第25話 私だから出来ること

「お話しするのははじめまして。久米美穂です」

「わーー。押味曜子おしみようこです。わーわー! お父さんから久米さん無理かもって言われてたのに、来てくれてすっごく嬉しい」

「よろしくお願いします!」


 私はサッカー部のマネージャー室で頭を下げた。

 今日からサッカー部に入部してマネージャーとして仕事を始めることにした。

 小田高はスポーツが盛んな高校なので、それをサポートする人を育てるカリキュラムも充実している。

 精神マネージメント、食事療法、漢方から、海外留学する選手のための語学習得……小田高にはその全てがある。

 だからスポーツに関わりたい人たちもたくさん入学してきていて、スポーツ部にはマネージャーが複数いる。

 押味先輩もそのひとりで、押味先輩はFCカレッソにいた押味コーチの娘さんだ。

 なのでFCカレッソにいた時に何度か挨拶したことはあるけど、ちゃんと話すのは初めて。

 押味先輩は、身長が低くてショートカットですごく元気な人だ。

 サッカーをするのも大好きで、小学校まではFCカレッソで選手としてプレイしていたのを見た。

 押味先輩はパソコンの前に私を座らせて、


「いやーー、来るよ、小田高サッカー部黄金時代。圭吾くんと末長くん、それに今村くん。そして二年の一ノ瀬と鹿野。この五人がいたら全国行けるってお父さんも監督もガチで思ってるの」

「みんなの息は本当にあってるので、楽しみですね」

「練習見ててもワクワクするよ。そして美穂ちゃんがきてくれたから、もうガチいける!」

「私はあんまり関係なくないですか?」


 押味先輩は目を丸くして、


「何言ってるの。三人が誰より頼ってるのが美穂ちゃんだよ。一緒に頑張ろう! それでさっそく書いてほしいのが、このキャリアシートなんだよなあ」

「キャリアシート?」

「そう。今まで選手たちがどういうポジションにいたか、その時どういう試合をしていたか。中核を担えそうな選手は全員コーチたちが昔の映像みて作るんだけど、FCカレッソにずっといた美穂ちゃんなら、三人とあと四人……? 合計七人? FCカレッソから来てる子の分、書けるかな」


 そう言って押味先輩が開いたキャリアシートは、小学生の時にどこのポジションを担当していたか、どのような動きだったか……が書いてあった。私はそれを見て、


「……圭吾、最初はMFだったんですよね、身長が小さくて。でも守ることに特化した動きが好きだと気がついて。それに本人も勝負をしたがる性格だったんです。中学になってから身長が伸びたので筋肉量を増やしてCBに移動しました。中一の大宮杯で、飯田FCの有名なFWと勝負して勝ってるんですよね。競り負けてなくて偉かったんですよ」

「そういうの~~~! 末長くんは?」

「末長くんは最初体が大きいからDFだったんですけど、視野がものすごく広いんですよね。小学校五年生の選手権で一気にサイドチェンジする正確なパスを出して、それを今村くんが入れたんです」

「天才すぎる~~~!! 覚えてるんだ~~」

「……びっくりした。わりと覚えてますね」


 私は話しながら驚いた。

 ずっと見てきたのもあるけど、なによりお父さんが家で試合を見ながらずっと横で説明してるのが大きい。

 圭吾くんの動きがいいね。あそこにスペースが出来たね。あっち側をチェックしたからここにスペースが出来たんだ。延々と横で語るから「うるさぁぁぁい」と思ったこともあるけど、それをわりと覚えてる。

 私は渡されたキャリアシートにひたすら入力をはじめた。まずは全部覚えてる圭吾から……とはじめたけど、ものすごく書き込む所が多くて、ひとりに一日余裕でかかる。これを七人! 大変だーと思って作業を始めたら、横の席に押味先輩が座り、


「美穂ちゃんは個人情報を見られるようになるから、先に言っておくとね。押味コーチ……つまり私のお父さんと、末長くんのお母さん再婚したの」

「うええええええ?!?!?!」


 私は首がゴキッとなるほど横を向いてしまった。

 その反応に押味先輩はケラケラ笑って、


「驚くよね。FCカレッソにいた時から付き合ってたんだけど、末長くんが『贔屓だと思われるとイヤだから、俺が小田高に入るまで待ってくれ』って言って、このタイミング」

「うええええええ?!?!」

「美穂ちゃんさっきからそれしか言ってないよ」

「えー! 押味コーチおめでとうごさいます!! あ、お父さんですよね、おめでとうございます、押味コーチ! だってあれですよ、そうなんじゃないのって実は私のお母さんと話してたんですよ、なんか押味コーチ、末長ママの前でデレデレしてるから!!」

「あ。やっぱり噂にはなってたんだ」

「噂になっていたというか、母と私はそうだったら良いね~って話してたんです」


 末長くんの家は末長くんが長男、下に弟がいるんだけど、お父さんを病気で亡くしてお母さんがひとりで育てていた。

 お父さんがサッカーが好きだったのもあり、兄弟ともサッカーを習うことを決めたまでは良かったけど、末長くんの家近くにはサッカーチームがなく、電車で二時間かかるFCカレッソにお母さんがずっと送迎していた。

