第17話 運動会と、紐の行方

「わあ、唐揚げにハンバーグにエビフライにオムライスだーー!」

「美穂も大きめの弁当箱にしたわよ」

「お腹空きそうだから嬉しい! でも圭吾の弁当……これはもう鈍器だね」

「これでも足りないっていうのよね。入らなかった唐揚げを別パックで持たせようかしら」

「食べちゃうだろうね、全部」


 私は台所に置かれた残りの唐揚げを見て頷いた。

 今日は運動会だ。そしてお弁当が必要になる。

 小学校の時は、お昼にお母さんたちとグラウンドで食べたけど、中学校からは各自教室で食べる。そして見に来た人たちは開放された体育館で食事をする。

 お母さん曰く「中学生になると、来られない親が増えるからじゃない?」と。なるほど~。

 圭吾のお母さんも圭吾が中学生になってからグッと仕事増やしてるし、そういう理由かも。


「おはようございます!」

「圭吾くんおはよう。朝ご飯食べて!」

「いえ、家でパン食べたんで大丈夫です」

「今日は汗かくからお味噌汁飲んで行きなさい。はい、おにぎりと豚汁。団長なんでしょ?」

「うわ……すげー旨そう……じゃあすいません、いただきます」


 体操服を着た圭吾がお弁当を取りに来た。

 圭吾は団長なので、私より集合時間が早い。

 私はまだ部屋着で朝ご飯も食べてない。あ、でも唐揚げを揚げるのは手伝った。

 だって私と圭吾、そして家族の分で、鶏肉七枚分も揚げたのだ。唐揚げ揚げすぎ!

 圭吾はおにぎりと豚汁を美味しそうに食べて、


「……親父、朝に帰ってきたんですけど、大丈夫ですかね」

「私たちが起こしていくわよ。せっかく一時帰国したんだから。美佐子さんは今日も仕事みたいねえ……」

「親父が来るのガチ久しぶりなんで、それだけで嬉しいです。いつもすいません、色々と。ごちそうさまでした。マジでいつも旨くて助かります」

「食べるのはやぁぁ……」


 私がボウルをふたつ洗う間に圭吾はおにぎりと豚汁を完食してしまった。

 そして私の所に食器を下げて水で軽く洗いながら、


「絶対俺たちD帯が勝つからな!」

「優勝はA帯がします~~」

「まあ見てろて!」


 そう言って圭吾はお弁当をカバンに入れて、家を出て行った。

 運動会は1-A,2-A,3-A……と縦割りでチームを組んで、総合得点で戦う。

 私たちはA帯。圭吾たちはD帯だ。基本的に学年内で戦うが、リレーなどは帯で組んで戦う。

 私は運動は苦手じゃないけど好きでもないので、迷惑にならない程度に頑張る所存。

 圭吾はD帯の団長で、D帯のリレー選手で、オオムカデで一番難しい一番後ろで……もう盛りだくさんすぎてすごい。ものすごいレベルで目立ってるし、頑張ってる姿は本当にすごいと思う。

 私も朝ご飯を食べて着替えて学校へ向かった。



「我々源川中学校の生徒は、一丸となって、スポーツマンシップに則り、正々堂々と戦うことを誓います!!」


 圭吾がど真ん中で学ラン、そして真っ赤なハチマキをして青空に向かって叫ぶ。

 同時に左右に立った一年生から三年生までの応援団が叫ぶ。そして吹奏楽部が太鼓を叩いて盛り上げる。

 運動会が始まった。圭吾は中学の三年間でかなり身長が伸びて、この学校で団長をする人が着る制服がつんつるてんで少し笑ってしまう。

 グラウンドはもう焼けて焦げろ! というレベルで日差しが強い。

 二年の時に熱中症で倒れた子が出てから、グラウンドを囲んで座っている生徒の上にテントが出現した。これがまあ役に立つような、立たないような。太陽の位置で日陰が移動するから、良い位置に居ないと、結局焦げる。

