第24話 桃と千颯さんの秘密
入学式が終わり、1-Aに行くと教室の中心に人だかりが出来ていた。
その真ん中にいた人が、私を見て笑顔を見せる。
「本当にいた」
「!! 千颯さん!! 同じクラスなんですね」
「そうなんだよ。よろしくね」
そう言って千颯さんは笑顔を見せた。
中学二年生の時に会った時と変わらないベージュの綺麗な髪の毛はショートボブに美しく整えられていて、男子用の制服を着ている。
遠目で見たら完全に男性だと思うだろう。
千颯さんは私の方に歩いてきて、
「桃とはクラスが離れたね」
「驚きました。大阪から戻ってきたんですか?」
「そうなんだよ、事情があって……」
……と話し始めたら、周りに女子がたくさんいて目をランランとさせて聞き耳を立てている。それに気がついた千颯さんは私の背中に手を置いて、
「ちょっといいかな。みんなに聞かせる話でもないから」
「きゃーーーー!!」
女子は私の背中に千颯さんが触れただけで悲鳴を上げた。
でもちょっと分かる。これは完全に王子様……! 私は「おおう……」と思いながら背中を支えられて教室を出た。
そして廊下の奥にある小さな空間……そこの窓から外を見ながら、
「母さんがどうしても祖母の介護をするって言うからこっちに戻ったんだ。でも元々小田高に興味があったから、良いかなって」
「目的って、スポーツ……ではないですよね」
「この学校の選択授業だね。大阪にもここまで自由な学びはないよ。選択授業の中に地域開発活動っていうのがあってさ」
「ちいきかいはつかつどう?」
「ここのスポーツ寮は、20年前に地元の源川(みながわ)ホテルと小田高が地域開発活動のなかで作ったものなんだ」
「源川ホテルと作ったんですか! へえ、知らなかったです」
源川ホテルは湖畔に建つ、ここら辺りでは一番の高級ホテルだ。
高すぎて私は近づいたこともない。
千颯さんは髪の毛を風で揺らしながら、
「俺は三喜屋の子だし、おじいさまは本気でJリーグにFCカレッソを入れたいみたいだから、高校生の立場で地域の会社と関われるのは大きいんだよね。そういう動きが出来るのは小田高だけだったからね」
「そんな授業知りませんでした。そういえばおじいさま、よく練習を見に来てましたね」
「そうだよね、美穂ちゃんFCカレッソの子だもんね」
そう言って私を見て目を細めて、
「美穂ちゃんと同じ学校で同じクラスなんて嬉しい。命の恩人だから」
「いえいえ、水をぶっかけただけですよ」
「体力を付けようとしてるけど難しいね。ホルモン治療もしてるし」
「あ……ひょっとして男性になるための?」
「胸が苦手で。大きくならないために飲んでるホルモン薬はやっぱり体力削ってる気がする」
「また何かあったら、今度はちゃんと保健室に運びますね」
「治療の事は別に隠してないけど、知っててくれる人がいるのは心強いよ、ありがとう」
そう言って窓から入る風を受けて微笑む千颯さんは、もう完全に物語の中の王子さまだった。
そしてHRが始まるチャイムがなり、ふたりで教室に戻った。
近くの席の子たちに「どういう知り合いなの?!」と速攻で聞かれたので「三喜屋の人でね、親友の従姉妹なの。身体は女の子だけど、心は男の人だよ」と言ったら「ガチの王子様……!」と言い始めた。うーん、ちょっとだけ分かる。
「私も驚いたのよ。こっちに帰ったこと、先月まで知らなかった」
「え~~~?! あ、でも同じ家に住んでないんだっけ。じゃあ分からないね」
「そう。先月香月に千颯も小田高みたいだよって聞かされて、驚いたわ」
そう言って桃は自転車に荷物を入れて苦笑した。
入学式が終わり、教室で担任の軽い挨拶だけで今日は終わった。全ては明日からみたい。
千颯さんは女子に囲まれて学校から出て行った。
圭吾と末長くんはさっそく部活へ。私は明日から。今日は桃とスタジオで制服の撮影だもん!
