第11話 登校日のあと、桃と一緒に
「あー、終わったあ。登校日ってどうして必要なのか、よく分からないよね」
「あと一週間で夏休みが終わるから、早起きしろってことよ、きっと」
「なるほどー。私なんてFCカレッソの練習に顔出してるから、毎日早起きしてるよー」
「でも宿題を学校に忘れてたのよね?」
「そうだよお、だから今日あって良かった!」
私はリュックを背負った。
今日は中学校の夏休みの登校日だった。
あと一週間で学校がはじまるタイミングで毎年あるんだけど、なんで夏休み中に学校に来なきゃいけないの……と思ってたけど、圭吾が読書感想文を書く紙を無くして先生から貰っていて笑ってしまった。
こういうバカのために登校日があるんだ~と思ったら、机の中から真っ白のドリルが出てきて叫んでしまった。
なんと私は学校に宿題を忘れて夏休みをはじめていたのだ。
算数ドリルが一冊まるまる、真っ白!
叫んだら圭吾が寄ってきてバカ笑いしてた。毎年宿題手伝ってたけど、今年は絶対手伝わない!
学校を出ると、少し離れた場所に黒い車が停まっていた。
桃は基本的に車で登下校していて、学校の前で「じゃあまたね」としていた。
桃曰く、今まで一緒に帰る友達という存在が居なかったから普通に乗っていたけれど、私がいるなら一緒に歩きたいと言ってくれた。
なんといっても今日ははじめて桃の家にお邪魔してネイルをしてもらうのだ。楽しみ!
桃は車の横に立っていた男性に向かって、
「
「歩いて帰る……? 結構な距離があるから、一緒に乗ればいいのに」
「スマホの電源も入れたし、心配なら位置情報見てれば良いでしょう」
「でも……」
「大丈夫よ、私、中学二年生よ。前から思ってたけどさすがに過保護よ。問題が起きたら連絡くらいできるわ。自分のことは自分が一番分かってる。平気だから」
「……しかし……」
そう言って香月と呼ばれた男性は戸惑っていたが「美穂もいるから大丈夫」と桃は車を置いて歩き始めた。
わざわざ来てくれてるのに置いていくのがちょっとだけ申し訳なくて、私は香月さんに向かって頭を下げた。
香月さんは身長が高くて身体も大きくて、スーツを着てるから、
「ハンターみたい」
「なにそれ?」
「知らない? 身長高くて足が速い人が追いかけてくるテレビ番組」
「テレビが部屋に無いから分からないわ。さ、帰りましょう」
そう言って桃はふわりと微笑んで、私に向かって手を差し出した。
私はその手をキュッと握って、ぶんぶん振り回しながら歩き始める。
学校にネイルをしてこられないから、私も桃も爪が裸で、それがなんだか新鮮だ。
桃は私がFCカレッソの合宿所にいる間、毎日きて、私の爪を可愛くしてくれた。
桃はすっごくネイルが上手で、私の爪はピンクと紫の綺麗なグラデーションになり、描いてくれたのは月のネイルアートで。私はそれを気に入って毎日見ていた。
それなのに今日学校だったから泣く泣く落としたのだ。
でも今日ネイルしてもらって、これから一週間また楽しめる。
私は桃を見て、
「今日もピンク色にする? 他にはどんなネイルアートが描けるの?」
「私結構得意なのよ。家にネイルチップもあるからそれ見て考えましょう」
「桃すごい、楽しみだよー」
桃が絵を描けるのは知ってたけど、どうやらネイルアートのほうが好きなようで家でチップを作っているのだと笑った。
爪が可愛いとテンション上がるから最高に好き。
ふたりで歩いていると湖から心地良い風が吹いてくる。
香月さんは「家が遠い」と行っていたけれど、実は結構近い。
学校から出ると目の前に用水路があり、いつも澄んだ水が流れている。
それはすぐ近くにある湖から流れてきていて、その横にある大きな屋敷が桃の家だ。
湖がかなり大きいので車だと外周を走らなきゃいけないけど、湖にある小さな島と島を結んでいる橋を歩いていったら、車で帰るより近いはず。
私の家は湖横にある田んぼの道を延々歩いた先にある住宅街だ。
横を歩いていた桃は前を向いたまま口を開いた。
「香月が付いてきてるわね」
「えっ、嘘。どこに?」
「後ろ。さっきミラーに映って見えたわ。大丈夫だと言ってるのに信じてもらえないとムカつくわね」
「付いてくるとか、ちょっとすごいね。でもなんでそんなに心配するんだろ」
「母のことがあったからね。私は大丈夫なのに。腹が立つから逃げましょう。そうね……じゃあ振り向かずに……橋の横から湿原の小道に行きましょう」
「え? 撒くの?! 熱い~。たしかに小道から桃の家、行けるかも!」
私はワクワクしてリュックを前に回して抱っこした。
桃は橋の横にある藪の中の小道にスッと移動した。私も追って藪に入る。
ここは橋の左右に結構深めの藪があって、雑草なのか、よくわからない、めちゃくちゃミョーンと長い草がたくさん生えている。この湖の中にも同じ草が生えているから水草の一種なのかもしれない。
足元もグジュグジュしていて、油断してると足が沈む。
小学校低学年の時は圭吾とよくここでかくれんぼしていたけれど中学生になってから入るのははじめてだ。
革靴にじゅわじゅわと水が染みてきて、目の前には大きな蜘蛛の巣があって、キャーキャー言いながら走った。
逃げているのに声をあげたら意味がなくて、なんとなく後ろを香月さんが追ってきてる音がする。
私は前を走る桃に、
「ちょっと前変わって!」
といって前に出て、小道から木を目印に、更に奥に入った。そこはかなり水が多いゾーンなんだけど、すぐ横に大きな木があって、根っこがウネウネと水面に出ている。
それをまるで飛び石のように踏みつけてピョンピョンとジャンプして前に進む。
「ほい! 桃付いて来て!」
「きゃっ、ちょっとまって、怖い、こんな所あったのね!」
「そう、これ忍者みたいで楽しいの!」
木の根っこの上を飛んでいると、桃がケラケラと笑い出した。
「あははは! やだすごい、楽しくなってきちゃった」
「桃、声出したら香月さんにバレちゃうよ!」
「だってこんな木の根っこを……あ、道が、道がないわ」
「はい、私の手を握って、最後にジャーンプ」
「んっ! ……出来たわ」
「でしょう? ここがゴール!」
木の根っこを越えると、大きな石があり、そこに着地できる。
そして斜面を登ると、そこに木造の小さな物置小屋が出てくる。
ここは圭吾とかくれんぼしていた時に見つけた秘密の建物だ。
たぶん生物とかを観察する時に使う場所なのだろう……と今なら分かる。
授業で習った言葉を使うなら、高床式? 柱があってそこから少し浮いた所にある簡易な空間だ。
すぐ裏には見たことないキノコがもこもこ生えていて、昔は圭吾とちぎって投げてよく遊んだ。
中にはよく分からないすごく長い定規みたいなのが無限に置いてあって、前も後ろもオープンな空間だ。
床に座ると、湿原に向けて足をプラプラできて、しかも風が抜けて気持ちが良いのだ。
桃はお団子をほどいて首を軽くふって、
「……香月から逃げられたみたいね」
「本当にハンターゲームみたいで楽しかったー! 木の根っこを伝って走るのはレアプレイだから。あそこ前の日に雨がふると木の根っこも水没してるからアウトなの。昨日雨が降って無くてよかったあ」
「前に来たことがあるの?」
「そう圭吾と。昔圭吾のほうが身長小さかったから、足が届かなくて何度も膝から下を水没させてね、たぶんあの辺りに圭吾の靴が4足くらい埋まってる。取りだそうとしたら腕が抜けなくなって、涙出るまで笑ったもん。裏のキノコも投げて遊んでたら、圭吾の手の皮がボロボロに剥がれて! あれは面白かったなー、毒キノコ事件。ほんとバカなの! ここも昔圭吾とかくれんぼしてて見つけた所だよ」
それを聞いた桃は、さっきまで満面の笑みで笑っていたのに、ものすごく仏頂面になった。
そして、
「蚊がいる」
「えっ、そっか。ここ多いかも。私スプレー持ってるよ」
「どうしてそんなの持ち歩いてるの?」
「サッカーの練習に付き合うと、すごく蚊にくわれるの。だから持ち歩いてるの」
「さっきから圭吾くんのことばかり。本当に同じ高校に行かないの?」
「いかないよー」
圭吾はサッカー強豪の小田高に行くけど、私の進路希望は大きなイオンモールがある池田女子高校だ。
だってそこには県内唯一のヴィレッジヴァンガードがあるのだ。
最近ヴィレッジヴァンガードはVTuberとコラボするので見逃せないっ!
私はカバンから虫避けスプレーを出して、
「それに桃も池田だよね?」
「そうね。今の所」
「それも理由! 私の成績だとかなり微妙なんだけど~~~」
「私は美穂が行くから池田にしたの。美穂がいるなら高校なんてどこでも良い」
「え、本当? えへへ。嬉しいな。でもまだ二年生だし、この前中学生になった気がするのに、もう高校の話されても何もわからないけど、今の所そこかなー」
私は虫避けスプレーをカンカンと振りながらいった。
中二の夏休みが終わり、二学期に入るとすぐに進路説明会がはじまる。
今日先生に「進路ある程度考えとけよー」と言われて現実が押し寄せてくる。
あー、勉強めんどくさいー。桃は私の方をみて、
「三年生は同じクラスになれるといいな。美穂と同じクラスがいい」
「私も! 六年生から一度も同じクラスになってないから、同じクラスになりたいね! じゃあスプレーするね!」
私がスプレー片手に桃の足を見ると、あまりに靴下がグズグズで汚くて爆笑してしまった。
私もそうだけど、湿原を全力疾走したので、泥が跳ねたのだ。
塗れた黒い靴下を桃は、ずる、ずる、とズラして脱いで、裸足になった。
桃の足は、指先の爪までキレイだ。
桃は「ん」と高台から足を空に向かって見せた。
「はい、いきますよー」
私は桃の足全体にスプレーをかけた。
「はい立って。あ、スカートギリギリまで持ち上げて。太ももすんごく喰われるから。そしてかゆいの。そんであとが残っていつまでも消えないんだから」
私がそう言うと桃は立ち上がって、スカートを細い指先で持って持ち上げようとしたけど「もう自分でする!」と言ってスプレーを持って後ろに隠れてしまった。
そんなの恥ずかしがらなくて良いのにー。
私は桃が持ち帰ってきたスプレーを自分のスカートの中に噴射した。
そして手でひたひたと伸ばす。これが一番手っ取り早い。
靴下を建物の中にあったピンチハンガーにぶら下げておいたら、泥が乾いてパリパリになっていて桃と爆笑した。
桃は素足に革靴を履き、
「さて、足も乾いたし、お部屋に行きましょう。今日のために可愛い色も追加して置いたのよ。足の指も塗りましょう」
「足だったら夏休み終わっても取らなくてよいかな。バレちゃうかな」
「水泳の授業でバレるわね」
「9月まで水泳の授業あるの、うちの中学だけらしいよ? もう加藤がついでに滅ぼしてくれれば良かったのに-」
私たちはまた木の根を越えて小道も戻り、桃の部屋に向かった。
桃の家は大きな屋敷で有名だけど、周りの人誰も入ったことない。
ちょっとだけ楽しみ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます