第10話 ここは私だけの場所

「このタマネギの量……すごいです……」

「カレーだけじゃ足りなくて、豚丼も置くことにしたの。タマネギ追加よ!」

「わかりました、頑張ります!」


 次の日の朝、センターに来たら10キロのタマネギが15キロに増えていた。

 もうこうなったら私は一週間ひたすらタマネギの皮を剥く!

 これで30,000円貰えるなら正直ちょろい。

 昨日琴子ちゃんと通販もしちゃったし~! 届くの楽しみ~!

 鼻歌を歌いながらお昼の仕込みをした。

 そしてFCカレッソの練習場にお茶を運んで、氷を運んで……と戻ってきたら、


「久米さん!」

「あ。千颯さん、もう大丈夫ですか」


 リュックを背負った千颯さんが歩いてきた。

 顔色も良く、今日は白の帽子で、上下も白い服を着ている。

 昨日は全身真っ黒だったので、一日でオセロがひっくり返ったみたいで少し笑ってしまうが、ちゃんと聞いてくれたのをみて安心する。

 千颯さんは目を細めて笑顔で、


「昨日はありがとう。時間大丈夫?」

「運び終わった所なので、平気です」

「じゃあちょっとお話出来るかな。これ昨日借りた服と、父がお礼に……って」


 そう言って千颯さんが取りだしたのは、巨大な紙袋だった。

 重たいー! 中を見ると昨日私が貸した上着と一緒に、重たいフルーツゼリーが入っていた。これ絶対高い! 私はそれを抱えて、


「こんなの頂けるほど何かしたと思えないですけど」

「また敬語になってる。親父は御殿に招待してお礼したいって言ってるけど、あの御殿、好きじゃないから断った」

「御殿?」

「俺、三喜屋の子なんだ」


 その言葉に私は息をのむ。


「え、ちょ、ちょっと待ってください、フルネーム教えてもらって良いですか?」

「島崎千颯」

「島崎っ!! あっ、わっ、ちょっと、あ、これ三喜屋の袋、えっ!」


 私は袋を抱えたまま叫んだ。

 ここから少し離れた場所に大きな湖があり、三喜屋創設者の家が湖畔にあると地域の人はみんな知っている。

 それは三喜屋御殿と呼ばれていて、湖の横にたつホテルのような存在で、ここら辺りで「御殿」というとそこしかない。

 千颯さんはサラサラと水が流れるように笑って、


「すごい反応だな」

「違う違う。私、桃と親友なの」

 

 私が「桃」というと千颯さんは、ふと動きを止めて、


「島崎桃?」

「そう。桃! 大好きなの。えっ……親戚とか? だって桃に姉妹いないよね」

「桃の父親の兄が、俺の親父。親父は大阪の支社で社長してるんだ。桃のお父さんがこっちの社長」

「えーーっ、ああ、そうなんだ。じゃあ従姉妹ってやつ?」

「そうかな。親父は仕事で週の半分こっち来てるけど、俺は大阪の中学校に通ってる。こっちにくるのはじいさんに呼び出された時と、長期の休みだけ」

「はじめて会ったコインランドリーの後、グラウンドにおじいさんと桃が来てた!」

「そう。あの時も呼ばれて待ってた。じいさん俺と話すとき、御殿じゃなくてここでサッカー見ながら話すんだよな」

「へえ~~~。えっ、今日桃来るって言ってたよ」


 私がそう言うと、千颯さんは頭を軽く掻いて、


「いや……それは会ったことだけ話してくれればいいかな。別に仲良くないし。従姉妹で同年って微妙じゃない?」

「確かに。私も年に数回会うだけで、仲良くなるころ帰っていっちゃう」

「俺もそんな距離感。だから久米さんを挟んで話したいと思わない。でも親父に話しておくよ。助けてくれたのは桃の友達だったって」

「そうそう。桃昼過ぎから来るって言ってた。へええ~~。小さい頃からずっと大阪なの?」

「小学校四年生から大阪」

「へえ~!」


 私は千颯さんと話した。

 言われてみれば声とか、雰囲気とか、ちょっと桃のカケラがあるかも知れない。

 千颯さんは母親がフランス人でハーフなこと。そして運動が苦手なことを話してくれた。

 そしてLINEがなり、桃が来たことを知らせた。

 千颯さんは立ち上がり「じゃあ帰るね」とまた指をピースにして前に下ろした。

 「またね」の手話だと知っているので、私も指をピースにして前に下ろした。

 千颯さんが帰って10分後に、桃がセンターに来た。私は飛びつくように、今までの経緯を話した。

 桃は目を丸くして、


「千颯に会って、しかも倒れたの? そんな話知らなかったわ」

「昨日なの。私が水を頭からザバーーッてかけたの」

「千颯の頭に水を?! やだ、それ見物。あら、そう。ちょっと見たかった。あははは、頭から水かけたの?」


 桃は今まで見たことがないくらい楽しそうに笑った。

 そして「あの綺麗な顔に遠慮なく水をザバーッとかけたの?」と何度も聞いて楽しそうにした。

 千颯さんは日焼けが苦手で、頻繁に日焼け止めを塗るらしい。その顔に水をぶっかけたのが楽しくて仕方が無いらしい。

 ひとしきり笑って、


「水をかけたなら気がついた? どう見ても男なのに、女の子でしょう、あの子」

「そうなの! もう私失敗したと思って上着貸したら、お礼にゼリーくれた。あー、気がつかなかった。でもそういう人もいるよね」


 VTuberが大好きで、男の人だけど女の子のキャラも、その逆も大好き。

 それに別に性別がどっちでも……と思ってしまう。桃はそれを聞いて静かに微笑み、


「あの子は女の子だけど、昔から性認識が男なのよね。私もあんまり気にしてないわ。千颯は昔から千颯。とても頭が良い子よ」


 その言い方に愛情を感じて、昔から知ってる人なんだなあ……と感じさせられた。

 桃は続ける。


「千颯の家族は基本的に大阪にいて、帰ってきても駅前のマンションに住んでるから私は全然会わないの」

「桃は御殿に住んでるんだよね?」

「そうよ。千颯の言う通り古くて大きくて、居心地が良い所じゃないけどね。千颯の父親が浮気性で、祖母を怒らせたから一緒に住めないの」

「え……そうなんだ」

「我が家は祖母が一番の実力者なのよ、三喜屋、最初は曾祖母と祖母が作った1着のスーツから始まってるのよ」

「へええ~~~。あっ。そういえば三喜屋の一階の真ん中ってオーダースーツだよね。食品売り場の横で変だなってちょっと思ってた」

「三喜屋全店がそうなのよ。祖母のプライド。オーダースーツの店が一階から退いた時は祖母が死んだ時ね」

「三喜屋の秘密をひとつ知ってしまったあ」

 

 私がそう言うと、桃は「秘密よ?」と静かに笑った。

 私は冷蔵庫でキンキンに冷えているスイカをふたきれ持って中庭に戻ってきた。

 今日の夜にスイカ割りがあり、私たちが食べる分はもう先に切ってあるのだ。

 桃はスイカを見て、


「久しぶりに食べるわ」

「ここのスイカ、毎年このために買ってるんだけど、すごく甘いの」

「毎年手伝ってるの?」

「ううん。今年はバイト代がお母さん経由で貰えるからしてるだけ。小学校の時は何回かしたかな」


 甘いスイカをシャクリと食べながら、これも一切れ持ち帰ろうと思った。

 やっぱりお母さんは琴子ちゃんしかいないと晩ご飯を作らないみたいで(お父さんもセンターにきて晩ご飯を食べている)昨日私が指摘したら「!! そうだ、琴子ちゃん! センターのご飯美穂が持っていってあげて」と言われた。

 私は種を中庭にプッと出しながら、


「もう圭吾の家と、うちはくっ付いてひとつの家族だよ。圭吾のお母さんとお父さんは仕事しすぎだよー」

「圭吾くんのお母さん、本当に仕事は出来るのよね。三喜屋の車椅子のまま運転出来るEV車、見たことある?」

「ある! 町をよく走ってるよね、小さな車!」

「あのEV車と三喜屋を結んだのは圭吾くんのお母さんよ。あれは評判が良いわ」


 それを聞いてなんだか私が誇らしくなってしまった。

 圭吾は出世していくお母さんを尊敬してるけど、やっぱりもう少し家に居てほしいと思ってるし、応援にも来てほしいと思っている。いつもスケジュールをLINEで送ってるのも知っている。

