第16話 もっと自信持って良い

「ただいまー!」

「なんだよ美穂、おせーじゃねーか!」

「うす、圭吾。おつ~」

「俺より早く学校出たのにどうして俺より帰ってくるのが遅いんだよ!」


 家に帰ってきたら圭吾が台所にいて、唐揚げと大盛りのご飯をもぐもぐ食べていた。私はカバンを置いて手を洗いながら、


「小学校に寄ってきたの」

「なんで?」

「ちょっとやることがあって。清水先生が学童で鬼ごっこしてたから、鬼係手伝ってきた」

「お~~! 清水先生。なんだ俺も今度行こうっと」


 圭吾はそう言って唐揚げを口に投げ込んだ。

 私はカバンを持って二階に上がりながら、適当に誤魔化せたかな……と思う。

 桃と美術準備室で黒いフェルトに血管らしきなにかを縫い付けて、私が四年前に作ったニセモノの金魚のお墓を手で掘り起こして入れてきた。「なんか今までで一番悪いことしてる気分だね……エアなのに……」と言いながら。

 夕方で、薄暗い公園でふたり、穴を掘ってそこに赤い色が絡まるフェルトを入れて、何かを殺して埋めているような背徳感に少しドキドキした。

 そしてモコモコと土を盛って、お墓にしてきた。

 金魚はここに居ないけれど、ここに桃の病気のもやもやした血管を入れてほしい。さようならしてほしいと本気で願って。

 部屋に入ってカバンを置いて制服を脱ぐと、パララ……とどこからか土が落ちてきた。部屋着を掴むと指先に土がまだ入っているのが見えた。ベッドにコロンと転がり、天井を見る。

 ……金魚を流した時、桃はそんな風に思っていたんだ……。

 間違ってた。間違ってたけど、きっとああするしか無かった。

 桃が金魚を持っていた時の冷たい目を思い出す。あの時もきっと心で泣いていたんだと思うと、過去に飛んで行って、大丈夫だよと言ってあげたくなる。

 しらみつぶしに調べると言った桃の目がびっくりするくらい怖かった。

 でも調べるって何を調べてるんだろう。それにかなり前のことだから、調べようがないんじゃないのかな?

 でも加藤先生のこととか、桃は全部知ってて黙ってた。

 色んな所から情報集めるのが得意みたいだから、色々方法があるのだろう。

 そう思いながら私は部屋着を着て一階に下りた。

 すると台所でご飯を作っていたお母さんが私を見て、


「美穂、ちょっとまってね。圭吾くんのお父さんがきてご飯食べられるっていうから、美穂の分出しちゃった」

「あ。これ美穂ちゃんの分だったの?! ごめん、横取りしちゃった」

「圭吾のお父さん!」

「LINEくれてありがとう。圭吾の運動会とリレー、休み期間だから見に行くよ。はいこれ出張のお土産。今回はロシアのお菓子と食材。面白そうなの買ってきたよ」

「わあ! ありがとうございます!」


 一階に下りてくると圭吾のお父さんが唐揚げを食べてビールを飲んでいて、私に出張のお土産をくれた。

 圭吾のお父さんは食品の輸入会社で働いていて、海外の面白い食材をくれるのでお母さんといつも楽しみにしている。

 その横に笑顔の圭吾と、私のお父さんもいた。

 私は机の横に立ち、


「友達とソフトクリーム食べちゃったので、まだお腹空いてないから大丈夫です」

「美穂~~~? ご飯の前に~~~?」

「あーん。お母さんごめんなさい。だって食べたくなっちゃって。でも良かった。陸上の大会はすぐそこの陸上グラウンドだし、運動会は来月だから。良かったね、圭吾」

「まあ俺の鬼速を見せてやるってもんよ」


 圭吾はそう言って嬉しそうに唐揚げを食べた。

 お節介かなーと思いながらLINEを送ったけど、来てくれるなら良かった。

 お母さんも飲みながら唐揚げを揚げてるし、こうなると私の分のご飯はかなり遅くなりそうだ。

 まだご飯が出てこないなら、先にお風呂入ろうかな。

 きっと私の分と、琴子ちゃんの分が一緒にでてくるから、琴子ちゃんの家で食べよう~と洗面場に向かうと、リビングにいた圭吾が私のことを呼んだ。

 呼ばれて台所横のリビングに行くと、圭吾は手に何か服を持っていた。


「美穂、助けてくれ」

「まさかこれ……運動会のTシャツだって言う?」

「言う」

「このモシャモシャの糸が絡んでる、モジャ玉を?」

「マジで無理だ。どうやっても毎年こうなる、裏技教えてくれ!!」

「刺繍に裏技なんてないのよ! どうして途中でこんなグチャグチャになるのよ」


 もお~~~と言いながら私は糸をほどいた。圭吾みたいに刺繍が苦手な人のためにフェルトが認められてるんだから、フェルトを切り抜いて、それをボンドでくっつけて、評価貰える程度に縫えばいいのに。私がそう伝えると「おお~~~」と圭吾は目を光らせた。

 圭吾のクラスのカラーは紫……、

「花は難しいから星でいいよ、星形で。それなら出来るでしょ」

「確かにそれなら出来る。美穂紫のフェルト持って無いの?」

「あるある。これを適当に切って貼りなよ。あ、ボンドもある。んで授業の時に刺繍すればオッケーだよ」

「助かったー……。マジで無理だこれ。毎年すまん」

「そういえば去年も毛玉作ってたね」

「刺繍はマジで無理だ、糸をどこから出してるのか秒で忘れる」


 圭吾は真面目だから、適当に縫い付けて終わり……とかではなく、自分なりに一度はやってみるんだけど、毎回毛玉をくっ付けた状態になっていて、笑ってしまう。

 私が糸をほどいてる横で、圭吾はせっせと紫のフェルトを切っている。

 圭吾は「どうだ!」とフェルトを切り抜いてボンドを付けながら、


「……親父にLINEしてくれて、サンキュー」


 それを聞いて、これが言いたかったんだな……と思う。圭吾は夏の合宿の時もそうだったけど、言いたいことをみんなの前では言わず、私の前だけでぽつりと言う。

 私は糸を片付けながら、


「自分で誘えばいいじゃない。お母さんが来ないなら、お父さんでもいいからさあ、来てほしいなら」

「……母さんを何度も誘ったけど、毎回『分かった!』だけで来ないからさ。母ちゃん、この前営業の本部長になったみたいで、めちゃくちゃ忙しいんだよ。なんか忙しいのに声かけて、それが負担になってたら悪いなって……仕事も応援してるから」


 営業本部長! それはすごいなあ。でも負担になったら悪いって……。

 圭吾は本当に優しすぎて、もう……。

 私は圭吾の方を見て、


「それはお母さんの気持ちだから、圭吾が考えなくていいよ。誘うこと以外出来ないんだから、圭吾が見てほしいなら、それをバリバリ言うのは全然変じゃない! それこそ圭吾がすること!!」


 圭吾が誘ってないのかな、余計なことしたかなと思っていたけど、圭吾がクソ真面目で、あげく優しすぎてあっちの心のほうを考えて、自分の心を勝手に折るのを忘れていた。

 圭吾は表はすっごく強気なのに、真ん中がふにゃふにゃで、怖がりすぎる。

 圭吾はボンドでペタペタとフェルトを貼り付けながら、


「……別にさー、美穂と、美穂の母ちゃんと、父ちゃんが、こんなに俺のこと応援してくれてんのになー、なんだろうな。いや、本当にそれだけで全然嬉しいんだけど」

「バカじゃん。応援なんて多いほうが良いに決まってるじゃない。だって頑張ってるのに」

 私が言い切ると圭吾は私のほうを見て、

「……だよなあ。俺頑張ってるよなあ」

「マジで偉い。リレーの練習見てたよ。一年生何人か入部してくれそうなの?」

「ああ、新しい顧問も決まったし、サッカー部は無理だけど、陸上部だけでも残ってほしくて。FCカレッソの奴らみんな足速いし」

「みんな圭吾がいるから来たんだよ。圭吾は圭吾が出来ること、ちゃんとしてる。そういうの見てほしいと思うの変じゃないよ」


 圭吾は表で見せるほど強くなくて、でもすごく気をつかえて。

 そんな所をいつもすごいなあと思ってる。圭吾は嬉しそうに、


「そうだよな、見てほしいって、思ってる」

「当たり前じゃん。って、ねえ……圭吾。これボンド付けすぎだよ」

「げ。なにこれ、どうしたら良いんだ?」

「服として成立しないよ」

 

