第18話 家にお泊まりと不穏
「桃!」
「美穂」
桃は私に向かって手をあげた。
今日は運動会の振り替え休日で、桃と池田高校近くにあるイオンモールにネイルケア商品を買いに行くことにした。
お母さんが運動会おつかれさまお小遣いをくれたから可愛いマニキュア欲しい~! ヴィレッジヴァンガードにも行きたい~~!
今日の桃は真ん中にボタンがたくさん並んでいるロングのワンピースだ。
華奢で華やかな桃が、更に可愛く見える! 靴はピンク色で可愛い!
それに髪の毛をほどいていて、ピンク色のメッシュがよく見える。
桃は私の腕をきゅっと握り後ろの方に首を動かした。
「あのね、ごめんなさい。香月の車じゃなくて電車で行こうって誘ってくれたのは嬉しいんだけど、香月は二人きりは絶対にダメだって」
「うん。分かった。私、桃の病気知ってから二人に固執するの良く無いかも……って思ってるから、全然オッケーだよ。じゃあ一緒に電車で行くのはどうかな」
「香月と電車に? 車に変更するんじゃなくて?」
「だってもう改札だし」
「そう、じゃあ勝手についてくるから行きましょう」
そう言って桃は奥の方にあるコンビニ横に隠れていた香月さんに手を振った。
香月さんは軽く頭を下げるだけで体を隠した。そんな隠れなくても。
私は香月さんの方に走って行って真横に立った。
「昨日はおつかれさまでした。あのレンズすごかったですね」
「あ、いや……桃に聞いて……まさか見られてたとは」
「いやいや香月さん。あれでバレてないと思うのはさすがにヤバいですよ。昨日の写真スマホに入ってないんですか? 見たいし、一緒に行きましょう」
「いや、俺は……」
「香月」
横に来ていた桃に促されて、香月さんは「分かった」と小さく頷いて、私たちと共に電車に乗った。
いつも静かに運転だけしている香月さんと話すのははじめてだ。
桃は動き出した電車の中で香月さんを見て、
「香月は私のお母さんの弟なの」
「えっ?! あっ、そうなんだ」
「こんなこと話すのも美穂がはじめて。島崎の人間でも知らない人が多いわ、ねえ、香月」
「そうだね、最初は
「里奈さん、お母さんの名前、里奈さんなんだ。可愛い~」
私がそう言うと、香月さんは今まで見たことないような柔らかい笑顔を見せた。
すごくお姉さんが好きだったんだなあ……と思って、少し心がちくんとする。
車で海に落ちて亡くなったことを桃から聞いているからだ。桃はとても満ち足りた表情になり、
「可愛い名前でしょう? 私もお母さんの名前大好き。いつも楽しそうで、何をしてても笑顔だった」
「そうだね、里奈は、本当に何でも楽しそうだった」
「庭の雑草さえ楽しそうに抜くのよね」
「いつも歌いながら楽しそうにしてた」
「声がきれいで大好きだった。お庭が好きで、バラがいつも見事に咲いてたわ」
香月さんと桃が楽しそうにお母さんである里奈さんの話をして、ああ、良いなあと私は小さく思う。
私のおじいちゃんも亡くなったけど、お母さんは定期的におじいちゃんの話を私とする。お母さんは「亡くなった人の一番の供養は、思い出すこと。そして永遠の命にしましょう」と言う。私は香月さんの方を見て、
「桃と、里奈さんは、何をして遊んでたんですか? 幼稚園の頃とか」
「桃はシャボン玉を作るのが好きで」
「香月、よくそんなこと覚えてるわね」
「それで材料が足りなくて一人でこっそり買いにいって、里奈がすごく探してた」
「ああ、そんなことあったわ」
「探し回る里奈を追うのが大変だったから覚えてるんだよ。今も覚えてるよ、グリセリン。そんなの俺が買ってくるのに」
そう言って笑う香月さんは運転手じゃなくて姉の子どもを心配する弟で、それをすごく良いなあと思った。
イオンモールに到着すると香月さんは「邪魔しないから」と視界から消えた。
これが本当に気にして探さないと分からない場所に隠れるので、逆にすごいと思った。
お姉さんを病気由来の事故で亡くしてるなら、娘である桃を溺愛して心配するのは仕方ないなあ……と思った。
これを知るまで、本当にただのハンターだと思ってたから、やっぱり話してみないと何も分からないなあ。
「わあ、桃ちゃん。運動会の時に写真撮ってても思ったけど、本物のほうが可愛い……狭い家だけど入って?」
「はじめまして、桃さん。美穂の父です。いやあ、琴子ちゃん以外が泊まりにくること無いから緊張するな」
「もうふたりとも分かったから、玄関から退いて! 家に入れないでしょ!」
私が叫ぶとお母さんとお父さんは「ほいほい」と左右に分かれて道を空けた。
買い物にいったあと、香月さんに送ってもらって家に来た。今日は我が家にお泊まりするのだ!
いつも桃の家に遊びに行ってたんだけど、桃が「美穂の家に泊まってみたい」というので、連れてきた。正直お泊まりするなら、絶対桃の家のが広くて快適なんだけど、桃がウチに来たいならオッケー!
私は桃を部屋に入れて、
「はい、どうぞー。とっても狭いけど」
「……美穂の大好きがつまってる」
「そりゃ私の部屋だもん~。ねえ、今日買ってきたお揃いのパジャマ着ようよ。あとネイルもしたい~」
「……すごく落ち着く。すてき。もう眠くなってきたわ」
「そんなバカな! 夜は長いよ、桃!」
下から呼ばれてふたりで晩ご飯を食べにリビングにいく。
お母さんが「お口に合うかしら」と言いながら出したご飯は、いつも通りお母さんの得意料理……豚肉の味噌漬けと春雨サラダに卵スープだったけど、桃はどれも「すごく美味しい」とキレイに食べた。なによりお母さんの100年ぬか漬けを「信じられないくらい美味しい」とたくさん食べていた。
私もお父さんも食べ慣れてるからよく分からないけど、お母さんのご飯はやっぱりどれも美味しいと思う!
桃は正直、自宅にいるときより、学校にいるときよりリラックスしていて、いつも桃にあるバリアみたいなものが無くなっているように感じた。
でも私は桃のバリアみたいなものが、どこか私だけが触れられる柔らかい蕩ける膜のような、私が触れると同化して一緒に居られるドアみたいに感じている所があって、それが無い桃を、残念にも、とても可愛くも感じる。
お風呂の準備をしながら桃にそれを伝えたら、どうしようもなく恥ずかしそうに、でも嬉しそうに、
「……私のことが好きって話?」
「自意識過剰だな、桃くん。君はすごく変じゃって話をしてるんじゃよ」
「その変なキャラなに?」
「阿笠博士。今沖田総司にハマって、見直してるから」
「美穂が新選組好きだなんて意外だわ」
「え? 沖田総司って新撰組の人なの? 坂本龍馬じゃないの?」
「……美穂。歴史の授業、ちゃんと聞いてる?」
「歴史なんて知らないよ、沖田総司のキャラがかっこいいんだよー」
桃は珍しくその後も「どうして沖田総司が出てくるの? どういう理由なの?」と聞いてきたら、今日の夜は一緒にコナンを見ることにした。まずお風呂に入って、今日買ってきたお揃いのパジャマを着ることにする。
何色を買うかふたりで悩んだ。私にピンクは似合わないけれど、桃はピンクが最高に似合う。私に青は似合うけれど、桃に青は似合わない。
ふたりでうーんうーんと考えて、私は青、桃はピンクを買って下だけ交換した。
私と桃だけのオリジナルパジャマになって、最高に楽しい。
ふたりで着て「いいじゃん~~」と盛り上がった。もうこういうの、楽しすぎる!
お風呂から出てリビングに行ったらお母さんとお父さんが写真撮ろうとしたので、全力で部屋に逃げた。
お母さんとお父さんはすぐにスマホで写真に撮って、何年かしてから蒸し返すから禁止!!
