第12話 桃の家へ
「こっちから入れるの」
「ええ……はじめてきたのに裏口から入っていいのかな。お家の人にお邪魔しますって言ってから入ったほうが良く無い?」
「正面口は入るために中から開けて貰わなきゃいけなくて面倒だから良いの」
そう言って桃は私を湖畔側にある小さな入り口に呼んだ。
桃の家の正面には、大きなトゲトゲとした門があって、車が近づくとガーーと開くので有名だ。
まるでお城のような御殿の前の部分? にガラスの空間があり、偉い人が集まる時は、そこでパーティーをするのだと風の噂で聞いた。
全部風の噂だから、今日お邪魔したら、開く門とかガラス空間とか見れるかなってちょっと思ったのに……と桃に言ったら、桃はカバンを抱えた状態でケラケラと、本当に愉快でたまらないといった表情で笑い、
「じゃあ帰りはサンルームを通って、あの門を開けさせましょう。あっち側は私もあまりいかないのよ。仕事の人が使ってるだけだから」
「えー。じゃあ邪魔しちゃ駄目かあ」
「いいのよ。中から出るのは簡単なの。外から入るのが面倒なだけ」
そう言って桃は裏口から入った。
そこはどうやら倉庫のようなところで、段ボールや紙ゴミ、届いた宅急便や、ペットボトルの箱などが積まれていた。そこを抜けると台所に繋がった。
「うわああ……すごい。広い、わあああ……。こんなに広かったらお母さん喜ぶなあ」
「美穂のお母さん、料理がお仕事なんだっけ」
「そう。栄養士。今は給食室で働いてるんだけど、広い台所は大好きだよ。私も好きだもん。わああ……ガスのオーブンが三つもある。うちは圭吾の家のご飯もよく作るんだけど、グラタンを8個作ったりするの。その時は小さなオーブンフル活用で大変なんだよ。えーー。すごい、パン専用のトースターだ。これチンッてパンが飛んでくるやつ?」
私が広すぎる台所をウロウロしながらペラペラ話している姿を、桃は笑いながら見ていた。
そして置いてあったパンをチンと温めてくれた。
思ったよりパンは飛び出してこなくて「あれ……」という表情をしたのが、また桃のツボに入ったらしく、本当にケラケラと楽しそうに笑った。
そして生クリームなのかなってくらい美味しいバターをたっぷり塗ってくれたパンはふわふわで、食べている場所は台所の銀色の作業テーブルなのに、世界で一番豪華なパンを食べている気持ちになった。
「あら。桃、お腹がすいたの? あら、そちらは……?」
台所でパンを食べていたら、入ってきたのは年配のご婦人だった。
桃は丸椅子から降りて、
「ただいま。美穂この方、長くうちで働いてくださってる
私は食べていたパンをモグモグ飲み込んで、
「はじめまして、桃の友達の、久米美穂です、よろしくお願いします!」
「あら、桃ちゃんのお友達なんてはじめて。まあまあ。すごく嬉しいわ、はじめまして」
「何か好きなものはある? 清水屋のロールケーキを届けさせようか?」
「清水屋! あの伝説の?!」
私は思わず叫んでしまった。
ここら辺りで一番有名で、予約なしでは絶対に買えないケーキ店……それが清水屋だ。
お母さんに「予約してよお」と言ったのに「マネて作った。はい食べてみて?」と言われるだけ。
清水屋のを食べたことがないのに、マネて作ったケーキが似てるかどうか、わかるはずがない。
昌代さんは柔らかく微笑み、
「美穂ちゃんが食べたいって」
「じゃあ持って来て。もお、すぐに食べ物で釣る」
「だって美味しいものね、清水屋さんのロールケーキ」
昌代さんは嬉しそうに、さっき私たちが入ってきた勝手口から出て行った。
わああ、清水屋のロールケーキが食べられるなんてラッキー!
桃は「あ」と言って足元を見て、
「さすがに汚いわ。靴を持って入りましょう」
「ていうか、素足もすごいよ。これで部屋に入って大丈夫? さすがに泥がヤバくない?」
「部屋にお風呂があるから、そこで洗いましょう」
「ええ~~~?! 部屋にお風呂があるの、すごく良いなあ」
私と桃はすさまじく汚くなった革靴を脱ぎ、まるで泥棒みたいに裸足で建物の中に入った。
建物の中は少し暗い洋館で、廊下が長くて先が見えない。ホーンテッドマンションだああ~~!
絨毯は赤くてフカフカしてて、生の足で触れると気持ちが良い。
私は足の指先だけでそこに触れながら全力で走った。
前を走る桃は「やだ、こんなに家で走ったことない」とケラケラ笑った。
「ここ」と言われて入った部屋は、うちの一階分ぜんぶみたいな広さだった。
入り口に専用の靴置き場があって、そこに置いてある椅子がピンクで可愛い。
姿見がすっごく大きくて桃とふたりで並んでも余裕で見られる。
荷物を置く場所もあって、上着をかける専用のスペースもある。
部屋に入ると大きなソファーに、部屋の真ん中にベッド!
そして窓から湖畔がキレイに見えて……、
「うわあああ、桃の部屋すごい。桃の部屋、ホテルみたい!」
「お風呂は、こっち。足を洗いましょう」
「うおおおおうほほほほ!」
「なんなのそれ」
桃は呆れてるけど、あまりに素敵な部屋でお風呂も付いてるなんて、もう興奮が止まらない。
桃に促されてお風呂に入ると、そこには窓が付いていて、湖が見えた。
「わああ……湖が見えるお風呂とか、すごいー。すごいけど覗かれない?」
「湖の向こうから? かなりの頑張り屋さんね」
「そっかあ」
「スカート濡れちゃうからこれどうぞ」
「わあ、可愛いショーパン。借りてよい?」
「私のパジャマだけど」
私はスカートを脱いで桃のショーパンを借りて履いた。
桃に連れられてお風呂に入り、少し高い椅子に座った。
桃もショーパンに履き替えていて、シャワーを出して、ゆっくりと足にお湯をかけてくれた。
真っ黒な水がどろどろ流れてきて笑ってしまう。持って来た靴下もシャワー室に入れてお湯をかけたら信じられないほど真っ黒なお湯がドロドロ出てきて、ふたりでタンタンと踏み洗いした。
踏んでも踏んでも黒い汁が出てきて、桃と「もう飽きたー」と言いながら靴下を踏んだ。
桃は、桃の匂いがするボディーソープを泡立てて、私の足を丁寧に洗ってくれた。
足を洗うのに使うなんてもったいないくらい良い香りで、入れ物も見たことないみたいな高そうな商品で、でもうっとりするくらい甘くて、でも抜ける青空みたいに華やかな香りで。
桃は指先まで私の足をキレイに洗ってくれた。
お礼に私も桃を座らせて、足を洗うことにした。
桃の足はムダ毛が全然なくて、すごくキレイ。それに細い。
私はなんだかんだ言って圭吾のサッカーに付き合ってボールを蹴っていたら、虫に喰われるわ、草で切るわ、日に焼けるし、あげく筋肉が結構ついてきてしまった。
もうこんなの大誤算。
桃の足は細くて長くて肌もむきたてのゆで卵みたいにツヤツヤしている。
たくさん泡だてて、桃の足を洗っていると、ふと何かが脳内に浮かんでくる。あれだ。
「すごくきれいな大根洗ってるみたい」
「……褒めてる?」
「最上級に!」
「すごく気持ち良い。もっと洗って?」
「おっけー!」
桃は「もっと洗って」というわりには、私が足の指の間に泡を入れてこしこしすると、くすぐったそうに体をねじって、それでも足の裏を洗っていると力が抜けて、うっとりと私を見た。
反応が楽しくて膝の裏とか、くすぐったくて逃げそうな所を洗ったけど「もっと!」と泡がついた足をばたばたさせて喜んだ。
私も桃を太ももから下、足先までピカピカで、桃の香りをさせて、大きなソファーに転がった。
暑くも寒くも無い、それにさっきまであった湿度も全然感じない、びっくりするほど快適な部屋で、ひやりと表面が冷たいソファーの上、ふたりでコロコロ転がった。
私も桃も、上は制服のセーラー服のままなのに、下だけショーパンで、やっぱり上は汗をかいていてしっとりしてるのに、足だけサラサラで、それが気持ち良くて。
桃の足に私の足を絡ませると、桃はもう絶対に逃がさないみたいに強く、がんじがらめにするみたいに私の足を挟んで、爆笑してしまった。
肌がおろしたてで、誰も使ってないシーツみたいで、触れているのが気持ちが良い。
眠りそうになるけど……清水屋のロールケーキも食べたいし、靴もきれいにしなきゃ……。
ゴロゴロしていると部屋のドアがノックされた。
桃は転がったまま、
「昌代さん? ロールケーキなら入り口に置いておいて」
「桃ちゃん? 私、ニコ。あの、美穂ちゃんが来てるって聞いたんだけど」
「……ニコさん? どうして美穂のことを知ってるの? ていうか、今日来てたんですね」
桃は私の横でトロトロになった表情で転がっていたけど、身体を起こした。
「
「……おばあちゃんは貴女たちの顔みたほうが体調悪くなると思うけどねー……」
「なに? 入っても良い? あのね、
「あーーー!」
私はそれを聞いて叫んで座った。
私の顔を見て、桃は「ああ、そうだったわね、千颯の頭に水をかけたんだったわね」と口元に手を持っていってクスクス楽しそうに笑った。
桃は上がセーラー服、下がショートパンツ、そして生足という変な服装でニコさんを部屋に招き入れた。
ニコさんは聞いていた通り、フランス人ということもあり、ベージュの髪の毛がすごくキレイー!
それに肌も真っ白! 瞳は茶色くてまつげが長い! 年齢も私のお母さんより若く見えるけど、外国の方の年齢は正直全然分からない。でも髪の毛が色が千颯さんと全く同じで「親子なんだなあ」と思う。
興奮する私を尻目に、桃の表情は私とトロトロしていた時とは全く違う、見たこと無い厳しい表情になっていた。
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