 桃はテントを睨んで、


「これは意味があるのかしら」

「桃。うちのクラスは午前中テントの意味ないよ。もうがっつり日焼け止めを塗ろう」

「この暑さなのに外で運動しろっていうのが間違ってるわ」

「午後は日陰になるよ、午前中だけ頑張ろう」


 私と桃は日焼け止めを出して手と足にしっかり塗り直した。

 朝塗ってきたけど、この日差しだと汗をかいてすぐに落ちていくのが感覚で分かる。

 最初は一年生の100m走だ。うちの中学は一年生の100m走だけ、ひとりひとり名前を呼ぶ。

 D帯のど真ん中に圭吾が立っていて、大声で応援しているのが見える。


「一年D組……庄司大介しょうじだいすけくん!」

「はい!!」

「庄司頑張れ、絶対一位だ!!」


 圭吾が大きく旗を振って声を張り上げている。

 私はそれを見ながら「あ……あの子」と思う。その子はこの前唐揚げを山盛り食べた日に河川敷でサッカーをしていたFCカレッソの子だ。身長が小さいけど、走り始めたらメチャクチャ速い! 他の子を全く寄せ付けない速度で走りきって一位でゴールした。FCカレッソの子が活躍してると妙に嬉しくなってしまう、すごい!

 圭吾はゴール近くまで走って行って、ハイタッチしていた。上下学ランを着た状態でこの気温……!

 さすがに危ないんじゃないかと思うけど、圭吾はテントに戻り、タッパーからお母さん特製100年ぬか漬けをチョイと出して食べてから、水分を補給している。

 ぬか漬けは塩分豊富で、あれと一緒に水分補給をはじめてから、圭吾は炎天下に強くなった気がする。

 ぬか漬けすごい……と見ていたら、その圭吾を野球のバットみたいなカメラレンズで圭吾を撮影している人……私のお父さんが見えた。

 何あの巨大レンズ~?! はじめてみたんだけど~?! 私は目を丸くした。

 その横には私のお母さんも、圭吾のお父さんも見えた。良かった……。

 帯団長は三年生しか出来ないし、それをしている時に見て貰えるの、すごく嬉しいんじゃないかな。

 横で桃が口を開く。


「圭吾くんのお父さん。海外出張が多いのにいるのね」

「あっ、そうか。桃の所に圭吾のお父さん出入りしてるんだっけ」

「会社で数回お会いしたことあるわ。丁度その時にくれたアイスティーを持って来たのよ」

「ええっ?!」

 