そしてお互いの髪の毛をドライヤーで乾かした。
私は桃のピンク色のメッシュをとくに念入りに乾かした。やっぱり可愛いー。
そして琴子ちゃんのお布団を使って! と出したのに桃は私のお布団に潜り込んできた。
狭くてキャーキャー騒ぎながらも、手を繋いでいたらものすごく眠くなって、見ようと思っていたコナンなんて全然見られないまま二人で深く眠った。
「ただいまー」
運動会が終わり、学校は通常モード……というか中間テストモード入る。
本格的に進路指導が始まり、今日は運動会が終わったばかりだというのに、体育館に集められてひたすら加点について話された。もう受験だあ……。池田に入りたいなら一学期の内申から一点も落とせない。
英語が苦手なんだよなあ……と私は呟きながら靴を脱いだら、女の人の靴が見えた。
え……誰だろう……と台所に入ったら、そこに圭吾のお母さんと私のお母さんがいた。
「! 圭吾のお母さん、お久しぶりです」
「美穂ちゃん、久しぶり」
圭吾のお母さんは笑顔だったけど、どうみても目も、目の横も真っ赤だ。
それにお母さんも落ち込んでいるように見える。なんだろう……何か変だな……と私が思いつつ、カバンを床に置いて手を洗って戻ってくると、お母さんはタッパーを私に渡して、
「ごめんね、今日は美佐子さんと話すから、圭吾くんの家でご飯食べられる?」
「オッケー。分かった。圭吾も家に居るの?」
「居るわ」
そう答えたのは、圭吾のお母さん……美佐子さんだった。
私はなんだか居心地悪くてタッパーを受け取って圭吾の家に向かった。
私のお母さんは、お父さんと結婚したくてこの町に引っ越してきた。そして私を妊娠した。
その時に産婦人科で知り合ったのが美佐子さんだった。美佐子さんと仲良くなった私のお母さんは、お父さんにお願いして売りに出ていたこの家を買った。
産後ふたりで助け合って子育てをして、私と圭吾、そしてふたりのお母さんの写真がたくさんある。美佐子さんがこんなに忙しくなる前は、よく家で飲んでいたけど、最近は無かった。
でも昔はよく仕事の愚痴を言っていたし、それかなー?
そう思いながら圭吾の家にいくと、玄関に圭吾の靴があった。
でも電気は台所しか着いてない。私が台所に進むと、圭吾が台所に椅子にぽつんと座っていた。FCカレッソのユニフォームを着たまま、ぼんやりしている。
私はタッパーを冷蔵庫に入れながら、
「うっす。ご飯食べる? もうお腹すいた?」
「……母さん、美穂には何か言った?」
「ううん。何も。ていうか、あれかなり飲んでるね。圭吾のお母さんが夕方帰ってくるなんて久しぶりだね。なんか仕事がはやく終わったのかな」
軽く話すけど、明らかに泣いていたし、落ち込んでいた。圭吾も異様な雰囲気を感じ取ったのだろう。
私はお茶を出して圭吾の前に座った。そして机に上に散らかっているチラシを簡単に片付けはじめる。
郵便物……ゴミ……チラシ……請求書……と。
こうも散らかってると手が自動的に動いてしまう。ゴミはゴミ箱!
圭吾はぽつりと、
「俺ってそんなに頼りないかな」
「え?」
「わりとちゃんと頑張って、しっかりしてきたと思うんだけど、結局ガキだもんな」
それだけ聞いて圭吾も、久しぶりに早く家に帰ってきていたお母さんと話そうと思ったけど、追い出されたのだと思った。
私だって、圭吾に言えないことはたくさんある。金魚のことも、加藤先生のことも。
圭吾はあまりにまっすぐで嘘がつけなくて、真っ直ぐ故に正しすぎて、その心から出される言葉の刃は鋭い。
相談する時って、正論はなんかダメな気がする。
でも「圭吾はそのままでいいんだよ」というのは、きっと違う。
だって圭吾は今、何も言って貰えないことを、追い出されたことを落ち込んでいるのだから。
何も言えず私はとりあえず立ち上がった。
「ていうか、あれ仕事のことだろうし、守秘義務とか、色々あるじゃん。そういうのは子どもには話せないよ」
「……まあ、そうだよな。でも追い出さなくてもいいのにさ」
「よし、理解。圭吾が落ち込むってことは、サッカーが足りてないんじゃない?」
「は?」
「サッカーが足りてないよ。疲れ足りてない。もっとサッカーしないと。さっきからスマホが鳴ってるけど、大丈夫?」
「あ……そうだ、俺、庄司と練習する約束してたの、忘れてた」
「どこでするの?」
「河川敷」
「じゃあ行こうよ。神の美穂さまがサーバーしてあげましょう」
「……行くか。走りたい」
私と圭吾は自転車に乗って河川敷に向かった。
もう夜で、こんな時間から練習する予定だった時点でツッコミ所が満載なんだけど、それが圭吾だ。
河川敷にいくと、運動会の時にものすごく足が速かった一年生庄司くんが待っていた。
「遅い~~!」と言われて笑顔でボールを蹴り始めた。
圭吾は頼りなくなんてない。
ただ、頼るには真っ直ぐすぎて、頼ろうと近づくとこっちが曲がってることに気がついてしまう。
それがまぶしくて直視できなくて、それでもそれだからこそ圭吾だと思う。
ずっとずっと、そうあってほしいと強く思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます