第26話 千颯のやり方

「初手山登り……知ってたけど、疲れそうだなあ……」

「サッカー部のマネージャーって結構体力使うんじゃないの?」


 同じ中学出身で偶然同じクラスになった平野さんは私に向かって言った。

 私は山登りの栞を丸めながら、


「バスケするより全然体力使わないよー。スポーツ推薦の子が多いから、みんな余裕っぽいし、ああ……大変そう」

「この山、トレーニングでよく走るけど」

「ひぇ……すごい……」


 私は丸めた栞を広げながらため息をついた。

 小田高の恒例行事、四月の下旬に近くにある山……標高916m……に登らなきゃいけないのだ。クラスの交流と理解を深めるためと言うけど、入学して一ヶ月で突然山に登るのすごい。

 さっそく班分けしてるんだけど……私と平野さんはまず組んだ。

 そして、


「末長くん。一緒に回らない?」

「……久米さん、助かる。というか、久米さんと平野さん以外と話せてなくて」

 平野さんは「それなら」と言って手をあげて、

伊佐木いさきくん!」

「平野。何?」

「伊佐木くん、バスケ部の寮だよね。末長くん、サッカー部で寮だって。話したことある?」


 平野さんが呼んだ男の子は伊佐木くんという子で、身長がこのクラスで一番大きい子だ。

 190cmあって、すごい……と思ったら、伊佐木くんもスポーツ推薦でバスケ部所属で、寮にいるらしい。

 末長くんは目を輝かせて、


「あ。寮で会ったことあるかも」

「そうだね。でも話すのははじめましてだ。このクラスで寮なのって俺と末長くんともうふたりくらい?」

「わかんねーや。もう部活終わったら飯、風呂、気絶だから」

「わかる、俺も。交流もへったくれもない、とにかく疲れる」

「だよなあー」


 末長くんと伊佐木くんは寮と部活の話で盛り上がりはじめた。

 良かった。こういうことも考えた活動の一環なのかも知れない。

 グループも決まったし……と思ったら、教室の真ん中で女子集団が騒いでいる。

 見るとクラスの運動系グループの井上さんグループと、文化系グループの脇田さんが千颯さんを取り合っていた。


「ねえ。千颯さん、私と同じ班になりましょうよ」

「千颯さんは運動苦手なんだから、私みたいにゆっくり歩く班がいいですよね?」


 人気者は大変だなあ……と遠目に見て思う。私も千颯さんと同じ班になりたいけど、この戦いに参戦する勇気はない。

 千颯さんはふたりを見て、


「だったら、井上さんグループと、脇田さんグループがくっ付いて、そこに俺も入れば良くない?」

「そんなのダメです!!」


 ふたりは同時に叫んだ。

 どうやら井上さんと脇田さんは仲が悪いらしく、大声で叫んだ。

 そもそも2グループは、クラスで一番目立っている千颯さんを自分の班に入れて、ナンバーワングループになりたいだけなのだ。千颯さんは悲しそうに、


「クラス交流を深めるための登山で、俺でケンカされるのは悲しいな。俺はどっちでも良いよ。ふたりでケンカしないで決めて」


 そう言って、平野さんの隣に座り、ため息をついた。

 平野さんは千颯さんに向かって、


「人気者は大変ですね」

「実は体調があんまりよく無くて不安なんだ。体調が突然悪くなって迷惑かけちゃうかもしれない。実際前に倒れてるし……ねえ、美穂ちゃん」

「え? まあ、そうですけど……」

「だから前に対処してくれた美穂ちゃんと同じ班だと安心するけど、誘って貰うと断れないよ。それに班なんて本当にどこでも良いんだ」

「えーー、倒れた?! そうなんですか。それは私がなんとかしてきますよ。任せてください!」

「え……いや、そんなつもりじゃなかった。俺、ちゃんと言うよ」

「いや、千颯さんがいるとケンカにしかならないので。クラス委員の私に任せてくださいよ!」


 平野さんは親指を立てて、井上さんグループに事情を話しに行った。

 平野さんはバスケ部だから運動系が多い井上さんグループと仲が良い。

 そして人をまとめるのが好きみたいで、先日クラス委員に立候補したしっかりした人だ。話しを聞いた脇田さんも納得したようだ。

 それを横目で確認しながら、千颯さんはパタンと机に倒れた。

 倒れたって言ってるけど……あれは熱中症で、あんまり関係ないのでは?