桃は高校に入ってから「もう大丈夫よ」と香月さんの送迎を断り、自転車を購入。私と一緒にしてくれた。嬉しい。
桃は自転車をこぎながら、
「おばあちゃんのリハビリが必要になって、ニコさんが付き添うために戻ったみたい」
「前あった時もそんなこと言ってたね」
「そう。前は『そんなの要らない!』って怒ってたけど、体が弱ってくると人間って心も弱るのね。送迎含めて面倒みてもらってるみたい。あのクソ叔父もウロウロしてて、正直げんなりよ」
「……あの叔父さんがウロウロしてるのは、イヤだなあ」
私は自転車のペダルを思いっきり踏み込んで言った。
圭吾のお母さんと不倫していた桃の叔父さん……庭で会った時の手話をする優しそうな笑顔と、私が車の前で叫んだ時、ハンドルに腕を乗せてこっちを見ていた呆れた視線が忘れられない。
「あとケツ」
「ケツ!」
桃は思いっきり吹き出して笑った。だってケツ。ケツが揺れていた。
桃は「もう笑わせないで。自転車に慣れてないのに転ぶわ」と笑いながら自転車をこぎ続けた。
不倫した圭吾のお母さんも悪いけど、叔父さんは奥さんが介護するから……ってこっちに戻ってこられるのか。なんだかなあ。でも圭吾のお母さんは帰って来てほしくないから、それで良い気がする。
小田高の近くにも川が流れていて、その横には桜の木がたくさん植えてある。
この時期はまだ花びらが残っていて、それがふわふわと風に舞ってものすごく綺麗だ。
小田高はそれほど校則が厳しくなくて、髪の毛を染めていても常識の範囲内なら何も言われない。
だから桃はピンク色のメッシュをしたまま髪の毛を揺らしていて、この景色とマッチして最高に可愛い。
私も桃と同じメッシュにしたいと思ったけれど、運動系の部活に所属するならNGらしい。うーん、残念。
あまりに桜の花が美しく見える橋があって、私は自転車を止めた。
「ねえ桃、一緒に写真撮ろう! せっかく桜が綺麗なんだもん」
「良いわよ」
「はいこっちきてーー!」
私はスマホを取りだして、桃と桜をバックにして写真を撮った。
中学の時は堂々とスマホを持って学校に行けなかったけど、高校はOKだから嬉しいー! こうしてすぐに写真が撮れる。ピンク色のメッシュと美しい髪の毛、それに小田高の制服が桃に良く似合っていて「良い感じだよー!」とカメラマンみたいに写真を撮った。
桃は笑いながら「これからスタジオで撮影するのに」と言いながらも嬉しそうだ。
そして雑草に触りながら河原の道を気持ち良さそうに歩き、
「美穂は明日からサッカー部なのよね」
「そう。もうね、そのためにきたから覚悟決めてる。FCカレッソに居た子たちが何人もいて、それに二年生のマネージャーもFCカレッソにいた押味コーチの娘さんなの。施設の規模も大きいし、ちょっと楽しみ。でもすごく忙しいと思う-」
「今日の約束しておいてよかった。そういえば選択授業一覧みた?」
「見た見たー。はじめてだから何がなんだか全然わからないね」
桃は私の方を見て、
「何も決まってないなら、一緒に地域開発活動取らない?」
「あっ、それ千颯さんも言ってたやつだ」
私がそう言うと桃はため息をついて、
「やっぱりそうよね。千颯も地域開発活動が目的で小田高来てるわよね。あの子、どう動く気なのかしら……その前にどこまで掴んでるのか……もうこうなったらちゃんと話さないと駄目ね」
その言い方が気になって私は口を開く。
「桃って、千颯さんのこと、そんなに嫌いじゃないよね。中学の時に千颯さんの話は、そんなイヤそうじゃなくしていた」
「千颯は嫌いじゃないわ。あの子頭が良いもの。それに私のファーストキスの相手よ」
「はああああんんんん?? ちょっとまったああああ!!」
私は繋いでいた手を離して桃の前に立った。
「ファーストキスの相手が千颯さんって何?!」
「大昔。それこそ幼稚園の頃の話よ。桃が好きってキスしてきたわ」
「うおおおおおい、私、桃に関しては同担拒否だから!! 桃を一番理解してるのは絶対私!!」
「なにそれ! でも大昔の話じゃない。美穂だって昔は圭吾くんと一緒に寝てたんでしょう?」
「大昔の話だよ!! ……そうだね、その通りだ。うん、圭吾を出されると何も言えないな……そっか、そんなに昔なら今は関係ないね」
「今も圭吾くんと美穂は一緒だけどね」
「千颯さんと桃もじゃん~~。あ、でも了解。分かったよ、私と圭吾って言われたら理解。なるほど、従姉妹だけど幼馴染みなんだね」
「そうね。千颯は全然嫌いじゃないけど、千颯が三喜屋の社長になると、あのクソ叔父と、ニコさんが居座るのがイヤなのよ。千颯は策もなく両親を切り落とすほど愚かな人間じゃないから。まああの子はそれも考えて小田高に来てるとは思うんだけど」
「なるほどー?」
よく分からないけど、ニコさんは千颯さんを溺愛してるみたいに見えた。
でもあの叔父さんが気持ち悪いのは完全に同意。もうあのケツ見てから会いたくない。こっちにいると聞いてげんなりしちゃう。私はため息をついて、
「あの叔父さんが自分の父親だったら、マジで嫌だなー……」
「千颯は自分の父親が終わってることは知ってるけど、圭吾くんのお母さんに手出ししたことまで知ってるか分からないわ。まあ頭が良い子だから、余計なことは言わないわ」
「うん、そうだね。千颯さん、そういう感じじゃないもんね」
私たちは桜が咲く道をゆっくりあるいた。
地域開発活動を選択すれば、週に何度も同じ授業を受けられるし、グループ活動も多いのだと桃は言った。
全然知らなかったけどスポーツ寮もその活動の一環で出来たといわれると、すごく興味が出て来た。
本当にFCカレッソがJリーグに入れたら最高なのに。
桃もそれは「おじいさまの悲願だから叶えたいわね。そこだけは私と千颯の意見が重なってるわ」と笑った。
千颯さんと桃は、どこか似ていて、ふたりとも静かで、でもきっと熱くて、それが良いなあと思った。
歩いていたら、桃が立ち止まり、
「あら……あれ、香月じゃない?」
「あ。香月さんだね」
私と桃は話が盛り上がり、かなり遠くまで自転車を置いて歩いてきてしまった。
川の向こう側、橋の上で手を振っているスーツ姿の男性は香月さんだった。
そして振っていた手で腕時計をトントンと叩く。
私と桃はスマホ画面を見て叫んだ。
「撮影の時間!」
ふたりでキャーー! と叫び声を上げて自転車まで走って戻った。
そしてスタジオに行くと、メイクさんが居て驚いてしまった。なんと桃はいつも撮影するときに、ちゃんとメイクさんに化粧と髪型を整えてもらってから撮影するらしい。私もプロのメイクさんに綺麗にしてもらって、髪の毛もアイロンしてもらって、制服はその間に香月さんがアイロンしてくれた。お姫さまみたい~~!
そして撮影スタジオで桃と一緒に制服姿の撮影をした。
その後ろで香月さんがずっと動画を回していて、桃が「邪魔よ」と言っていたのがメチャクチャ面白くてずっと笑った。
撮った写真はその場で何枚か頂いて、あとは大きく現像してプレゼントしてくれるということだった。
スマホにもらった小さな写真なのに、もう私超可愛くて! 桃も超可愛くて! 迷わず壁紙にした。
こんな高級プリクラ最高すぎる!!
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