 私は小学校の時に末長くんのお母さんがどうしても当番出来なかったとき、何度か変わった。

 その頃から末長くんのお母さんと、末長くんと仲良くなったのだ。

 そして押味コーチもかなり昔に奥さまを亡くされて、ずっとひとりで娘さんを育てている……と聞いていた。

 だからこれは超朗報! 私は目を輝かせて、


「え。これはFCカレッソ組には伝えても良い話ですよね?」

「そうね。ていうか美穂ちゃんの目がキラキラしてて、もう今すぐ走って行きたいって顔してる」

「末長くん、そんなこと全然言わなかったから」

「ひとつ上の女と姉弟になったのは、あんまり良いと思ってないみたいね。弟の修二くんは普通に家からFCカレッソに通い始めたし、贔屓されるとか全然言わないけど、末長くんは寮に入って月に一度しか家に来る気がないみたい」

「うーん……じゃあ私と圭吾だけにしときます。圭吾もそれを話せばそこまで言わないはずです」

「そのほうが末長くんは喜ぶかも。ごめんね、お祝いなのに気をつかってもらって」

「いえいえ。同じチームで、しかも年齢が近いのに性別が違うと、難しそうですね」

「でも末長くんは寮に入ったし、それもあって姉弟って感じが全然しないわ。でも一応」

「ありがとうございます!」


 私はそう言いながら、うおおお~~早く圭吾に話したい~~と思った。

 圭吾はずっと「押味コーチ良い人なのになあ」と言っていた。でも末長くんのお母さんと仲が良さそう……というのは全然気がついてなかったけれど。

 たしか押味コーチはFCカレッソのすぐ近くに一軒家を持っていて、そこから通っていたはずだ。

 だからこの学校にもかなり近い所に家があるということだ。それでも寮に入ったんだから、やっぱり同じチームのマネージャーと義理でも姉弟というのは、あまり良いと思ってないんだなあ……。

 それに贔屓されるから……って末長くんらしい……と思うのと同時に、中三の冬には圭吾の両親が離婚した。

 それもあって気をつかったりしたのかも……と少し思う。

 


 今日の練習が終わり、解散になった。

 私は結局圭吾のキャリアシートだけで三時間もかかってしまった。

 でも書きはじめたらスラスラ書けて、しかも「圭吾はこの時、こういうミスをして、こういう練習をした」というメモも書き足したら、それがすごくコーチたちに褒めて貰えて嬉しかった。

 でも三時間で七割しか書けず、もうヘトヘト。

 そして暗い。初日からすごい……。でも! 私は練習を終えた圭吾と末長くんに走り寄った。

 圭吾は私を見て目を輝かせて、


「美穂も聞いたか?!」

「圭吾も聞いた?!」


 私と圭吾は目を合わせて「めでたすぎる~~」と叫んだ。

 横で末長くんは頭をかきながら、

「いや、俺関係ねーし」

 私はぐっと握りこぶしを作って、

「いや、ここはお祝いするところだよ。私ずっとそうなったら良いな~って思ってたんだよ」

 圭吾が私の方を見て、

「あ?! 美穂、気がついてたのか」

「末長くんのお母さん、ここ一年送迎関係なく来てたから、どうしてかなーってお母さんと話してたの」

 末長くんは苦笑して、

「やっぱ見てる人は見てるんだな、すげーな。付き合いはじめたのは三年前だけど、本格的に再婚ってなったのは去年からだ」

 私は恋話は大好きなので「ほうほうほう」とグイグイ近づいてしまう。

 末長くんは私と圭吾を見て、

「マネージャーが義理とはいえ姉という状況は、個人的にあんまり好きじゃなくて。だからお祝いしてくれるのは嬉しいけど、それは押味コーチと俺の母さんに言ってくれると助かる」

 圭吾は「あ~……」と口を歪めて、

「俺の所も離婚したとき、みんな気を遣ってるの、ちょっと困ったもんな。了解、わかった!」

 その言葉に私の胸はチクンとする。

 もっともっと、つらい話が裏にあること、私は知っているからだ。

 末長くんは苦笑して、

「そゆこと。だからまあ、ほどほどで」

 私は少し痛む胸の痛みを隠すようにおどけて、

「恋話が足りない~~。もっと恋話が聞けると思ったのに~~~」

「正直親の恋愛とかマジで苦手だな。親は俺のなかで親で、恋をするって選択肢から完全に外してた」

 その言葉を聞いて、どんどんドキドキしてきて、少しうつむいた。

 脳裏に浮かんだのは、圭吾のお母さんの『女の人の顔』、そしてはだけたブラウスと白い胸。

 私は小さな声で、

「……まあちょっと、分かっちゃうかな」

 圭吾は私の横で、

「まあ俺の母さんもあんな仕事人間になると思ってなかったからな~。とりあえず美穂、押味コーチにはお祝いをしないとな」

 圭吾は離婚の理由を、お母さんが仕事人間になったから……だと思ってるんだな……と頭の片隅で思う。

 だったら、私はその設定に合わせよう。私は顔を上げて、

「お祝いしよう! あ~~。はやく家に帰ってお母さんに話したい~。もう帰る、さようなら」

「おい美穂待て、一緒に帰ろうぜ。そして俺も一緒に騒がせろ!」

「もお~~~。5分で荷物持って来て!」

 私と圭吾がギャーギャーやっているよこで、末長くんは「じゃあ俺寮もどるわ」と歩いて行った。

 お母さんも、付き合いが長い押味コーチも、すぐ近くにいるのにひとりで寮は淋しくないのかな……と思ったけれど、それを決めるのは末長くんだと思い直した。

 私と圭吾は「再婚のお祝いって何が良いのだろう」と話しながら家に帰り、ふたりで大騒ぎしながらお母さんに再婚を伝えた。

 お母さんは拍手をして喜んで、小豆を水に浸していた。お母さんは嬉しいことがあるとすぐに赤飯を炊くの、面白すぎる。

 

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