 千颯さんは机に倒れた状態で、腕の隙間から私にだけ顔が見えるようにして、


「(美穂ちゃんと一緒になれそうで、良かった~~)」


 とニコニコ笑顔を見せた。

 結局、間に平野さんが入ったことにより、千颯さんは私たちの班に入ることになった。千颯さんはものすごく平野さんに感謝して、ふたつのグループにも後で自分で説明して頭を下げて、班分けは一見平和に終わった。

 なんか……千颯さん、全部計算ずくで動いてるように見えるけど、気のせいかな。

 いやきっと気のせいじゃないな? 正面から敵を作るような動きはしないけど、やっぱり桃と同じ匂いがする。



 


「午前中に四時間、休憩一時間、午後三時間……すごいな、これは」

「千颯さんは小学校の途中から大阪だから、この辺りは歩いてないんですか?」


 昼休み。私と千颯さんはスマホで歩く道を調べていた。

 旅行先としてはメジャーらしくて、色んな人がレビューを上げている。

 景色は良さそうだけど、やっぱり延々と歩く趣味はない。でもここら辺では有名な道らしくて、末長くんもFCカレッソの合宿で走ったことがあると言っていた。恐ろしい……。

 今もたった40分の昼休みなのに、平野さんは体育館でバスケ、末長くんと伊佐木くんと圭吾はグラウンドでサッカーしている。この後圭吾たちは選択授業で部活をするのに、休み時間からもうサッカーしてる。

 でも伊佐木くんにサッカー教えてる圭吾がめちゃくちゃ楽しそうで良いなあと思う。

 私の視線を追ったのか千颯さんが、


「彼は俺の父親のこと、知ってるの?」

「あ……知らないです。どんな理由でも離婚は離婚なので。別に細かい理由を知らなくて良いかな……と思ってます」

「俺の父親のこと、としか言ってないのに、そう言うってことは、美穂ちゃんはふたりの不倫を知ってるんだね」

「あ」


 私は口を押さえた。

 もう自然にその話だと思ってしまった。千颯さんは頬杖をついて窓の外を見ながら、


「知らないんじゃないかなと思ってた。だって知ってたら、彼はきっと俺を無視できない。頭では関係ないと分かってるけど、それを制御できるタイプには見えない。それが彼の良い所で、その衝動を抑えたら普通の子だろうからね」


 千颯さん、圭吾と仲が良いわけじゃないのに理解が深くて驚いた。

 千颯さんは外を見たまま、


「中学生に手を出して首になった加藤先生の子、居ただろ。あの子が月謝払えなくなった時に、丁度うちのおじいさまがFCカレッソにいてさ。『俺がFCカレッソ戻った時に有名選手になってお金払うからなんとかしてくれ』って土下座したんだよね。俺も横にいたのに、全く見えて無い。驚いたんだよ、中学生で普通に土下座する子がいるなんて。しかも同年の俺が横にいても気にしない。この子はすげーなと思ったな」


 そんなことしてたの、知らなかった。

 圭吾は普通にそういうことしそうだな……と思う。

 人の気持ちに悲しみや苦しみに誰よりまっすぐに向き合う人。

 そして自分に起きたことには、恐ろしく無防備にそれを受け取って、


「離婚した時……学校では普通だったけど、冬休みに寝込んで五キロ痩せたんです」

「そりゃすごいね。まあ俺も自分の親の恥が知られてなくて助かった」


 左の手をクッと握って右手でトンと叩いた。

 手話だ。私は右手をキュッと握って鼻にあてて前に出した。

 それを見て千颯さんは嬉しそうに同じ動作をした。「これからよろしくお願いします」の手話だ。

 

