第27話 家族としての気持ち、男の子の気持ち

「FCカレッソの分、キャリアシート書き終わりました」

「おつかれさまー! 美穂ちゃんが書いたキャリアシート、コーチ達からすごく評判良いよ。新人戦の資料として真っ先に読まれてる」

「わあ……嬉しいです」


 私はファイルを最終確認して保存した。

 元FCカレッソにいた一年生のキャリアシートを全て書き終えた。

 圭吾と末長くん今村くんはほぼ完璧に覚えていたけど、その他の選手は、会話もするし、試合も見てるのに細かく思い出せず、家にある試合をお父さんと見ながら記入した。

 五月末には一年生だけで行われる新人戦があり、圭吾たちはその練習をしている。

 この新人戦で目立った人間だけが、3軍の練習に参加できる。

 小田高は選手層がめちゃくちゃ厚くて、サッカー部員だけで150人、5チームに分かれている。

 一年生だけで50人くらい居るので、もうすごい。FCカレッソでも同年は20人くらいしかいなかったのに、ここまで多いと大変だなあと思ったけど、圭吾はめちゃくちゃ楽しそう。

 私はキャリアシートを書くのが上手いと褒められて、同じ県でFCカレッソ並みに強く、8人の選手が入部してきた鎌田SCのキャリアシートも任された。FCカレッソと鎌田SCは県内の二強チームで何度も練習試合をしてるので、わりと覚えている。

 と言っても、そらで書けるほど覚えてないのでめぼしい試合を見て思い出しながら書き始めたんだけど大変すぎる。

 私の横で押味先輩もパソコンを落として、


「今日の保護者会、美穂ちゃんの所はお母さんがくるの?」

「そうです! あ、ひょっとして押味コーチきます?」

「そうそう。今日お父さんサッカー部顔出すと言ってたけど、今日練習ないのよね」

「コーチたちも保護者会対応がありますもんね。進路説明会もくっ付いてるんでしたっけ」

「サッカー部の監督とコーチはそっちがメインかな。サッカー部の三年生の進路ってマジ色々あるから」

「なるほどー」


 今日は保護者会と三年生の進路説明会があるので、午前授業で終わる。

 部活がない平日は珍しい。だから今日は圭吾と私と末長くんで、末長くんのお母さんと押味コーチが結婚したお祝いを買いに行こうと約束している。

 それを押味先輩に言うと、


「わあ、そうなんだ。お父さんも美紀さんも喜ぶよ!」

「押味コーチはお酒が好きだけど、私たちお酒買えないし……何かお酒のつまみにしようって話してます」

「美紀さんもお酒が好きみたいだから、良いかも! 楽しみにしてるね」


 そういって押味先輩は笑顔を見せた。

 午前授業が終わったお昼休みにサッカー部がミーティングをしていて、その時間も入力をしようと思ってきたけど、もう今日はおしまい!

 カバンに荷物を入れていたら押味先輩が、


「あの美穂ちゃん。末長くんなんだけど……美穂ちゃん、仲良しだよね?」

「あ、はい」

「あのね……私たち家族のこと……末長くん何か言ってるかな?」

「え……?」


 私は質問の意図がよく分からなくて「?」顔で立ち止まる。

 押味先輩はリュックを背負いながら、


「寮に入ってる子って、月に一度、飛行機の距離に家がある子以外は、みんな自宅に帰るの。帰るんだけど……今月……四月の帰宅……末長くん帰ってこなくて。私がいるから帰ってきたくないなら、私は友達の家に一泊するから……って言ったんだけど、寮のが楽しいから良いって……」

「なるほど……いえ、そんな特には……」


 と言いながら、そういえば親の恋愛は苦手だと言ってたのを思い出した。

 でもあれは私と圭吾の前でだけ言った言葉に感じる。

 それを当事者である押味先輩に言うのは、ちょっと違う。私は、


「ずっとお母さんと弟くんの三人だったから、慣れないんじゃないですかね」

「……そうだよね! 月に一度は来ると思ったから、私がちょっと困っちゃって」

「せっかく再婚したから、楽しくワイワイしたいですよね」

「そうなの~~そうなのそうなの~~」


 そういって押味先輩は首をぶんぶんと振った。

 これは押味先輩の立場に立った場合に言ったほうが良いかな……と思って言った言葉だ。もし押味先輩の立場で、末長くんの気持ちをあんまり考えないとこれがベストかな……と思った。

