃と私が、一緒に話をしにいくのは、どうかな」


 私はその場所を自分のスマホにも表示させた。

 そこはここから30キロくらいある海沿いの道路だったけど、近くに砂を掘って作る温泉や、それに景色が良さそうなホテルもあった。

 

「何があったか知りたいって思うのは桃の大切な気持ちだけど、なんか答えを探しても見つけても、結局桃は泣いちゃう気がする。私は桃が大好きだから、やっぱり桃が泣くのは悲しいの。話をしてる今も、とっても辛そう」


 私がそう言うと、桃はモゾ……と私にくっ付いてきた。

 私はソファーで桃を抱き寄せながら、


「一緒にお母さんが眠っている海に行って、里奈さんのお話をしに行けたらなって思うの。香月さんと私と桃の3人で里奈さんの話をすると、香月さんが丸くなるみたいに。一緒に行ったら、少し丸くなれるかも。悲しくて苦しいんじゃなくて、私に里奈さんのお話をしてよ」

「考えたことなかったけど……美穂が一緒なら、この場所にいくの、ありって、はじめて思えた。サッカー部、GWはお休みなの?」

「さっき五月のスケジュールが更新されたんだよ。今見るね……えっと、うーん……おおう……? 全然ないな……今月末が新人戦……そして来月はもう予選がはじまるの……あっ、六月末にギリ土曜日休み! でもこれ日曜の昼には部活では……」

「そこまで休みなしでサッカーするの? ちょっとすごいわね。どうなってるのサッカー部」

「ね。全国目指すチームだって分かって入部したから分かってたけどね」


 部員数150人の部活のマネージャーの仕事は予想より多いし、頼ってもらうことが多く、選手たちが部活に出るならマネージャーも必須だ。だからこんなすごいスケジュールになっている。桃はため息をついて、


「……圭吾くんのお母さんの浮気現場を美穂に見せても、絶対にそれを他言しない。むしろ私との秘密が増えて、ずっと一緒にいられると思ったのに」

「私、すごく圭吾のサッカーは応援してるみたい。自分でも驚いた」


 桃はソファーから立ち上がって私をまっすぐに見て、


「だから仕切り直し。策をねらないとダメなのよ、あの男を排除するためには」

「排除って! みんな色々言うけど……圭吾は離婚後、本当に家族になったと私は思ってる」

「圭吾くんはどうかしら。もう良いわ、明日はじめての選択授業ね。千颯としっかり話すのは久しぶり。あの子本当に抜け目ないから」

「あ、うちのクラスで班分けの時もすごかったよー」


 私は山登りのクラス分けの時のことを話した。

 桃はケラケラ笑いながら「千颯らしい」と言った。


「千颯はね、私より悪人なのに敵を作らないの。だから期待しちゃうのよね」


 桃がびっくりするくらい柔らかい表情を見せたので、私はグイグイ抱きついて、


「桃、千颯さんのこと好きでしょう」

「……そうなのよね。あの一家は本当に嫌いなのに、千颯は嫌いになりきれなくて……この三年間で千颯だけ残して後は排除できないかな……って思ってるんだけど……」

「同担拒否! 桃の一番仲良しは私!」


 その言葉に桃はケラケラと笑って「香月が今日イサキを釣ってきたみたいだから、少し食べて帰る?」と私の頭を撫でながら言った。この時期のイサキはすっごく美味しいヤツ! 隣の部屋にいた香月さんを呼んでイサキをさばいてもらってお刺身を食べた。すごくコリコリしてて美味しい~~!