「お父さんの耳が聞こえないから、千颯さん手話してるんですね」

「単純に手や動きで言葉を表現できてすごいなと思ったから覚えたんだけど、親父は俺の口を普通に読んでスマホに打ち込んでくる」

「あはは。複雑な文章だとそのほうが早いんですかね」

「耳が聞こえなくなったのは後天的な事故だから、口を読むほうが慣れてるんだと思うよ。俺は結構好きだけどね、手話」


 それを聞きながら、生まれつきではないのかあと思う。

 突然耳が聞こえなくなったら、それは怖いだろうな……と思うけど、桃曰く「耳が聞こえない弱者の顔で」と言っていたから、もうよく分からない。私は千颯さんのほうを見て、


「千颯さんは……桃のこと好きですか?」

「大好きだよ。桃は俺とメンタル系統が似てるし、話してて楽だ。両親は俺が責任を持ってなんとかするよ。ちょっと時間がかかるかも知れないけれど、筋道は立ててる」


 春の風が強く吹いて、千颯さんの髪の毛を揺らした。

 窓の外では圭吾と末長くんが伊佐木くんと2対1をしている。伊佐木くんはバスケ部なのに器用で、やっぱり運動が得意な人はなんでも出来るのでは……と千颯さんと「すげぇな」と話した。

 学校と部活が終わった。

 私はいつも着替えをする圭吾なんて待たないけど、今日は待つことにした。


「お! 美穂待っててくれたのか。美穂の母さんがゴマ油がないから買ってきてくれって」

「どうして私じゃなくて圭吾に頼むのかな」

「帰り道の買い物は俺に言ってくれって頼んだからだと思う。世話になってるし」


 そう言って圭吾はカバンを自転車に押し込んだ。

 もう本当にクソ真面目で……。私は横で自転車に跨がり、


「庄司くんの話、今日千颯さんから聞いたよ」

「は? 誰、千颯って」

「桃の従姉妹。女の人だけど男の人の制服着てる学年代表で挨拶した人」

「あ~~~! 同じクラスなのか……って島崎の従姉妹?! あ~~なるほど、とっつきにくい空気だわ~~~」

「千颯さん。小学生の時に、私たちが金魚捕まえた時あったじゃない? あの時取り方教えてくれた人なんだよ」

「げ。まじで? すげー偶然じゃん。金魚の神?! 俺今も覚えてるよ!!」


 圭吾は自転車をこぎ出してたけど、止まって私を見た。

 親のことは親のこと。それを排除したら千颯さんは私たちにとって「金魚の捕り方教えてくれた人」だ。

 圭吾は、ぱあああと笑顔になり、


「島崎ほど悪人じゃなさそうだな~~。今度昼休みにサッカー誘いにいくわ」

「千颯さん私と同じ非運動系だから、昼休みにサッカーしない」

「何言ってるんだよ、美穂は運動系だろ」

「遠足の登山がイヤでイヤでイヤで……四時間休憩なしって何……?」

「あんなのいつも走ってるから、歩くの暇そうだ。走ったら一時間半でいくぞ。イヤなら走って終わらせたらどうだ?」

「え……トレーニングしすぎて脳みそまで筋肉になったの……?」


 私と圭吾は自転車で走りながら話した。どうやら圭吾が土下座しても、普通に庄司くんはFCカレッソには居られなくなった。

 でも押味コーチの計らいで、中学のサッカー部……他の学校と合同らしいけど……そこに所属してサッカーを続けているようだ。お母さんがお仕事を頑張っているようで、来年にもFCカレッソに復帰すると圭吾は嬉しそうに言った。

 週末に保護者会があり、早く授業が終わる日に押味コーチと末長くんママのお祝いを買いに行こうと約束した。

 

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