 ふたりでマネージャールームに鍵をして、外で別れた。

 うーん……末長くんも押味先輩も難しくて大変そう。



「美穂!」

「圭吾。ミーティング終わったの? 末長くんは?」

「押味コーチが保護者会前に来てさ、ふたりで話したいって連れて行った……けど、あ、戻ってきた。末長ー」


 マネージャールームから出て、待ち合わせの正門にいくと圭吾だけが待っていた。

 でもすぐに末長くんが来たと思ったけど、あまり見せないブスーーとした表情だ。


「……うす。俺もう疲れた。ドンドンビリビリで唐揚げ鬼食いしない? おごるから」

「おおおおお?!?! マジで?! 美穂も行くよな?!」

「今日はプレゼント買いにいくんでしょーー?! ドンビリは量が多いよー」

「久米さんも行こう、頼む」


 そういって末長くんは私と圭吾の自転車の横を走り出した。

 圭吾は「オラオラ末長本気出せや!!」と凄まじい速度で自転車をこいでいて、末長くんは「クソが!!」と言いながら走っていく。

 桜が終わり緑が綺麗な川沿いの道なのに、景色を味わう気など全く無い男子ふたりが汗だくになって走っている。

 汗をかきたくない私はふたりを見守りながらのんびり後ろを走った。

 ドンドンビリビリは普通のファミレスなんだけど、980円でどんな定食にも唐揚げ食べ放題を付けられる。

 私も両親と圭吾と琴子ちゃんで来たことあるけど、圭吾だけが毎回それを追加して、もしゃもしゃ食べている。

 そもそもドンドンビリビリは定食の時点で結構な量があり、私はそれだけでお腹いっぱいだ。

 圭吾は注文用のPADを手に取り、


「じゃあ唐揚げ定食。唐揚げ食べ放題追加で」

「はあ?? 唐揚げ食べ放題付けたら、唐揚げは無限についてくるんだから、定食は他のにしたほうが良いじゃない?!」

「俺も唐揚げ定食、唐揚げ食べ放題追加で」

「末長くんも!! ちょっと、ふたりとも壊れてる!!」


 お店に到着すると、ふたりは迷いなく唐揚げ定食+唐揚げ食べ放題を選んだ。

 どうやらそのセットにするとからしマヨネーズと、特製赤味噌ソースが別に付いてきて、唐揚げ食べ放題をアシストするらしい。

 なんだアシストって。こんな所でもサッカーなの?

 私は机に無限に運ばれてくる唐揚げを見て、それだけでお腹いっぱいになりながら、卵サンドを食べた。

 末長くんはドリンクバーでコーラを持ってきて一気に飲み、


「……マジで家に帰りたくない。オカンが押味コーチとイチャイチャしてるの見るのイヤだし、押味コーチがオカンにデレデレなのもキモイ、そして修二は普通にふたりに甘えててこわい、そして押味先輩は姉顔して怖い。全てがイヤだ!!」

 圭吾は唐揚げを口いっぱいに頬張りながら、

「あ~~~~帰ってこないから怒られたん? 押味コーチに」

「謝られた。気を遣わせてすまないって。でも出来たら帰ってきてほしいって」


 怒られたならまだしも、謝られたのか……。

 私もコーラを飲みながら「うーん……」とため息をついた。

 末長くんは圭吾とはまた違う真面目……というか、若干潔癖な感じがする。

 サッカー部のロッカーが一番綺麗なのは末長くんだし「こうあるべき」という理論をよく言ってる気がする。

 親は親という生物で、子の前では親であるべきだ。そして親が結婚したからといって姉や弟になれるはずがないと延々語った。

 圭吾は白米をモシャモシャ口に入れて、


「押味コーチはいいけど、俺も押味先輩と一緒の空間で生活はきついなー……」

「圭吾は私の家で普通に生活してるじゃない」

「俺は美穂の家で風呂だけは絶対入らないと決めてる」

「私圭吾の家で風呂に普通に入ってるけど」

「美穂、それマジでやめろよ。イヤなんだよ。そうだこれ言おうと思ってた。美穂は自分の家の風呂に入れ!!」

「そんなのもう領域グチャグチャじゃん? 圭吾の家なんて寝るだけの家になってるし」

「ダメだダメだ、ダメったらダメだからな。美穂は自分の家の風呂に入れ!!」


 圭吾は唐揚げをさらに口に入れて叫んだ。

 そんなこと気にしてたのかと逆に驚いた。お風呂なんて中学生の時から圭吾の家で入ってたけど。

 末長くんはコーラを飲み終えて、再び唐揚げを食べながら、


「ずっと幼馴染みしてる圭吾と久米さんでもこれだろ? これをさあ~~突然最初から、しかも部活のひとつ上のマネージャーとしろって……イヤだ。俺はサッカーするために小田高に来たんだ。というか、普通の親だったら、そういう所、もう少し考えて、あと三年待ってくれても良いのに。我が儘なのは分かる、ガキなのも分かる、だからここでだけでは、言わせてくれ! いやだ!!」


 私と圭吾は「うーん……むずい……」と頭を抱えた。

 私はサンドイッチに付いているポテトを食べながら、


「押味コーチと、末長くんのお母さんは、もう十分待ったと思うよ。だって三年付き合って、FCカレッソで付き合ってたこと秘密にしてたんだよね。だからやっと大好きって出来るから楽しいんだよ」

「……それは分かってる」

「末長くんがイヤなのは、やっぱり変えられないじゃん。そんなこと簡単に変えられるなら、こんなにサッカーバカになってないと思うの」

「お。末長、美穂が全力でバカにしてるぞ」

「いや、合ってる」

「末長くんは突然家族なんて無理だから、まず夕ご飯だけ……そこから一緒にさせてほしいって言ってみたらどうかな? 泊まるのは無理だけど、家に食事にいくことなら……って」

「……それは出来る」

「だって末長くんは押味コーチとお母さんが仲良くしてるのは、別に良いんでしょ? 見たくないだけで」

「そうだ」

「だからそこからはじめてみたらどうかな。押味コーチとお母さんは三年待った時間だけど、末長くんにとってはまだ一ヶ月……それもはじまったばかりのことだって言ってみたらどうかな」

「……そうだ。そうなんだよな、その通りだ。俺が壊しちゃダメだ。そうだ。飯なら行ける、そうする」


 そう言って末長くんは白米をモシャモシャと食べた。

 そして私たちは、押味コーチとお母さんと家族のために、お箸五人分をプレゼントすることにした。

 これを渡しに行って、まず一緒に飯食ってくる……と末長くんはそれをラッピングしてもらっていた。

 頑張れー!

 

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