 桃が「どうぞ?」とコップに出してくれたアイスティーは、ものすごく良い香りがするアップルティーだった。

 濃いめに入れてきて、別に持って来た氷で割ってくれる。一口飲むと、


「……! すっごく美味しい。濃い。すごい!」

「美味しいのよね。これ圭吾くんのお父さんの会社がスリランカで契約してるの。私も気に入ってるわ」

「ていうか、氷別に持ってくるアイデアすご」

「なになに、すごく良い香りがする~~」

「え、私にも一口頂戴?」

「運動会でアイスティー? ていうか、めっちゃ良い匂い~~」


 テントは私たちを全く太陽から守ってくれなくて、背中はびっくりするほど太陽に焼かれてる六月。

 桃は持って来た氷に紅茶をいれてみんなに配った。

 大きな水筒に入っている氷はカチカチに凍っていて、なにより紅茶が美味しくて。

 ホコリっぽくて地面のブルーシートには砂がたくさん入り込んでる空間なのに飲んでる紅茶だけ別次元に美味しくて、そのアンバランスさが最高に面白くてみんなで笑った。



「よっし、桃がんばろー!」

「倒れるのが怖いわ。あれ本当に痛いのよね」

「最後だよ、もうオオムカデで勝たないと4位になっちゃう!」

「せめて長ズボンにしたいわ。どうしてそれを禁止されるのか分からない」


 桃が嘆くと、周りの女子もみんな振り向いて「それな」と言った。

 三年生のオオムカデが始まる。練習で何度も将棋倒しになって、膝を怪我する人が続出している。

 それなのに体操服の長ズボンがNGで、全員半ズボン指定なのだ。意味が分からない。

 転んで怪我をしろということなのかと先生に毎年誰かが訴えてるけど、全然変わらない。

 男女一緒のプールも加藤事件がないと無くならなかったし、大事故にならないと無理なのかも。

 みんなでグチグチ言いながら、それでも練習を重ねた競技だけに、勝ちたいねえ……とスタート位置に座って足首を縛った。

 現時点でB組が一位で、次がD組、そして私たちA組だ。ここで負けると四位に転落。

 別に何かご褒美があるわけじゃないけど、最下位はなんだか悔しい。

 クラス団長の子が「はい、せーの!」と一番後ろで声をかけて、同時に立つ。

 私の横は桃だ。桃と足を縛っていて、肩を組んで一緒に立ち上がる。

 小学校六年生の頃、桃はすごく身長が大きいなあと思っていたけれど、今は私とあまり変わらない。

 というか、私が圭吾と同じタンパク質たっぷりのご飯食べさせられすぎて、身長ニョキニョキ伸びてる気がする。

 もう身長要らない~~。

 そしてピストルが鳴り、競技が始まった。

 同時に一番後ろのクラス団長の子が「はい、右!」と言う。その言葉に会わせてA組全員で右足を前にザッと出して動き始めた。

 とにかく息を合わせて声を出さないと将棋倒しになり、膝を怪我するし、立つのに時間がかかる。

 私は桃と肩を組んで声を出して前に進む。桃はこういうことを「かっこ悪い」と嫌がらず、ちゃんと練習に参加して身長を揃えたほうが良いなど意見も出していた。そういう所も好き。

 私はなんとなくお父さんたちが居る場所を聞いていたので、そっちを向くと、長いレンズを付けたカメラの奥に、桃の運転手、香月さんがお父さんと同じくらい長いレンズを付けてこっちを向いていた。

 私は思わず横の桃に向かって、


「桃、香月さん来てる」

「え? どこに? あ、やだ、なにあのカメラ。気持ち悪いわ」

「あははは、ちょっとまって!! せっかく来てくれてる香月さんに向かって気持ち悪いって」

「だっていつも通りのスーツ姿でカメラ持って、変態みたいじゃない」

「あは、あははは、あはははは!!」


 私はオオムカデをして右、左、と声を出す隙間に爆笑してしまった。

 確かにこの異常に暑いグラウンドで、上下黒スーツを着ている香月さんは異様なほど目立っていた。

 結局一位のB組が焦りすぎて将棋倒しになり、立て直せず四位に。

 追い上げてきたC組が一位になり、D組と我らA組は最後まで競った結果、僅差で勝利して二位でゴールした。

 桃は私と縛った紐をほどきながら、


「転ばなくて良かった。もうそれだけは良かった」

「本当だよ~。でも二位だ! へへ……D組に勝っただけで満足だわ。ふへへ……」


 私はチラリと圭吾を見た。 

 圭吾は運動会で私に勝つと異常に煽ってくるので、こういうクラス行事は負けたくないのだ。圭吾は「くそおおおお!!」とガチで叫んで悔しがっている。くくく……今日の晩ご飯は偉そうに自慢しまくろう。げへへ……。圭吾に運動で自慢出来るのは、最高に気持ちが良い。

 そして最後の競技、学年合同のリレーが始まった。

 私は圭吾に偉そうにする気満々だったのに、なんと圭吾はアンカーで抜いて一位になるというヒーローみたいなことをして、D帯を優勝に導いた。D組の女子がみんな号泣するという感動付き。なにあれ……もう家に帰りたくない……絶対家で延々と言われるじゃない。あーあーあー……と思ったけれど、圭吾のお父さんと私のお父さんが大喜びしてるのを見て、良かったなあ……と思った。