「では、地域開発活動、一年生が初参加ということで、初回の授業をはじめます」

「よろしくお願いします」


 私たちは教室で頭を下げた。

 四月の末になり、はじめての地域開発活動が始まった。

 この授業は地元企業が何社か参加して、小田高とコラボして企業案件を盛り上げるものだ。

 就職組の企業体験に近いもので、参加すると就職に有利らしく、一、二年生より、三年生の姿が多く見える。

 まずは参加企業一覧と、今までの業績が書かれたPDFが配布された。まずスポーツ寮の歴史から始まっていて、本当に源川ホテルとのコラボから始まったんだーと新鮮な気持ちで読んだ。

 私の横の席には桃がいる。違うクラスになっちゃったけど、選択授業なら一緒にいられるから楽しい! ……と思ったら、目の前の席に千颯さんがニコニコ笑顔で座っている。

 千颯さんは、私と桃に向かって微笑んで、


「ふたりセットで挨拶するのははじめてかな」

「千颯。あなたまた身長伸びてない?」

「やっと175。桃は綺麗になったね。ピンク色のメッシュ。もう隠してないんだ」

「隠す必要ないもの。千颯も男だって隠すつもりがないのね。ずっと誤魔化して生きてきたのに」


 話していると入り口のほうがザワザワして、地域開発授業に参加する企業の人たちが入ってきた。

 上半期に参加する地元企業五社で、どの企業案件に参加するか自分たちで決められる。

 千颯さんはiPadから顔をあげて、


「……きたね、北見病院」

 桃は顔をあげて千颯さんを見て、

「やっぱり千颯も北見病院が目的なのね」

「当然だろ」

 そう言って千颯さんは前を見た。

 地域開発授業がはじまり、壇上に3人が上がった。


「一年生の皆さんは初めまして。ひょっとして病院で会ったことある子もいるかもしれませんね。北見病院長の北見百合子です」

「初めまして。北見病院長男の翔太です。内科を担当してます」

「次男の竜之介です。精神科担当してました」

「竜之介の妻の聡美です。整形外科してます。よろしくお願いします」


 教室から拍手が上がった。

 北見病院は、うちの県で一番大きな病院だ。

 ここら辺りで大変だ! となったら北見さんにいく。

 私は幸い超健康なので、実は一度もかかったことはない。

 でも圭吾が木登りをしていて落ちた時に行ったし、圭吾が雨戸に激突しておでこが切れた時も行ったし、あと圭吾が彫刻刀で親指刺して……全部圭吾がらみで、緊急外来に行ったことがある。

 全部しっかりと対応してくれて、すごい病院だなあと思っている。

 どうやら北見病院はスポーツ専門の整形外科を立ち上げる予定で二年前から動いていて、今年の夏開業するらしい。

 医院長は次男の奥さまの聡美さんで、スポーツが強い小田高とコラボして病院を盛り上げていきたい……という趣旨のようだ。

 FCカレッソにいたのに、スポーツ専門の整形外科が出来るなんて知らなかった!

 話を聞いてると、怪我をした選手はもちろん、怪我をしないための身体作りにも力を入れるようで「おおお~~!」と思ってしまった。すごく楽しそうだし、あったらFCカレッソの選手も、小田高サッカー部もみんな喜ぶ。

 夏のオープンに向けて色々やりたいと竜之介さんが挨拶して今日の授業は終わった。

 教室に戻ろうと廊下に出たら、北見聡美さんが待っていた。

 そして桃を見て、


「本当に桃ちゃんだ、高校生になってる!」

 桃は頭を下げて、

「お久しぶりです、聡美さん。おばあちゃんがお世話になってるみたいで」

「リハビリ頑張ってるよ。千颯くんもおつかれさま。週末なら来られる?」

「母と行きます。俺は内分泌内科に行きますけど」

「こっちにも顔出してね。いやー、夏の開業に向けてふたりがいてくれるなら、心強い!」


 そういって聡美さんは去って行った。

 桃と千颯さんは聡美さんに丁寧に頭を下げた。

 そして桃は横を向いて千颯さんを見て、


「情報を交換しましょう。どうやら目的は同じみたいだし」

「オッケー。カフェテラスでお昼にするか」


 そう言って桃は私の手を握って歩き出した。


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