 でもそんなに誇れる仕事をしてるなら仕方ないなあ。圭吾にも話してあげよう。

 桃は本当に三喜屋の娘で、何でも知ってるんだな、カッコイイ~~! と思って横を見たら、頬にスイカの種が付いていた。

 私は指でツンと桃の頬に触れて、


「ぷぷ。桃の頬に種がついてる。可愛い」

「!! やだ。もう取れた? だからスイカなんて嫌いなのよ」

「そんなこと言って~。すごく綺麗に食べてる。桃、食べ方綺麗だから好き」


 私が褒めると桃は私のことを横目で見て、


「……そう?」

「私より綺麗。箸の持ち方も綺麗だよ。姿勢が良いの、食べている姿がすごく好き」

「美穂は褒めてくれるから好き。もっと褒めなさい」


 もっと褒めなさいって!

 プライドが高いのに褒めると嬉しそうにするところが可愛すぎる。

 こんなこと言ったらどんな顔するだろうって、話している時にいつも思う。

 きっと私たちは強がりと甘えん坊を、ふたりで一緒にしてるんだ。

 私は楽しくなって、もっと桃を褒めることにする。


「桃の良い所、たくさんあるよ。まずほら、もう机をウエットティッシュで拭いてるところ」

「だって汚れたじゃない」

「そしてそれを自分で持って来たゴミ袋に入れてるところ」

「ゴミは持ち帰るべきよ」

「そしてそのゴミを持つ指先が、ピンク色に綺麗に塗られてる所。えーー、私もマニキュアしたいーっていうか、それちょっと絵が描いてある? シール? アート?」


 桃の指先はピンク色に綺麗に塗られていて、指先がグラデーション、そしてキラキラと光が走るような絵が描いてあるように見える。

 桃は私に指先を渡して見せてくれる。


「ネイルアート好きで、夏休みの間は一週間ごとに変えてるの。今もケアセット持ってるわ。さっき買い物に行ってから来たの」

「え~~! ケア? してして! 指先傷んでるよー。可愛くしてー!」

「ネイルして、ご飯作る時、平気なの?」

「ずっとビニール手袋してるから平気だよ!」


 桃は私の手にゆっくりと丁寧に桃の香りがするクリームを塗り、


「私、美穂の手、好きよ。手自体が女の子にしては大きいのよね」

「えへへへ。タマネギめっちゃ剥きやすい!」

「夏休みは本が読めて好きだったのに、美穂に会えなくて、はじめて淋しいって気持ちを知ったわ」

「夏休み忙しいんだよー。主にFCカレッソで。来週も試合あるしー」

「好きなのね、圭吾くんが」

「もう桃はそればかり」

「うらやましいのよ、家族じゃないのに愛をもらって」


 家族じゃないのに愛……まあ愛は無償というなら違う気がするけど。だって30,000円だし! 

 桃は私の指に丁寧にクリームを塗り、甘皮の処理をし始めた。

 こんなに本格的にケアしてもらうのははじめてで、ドキドキしてしまう。

 桃は私の指を一本一本丁寧に指で包み、ピンセットで甘皮を引っ張って処理していく。そのたびに私の爪は、まんまるで可愛い顔を見せていく。でも甘皮をピンセットで引っ張るとチクチクして、でもそれは痛いというほど痛くなく、むしろ心地がよい痛みで。

 私の指先に触れている桃の爪はあまりにも美しいピンクと白と紫のグラデーション。私はそれを見ながら、


「桃は絵を描くときは、上から黒を塗って隠すのに、爪は丸見えなんだね」

「ここは私だけの場所だから」

「私は何色にしたらいいかな」

「私と同じ色でしょう、ピンク。それ以外にあるの?」


 桃はそれが当たり前であり、当然すぎて何も疑問に思わない表情で言った。

 思わず笑ってしまう。


「……桃ってやっぱり自己顕示欲すごい」

「今日はケアだけにして、明日下地を塗りましょう。次の日はピンク色に。そしたら美穂に毎日会える」

「桃、可愛い。桃大好き」


 夏休みだけど毎日私に会いたいという代わりに、毎日少しずつ爪を美しくしてくれると言う。

 桃の手前にある大きなプライドと、その奥にある可愛らしさが本当に大好き。

 結局桃は一週間かけて私の爪をとっても可愛くしてくれた。

 でも来週登校日があるから落とさなきゃいけない……と文句を言ったら登校日学校が終わったら家に来てくれたら可愛くしてくれると言った。おお、初御殿! 楽しみ!


 

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