「おお、美穂ちゃん、買い物? 運動会おつかれさま。圭吾、大活躍だったらしいじゃない」

「押味コーチ! おつかれさまです。聞きました? もうすごかったですよ、胸ですよ。胸、胸で飛び込んで一位です」

「おおお~~。圭吾足も速くなったからな~~。いや~~明日うるさいな~~」

「明日ならまだ良いじゃないですか。私今から圭吾が主役のクソ会に強制出席ですよ」

「あははは、そのためのお寿司かあ。大変だねえ」


 運動会が終わって解散になった。

 ヒーローになった圭吾はクラスメイトたちに揉まれて姿見えず。私と桃はのんびり歩いて帰ってきた。

 そして家に帰ったら、もう完全に出来上がってる圭吾のお父さんと私のお父さん、そして私のお母さんも疲れて寝ていた。そしてお母さんは私に10,000円札を握らせて、「ヨシ寿司さんにお願いしてるから、持って来て。もう何もできない……朝からご飯作って、一日太陽に照らされてビール飲んで……もう無理……終了」と寝てしまった。

 ちなみにこれは毎年恒例だ。圭吾のお父さんが一緒にいるのが違うだけ。

 18時にはピザも6枚届くし、ソバもカツ丼も来るはず。

 毎年疲れてこうなるのだ。ただお寿司は初めて! これは圭吾のお祝いなんだろうな~~と思うと、全部にわさびを入れろ! と思ってしまう。私はわさび入りお寿司が大好きだけど、圭吾は食べられない。見たら全部さび抜き。圭吾祝いだなんて~~。横からわさび入れてやろう。だって琴子ちゃんもわさび好きだし。

 くしし……と私は袋を抱えて家に入ることにした。

 

「ういっす、美穂。それ俺の寿司?!」

「くっそ~~~。今からわさび入れるから。私と琴子ちゃんのために買ってきたんだから」

「美穂てめえ……って、なんだよその袋。紐切れたのか?」

「ああ、そう。お寿司屋さんの近くがFCカレッソでしょ。お茶をついでに持っていったら紐が切れちゃった」


 実はどうせ寿司を取りにいくなら、すぐ横にあるFCカレッソに明日のためのお茶を運ぼうと持っていったら、いつも使っているイケアの袋の紐が切れてしまった。

 お寿司をイケアの袋に入れて持って帰ってきたんだけど、袋ごと抱えるみたいな形になってしまった。

 圭吾は自転車のカゴに入れてあった袋の紐の所に、ポケットから出したオオムカデの時の紐を取りだして縛り付けた。私は驚いた。


「これ今日は凄まじい争奪戦だったんじゃないの?」

「秒で逃げた。俺、リレーで逆転できる男だから」

「あ~~もう自慢が始まるんだ~~~?」


 私が眉毛をつりあげると、圭吾は私のほうを真っ直ぐに見て、


「もう捨てないって決めたんだ。だから、ここに使えて良かった。だってこれ、美穂がいつも使うやつだろ」

「使い過ぎて穴があいちゃったよ」

「もうすぐFCカレッソ引退試合あるだろ。その時にこれ持って来てくれ。俺絶対に勝つから。それを美穂に見てほしい。だって美穂がずっと居てくれたから、俺はFCカレッソ続けられたんだ。居なかったら無理だった」


 圭吾はグイと私にそのボロボロの袋を押しつけた。

 このボロ袋は、私が何年もFCカレッソにお茶を運んでる時に使っているものだ。

 FCカレッソは親のヘルプが必須なので、私がいないと大変だったのは間違いない。

 だけどこの袋はあまりにボロボロで、そろそろ穴からペットボトルが落ちそうだ。

 私は、


「いや、でもこの袋はさすがにボロボロだから他の袋にしようと思ってたけど」

「いや使えって!! これで縁起が最高になっただろ!!」

「縁起は良くなった……いや、圭吾オオムカデは負けたじゃん、私に」


 私がそう言うと圭吾はハッ……とした顔になって、


「……そうだった……」

「縁起って言うなら、リレーの時のハチマキのが良くないの?」

「あれ捨てちまった」

「なんでなのよ~~~」


 圭吾がお寿司を持ってくれて、私たちは家に入った。

 お父さんたちはもう起きていて、圭吾を拍手で迎えた。

 まあもう負けたのは仕方ないので、今日はわさびをこっそり入れるのは止めてあげよう。

 ……と思ったら圭吾がお風呂に入ってる間に琴子ちゃんが入れていた。ないす~~!


 

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