第14話 徒歩1分のお家交換
「お邪魔します」
「美穂ちゃん、こんばんは! ゆっくりして行ってね」
そう言って圭吾のお母さんは髪の毛をキュッとまとめた。
夏休みが終わり、秋が深まってきたある日。私は圭吾の家にお泊まりにきた。
海外サッカーは夏の終わりから冬までがシーズンだ。今日は注目の試合があるらしく、お父さんと圭吾がウチで朝の4時からサッカーをみる。
海外のサッカーは生配信だと変な時間にやる。まあ海外だから当然なんだけど。
別にリアルタイムじゃなくて良く無い? だってお父さんはサッカーの戦術が好きなだけじゃんと言ったら、お父さんと圭吾にすごい勢いで「違う違う」と言われた。
VTuberのリアタイライブみたいな? まあ面白いけど、別にミュートワードして、あとで見ても同じじゃんと思ったけど、違うらしい。
朝四時からのサッカーを見るとき、圭吾とお父さんは17時に晩ご飯を食べて、ふたりとも19時に寝てしまう。そして4時に起き出して試合を見て朝の6時すぎまで大騒ぎ。そのまま仕事と学校に行くんだから、もう本当にサッカーバカ。
なのでユーロみたいに、夜というか朝方に試合がある時、私は圭吾の家にお泊まりしにいくのだ。
徒歩1分のお家交換。夜中にギャーギャーうるさくてもう無理! ちなみにお母さんは「全く声が聞こえない」らしい。
うそでしょ? すっごくすっごくうるさいのに。
圭吾のお母さんは大きなカバンを持ち、
「さて頑張ってきますか」
「今日も出張ですか?」
「そうなの。配達に良さそうなEV車の試乗会が大阪であってね、見てくるわ」
「大変ですね」
圭吾のお母さんは三喜屋の営業部で働いていて、ものすごく忙しい。
お父さんは海外食品の輸入業をしていて、年の半分は仕入れに走り回っている。
ふたりとも高給取りで、我が家には食費と経費ががっつり振り込まれているらしい。世に言う役割分担だ。圭吾のお母さんは「そういえば」と私のほうを見て、
「美穂ちゃん、三喜屋御殿に入ったって聞いたけど、どんな所だった?」
「見た目通り大きな洋館でした。湖が一望できてすごいですよ」
「私長く三喜屋で働いてるけど、あの家に入ったことないから。一家の皆さんもいるの?」
「居たり居なかったりするみたいです。玄関のステンドグラスがすごかったです!」
私は曖昧に答える。
実はあのあと、私が三喜屋御殿に入ったと学校でざわつかれたし、先生にも聞かれたし、家でお母さんもお父さんも驚いていた。
仕事でも偉い人しか入れない所みたいで、そう聞くとあまり中のことを話さないほうが良いのかな……と思った。
私はサンルームのステンドグラスはめちゃくちゃキレイで、出してもらった正門の超巨大な門は近づいたらグモモモモと動いたことを面白おかしく話した。
圭吾のお母さんは笑って話を聞きながら、玄関で散らばっていた圭吾の靴を揃えて、
「もう相変わらず履き捨てるんだから。美穂ちゃん、本当に圭吾ずっと仲良くしてくれてありがとうね。このままずっと素敵な関係でいてほしい」
「いえ、そんな、こちらこそよろしくお願いします」
「幼馴染みって憧れるわ。すてき。大切にしてね」
そう言って立ち上がり、玄関から出て行った。
圭吾のお母さんはここら辺で育ち、高校を出てからずっと三喜屋で働いてると聞いた。でも御殿に入ったことないなんて意外だなと思うけど、よく考えたら働いている会社の社長の家なんて行かないか。
台所に入ると二階から圭吾のお姉さん……琴子ちゃんが下りて来た。
「ジェネリック清水屋きたぁぁぁぁ!」
「琴子ちゃん、これ本当だから。ガチで清水屋にそっくりだから」
「いいなあ。その言葉リアル清水屋食べてないと言えない言葉!」
「まあへえすいません、最高でしたげへへ」
「まあ苦しゅうない、上がりたまえ」
私はお母さんが作ったジェネリック清水屋を持って圭吾の家に入った。
ユーロのために家がバタバタするのはイヤだけど、こうして琴子ちゃんと騒げるのは楽しい!
「じゃあまず、酸素風呂にどうぞ~」
「わあああ!! すごい、なんかボコボコしてる!」
「これすっごくお肌つやつやになるから! お風呂出たら配信見ながらクリームぬりぬりタイムしよっ!」
「あ~~、楽しみっ! 入ってきますっ!」
私は着てきたパジャマを脱いでお風呂に入った。
もう徒歩1分で騒いで寝るだけとなると、パジャマを着た状態で家から出てくる。
誰に見られるわけでもなく、前の列の三軒隣の家にいくだけだ。
琴子ちゃんが準備してくれたお風呂は、最近流行の酸素風呂で、ず~~っとボコボコ泡が上がって来て、すごく気持ちが良い~。
シャンプーもボディーソープも琴子ちゃんチョイスのネットで見たことあるやつ!