 話ながらフェルトにボンドを付けすぎて、服の裏側まで浸透していた。

 私はあまっていた段ボールをTシャツの間に挟んだ。そしてふと思い出して、


「ムカデの紐は? あれも名前刺繍が必要でしょう?」

「ああああ~~~~。ちょっとまて、カバンの底に入ってる」

「持って来なよ。簡易な線だけ引いてあげる。ケーゴでカタカナで良いよ」

「助かる!!」


 オオムカデで走る時に足を結ぶ紐にも自分の名前を刺繍しないといけないのだ。

 この紐はわりと細くて面倒で、圭吾は毎回当日の朝に「やってなかった」と言い出す。陸上の大会もあるなら、今のうちにやっちゃおう。

 我ながら圭吾の面倒を見すぎかもなあ……と思う。でもFCカレッソだけで練習や試合含めてメチャクチャ忙しいのに、学校では短期間だけでも陸上部に所属してリレーに出る……しかも渡されているTシャツは黒だけど、後ろが赤色のものだ。これはクラス全体を引っ張るリーダーが着るもので……つまり圭吾はD組の団長でもあるんだ。忙しすぎるし、頑張りすぎてる。出来ることは早く終わらせてしまおう。

 紐を持って圭吾がリビングにきた。

 

「あった!」

「おっけー。ここに名前……もう直線縫いだけで出来るようにしよう」


 私はチャコペンで線を引く。そして横で教えはじめる。まず玉が作れない時点で終わりすぎているけど。

 この紐は、運動会が終わったら告白のイベントに使われる。女の子が紐を、自分のと好きな男の子のと交換する……というものだ。いつから始まったのか知らないけれど、私が中学に入った時には伝統としてあった。

 好きな子と交換したら恋人になれるというものだ。圭吾は二年連続で女の子に申し込まれて、面倒になってゴミ箱に捨てていた。私は教えながら、これも捨てられる定め……と思う。でも正直それが一番丸い。


「ねーえ~~~、私も唐揚げ食べたいよおおお~~」

「琴子ちゃん、ごめん。圭吾が毎年恒例のTシャツ作ってて」


 Tシャツと紐を作っていたら、もう帰ってきたらしい琴子ちゃんが家にきた。

 どうやらお父さんが唐揚げを食べていると知って駆け付けてきたようだ。

 そして圭吾が作ったTシャツを見て、


「……毎年ながら下手すぎない? 小学生でももうちょっと何とかするでしょ」

「うっせぇ琴子! 黙れクソが!!」

「ちょっとまって、なにこの紫のゴミがくっ付いてるの、ざっこぉぉぉぉぉぉ」

「うっせええええええ」

「あーーもう、琴子ちゃん、唐揚げ食べよう!!」

「なにこれ意味わかんない。これ何なの? 紫のゴミ? これ裏が赤?! 団長のTシャツじゃん、え~~? 圭吾が団長~~? はい敗北決定~~」


 琴子ちゃんは圭吾が貼り付けたTシャツを見ながらディスりまくった。

 ふたりは私を通してだと仲が良いのに、ふたりだと常にケンカしてて、一人っ子の私としては少し羨ましい。そして私も琴子ちゃんとお腹いっぱい唐揚げを食べた。

 どうせお父さんたちは夜遅くまでサッカー見ながら騒ぐから圭吾の家で琴子ちゃんとライブみよう~と外に出たら、圭吾に自転車に乗せられて河川敷に連れてこられてしまった。

 もうなんで……と思うけど、運動会の練習でサッカーが出来て無いのが不満らしい。

 河川敷には今年FCカレッソから源川中学に入ったという一年生の子が待っていて、一緒に走り回っていた。

 食べて走って食べてサッカーして……どれだけ無限の体力なのよ……と思いつつ、圭吾が奢ってくれたパルムは美味しくて、こんな夜も悪く無いな……と思った。

 

 

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