うちはお母さんが料理をお仕事にしてるからか、鼻がすごく良くて匂いがキツいものが苦手みたい。
だからシンプルなものが多い。シャンプーとか匂いある? みたいなので、たまに我慢できなくなると自分だけのシャンプーを買って使うけど、シャンプーも安くない。セットで買ったら1500円くらいする。それなら推しの缶バッチ3つ買えるし~~。
私と琴子ちゃんは同じ事務所のVTuberが好きで、ゲーム配信者も好き。
コラボも多いので、ふたりでいつもオタク話をしている。
「うおおおお美穂っち、コラボきたああああ!!」
「琴子ちゃんちょっとまって、これビジュやばい、ビジュだけで昇天!!」
「くううこれアクスタほしいねえ~でも送料がさあ~もうそろそろ事務所が私の家の横に来いって感じするわ。そしたら取りにいくのに」
「琴子ちゃん、私と一緒に買ったら送料実質無料だよ」
「無料じゃないじゃん!! うえーん、お誕生日セット買える財力がほしいよ~」
「心は全力応援してるのにぃ~~~。とりあえず琴子ちゃん、一緒に踊ろ?!」
「美穂っち、ちょっとまって、サイリウムの電池だけ落ちたよ!! ちょっと転がっていく!! うわ、床汚っ! あ、探してた顔ゴムあった」
リビングの大きなテレビに配信つけて、お母さんに持たされたご飯を食べながら、顔にはパックを貼り付けて、頭はトリートメントを付けてタオルを巻いている。
ふたりともパジャマ姿で、部屋を暗くして、もう超楽しい!
最近見た配信の内容とか、次に歌いそうな曲勝手に妄想したり、新ビジュ見て騒いでるだけで三時間くらい余裕で消えてしまう。
最後はふたりでカラオケして疲れ果てた頃、琴子ちゃんの部屋に入った。
圭吾の家には私専用のお布団があって(ちなみに私の家にも圭吾用の布団がある)それを琴子ちゃんの部屋に引いている。琴子ちゃんの部屋はメイク道具とかウイッグとかVTuberのグッズとかたくさんあって、もう私にしたら天国。
お布団入ってからもYouTube流したまま、あの曲が良かったとか、あのグッズ数秒で売り切れた話をして、たまに起きて顔に美容液塗ったりしていた。
ああ、楽しすぎる。
琴子ちゃんは私の髪の毛にアイロンをかけながら、
「ジェネリック清水屋、マジで最高だった。やっぱ三喜屋御殿は違うわ。しかも予約しないで出てきたんでしょ?!」
「そう。行ったら出てきたの。もうすごく美味しかった」
私はあの家がどう楽しかったか、また話して聞かせた。
琴子ちゃんは私の髪の毛にオイルを塗りながら、
「やっぱ三喜屋パワーすごいなあ。もっと仲良くして私も旨味を……と言いたい所だけど、桃ちゃんなあ……。圭吾が苦手みたいで覚えてるわ。『マジで無理だから、家でふたりで作業させないでくれ』ってガチ切れして」
「あ、ひょっとして一学期の話です?」
ふたりが家から出てきた騒ぎのことだとすぐに分かった。
琴子ちゃんは私の髪の毛にオイルを揉み込みながら、
「そうそう。イベントで配るお菓子をお母さんがお菓子持って来て。私も袋詰め手伝う予定だったんだけど、学校でやることあって帰れなくて! そしたらお母さんも会社でトラブって作業途中で呼び出されちゃって、結局桃ちゃんと圭吾のふたり作業になったんだよね」
「なるほど、そういう流れだったんですね」
「最初から『島崎苦手なんだけど』って言ってて、じゃあ美穂ちゃん呼ぶ? って聞いたら、三人揃うのはもっとイヤだって言うから」
「あー……私と桃と圭吾の三人は……今も昔も無理かもしれないです……」
「え~~? そういうの上手な美穂ちゃんにも無理なことあるんだ」
琴子ちゃんは笑いながら私の髪の毛に仕上げにつや出しスプレーをした。
すると私の髪の毛はもうツヤツヤのまるまるになって、キラキラと光っていた。
「琴子ちゃんすごい!」
「でしょー?! 新しいアイロン使ってみたかったの! 最高に可愛い~~! これで明日は朝からサラサラだ~!」
「学校いくだけなのに~~」
「何言ってるの、髪の毛サラサラな女子ほどポイント高いの無いよっ!」
「なるほどお~~」
私と琴子ちゃんは布団に潜り込んだ。
小学校低学年の時は、私のお母さんとお父さんが圭吾のサッカーに夢中で、なんだかお父さんとお母さんを取られてしまったような感覚があったけど、琴子ちゃんといるとお姉さんがいるみたいで本当に楽しい。
うとうとしはじめた窓の横、ポツンと雨粒が落ちた音が聞こえた。
明日雨なら学校まで歩いて行くのめんどくさい……それにもう寒くなってきたなあ……と思いながら私は目を閉じた。
「のひゃー。雨降ってる。じゃあ琴子ちゃん、また来週」
「傘勝手に使ってー。んじゃ来週~」
私はビニール袋にあれこれ詰め込んで圭吾の家の玄関でスリッパを履いた。
今日は普通に学校の日で、七時には家を出ないといけないので一度家に帰る。
雨がけっこう降ってるけど、徒歩一分だし……と家を飛び出したら、圭吾が目の前から走ってきた。
そして私の姿を見て叫ぶ。
「美穂、なんだその格好!」
「えー、もういいよ、すぐそこだし、家」
「ダメだ、ちょっとこれ羽織れ!」
「むしろ滞在時間長くなるしい、なんなのよお~~」
傘をさしていた圭吾は私に着ていた上着をぐいぐいかぶせて、傘を押しつけて家に帰っていった。
上着と傘借りてる時間のが長くかかったんですが? と思ったけど、パジャマだし、ちょっと下着感がつよいか。
でも徒歩一分だよ~? と思ったら、私の家の前のゴミ収集場に近所の人が世間話していた。
……うん、上着をありがとう、圭吾。
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