第9話 再会と、圭吾の優しさ

「二度寝最高……」


 私はベッドでゴロゴロ転がりながら言った。

 加藤先生の花火事件から一ヶ月……少し学校が落ち着いた頃、中二の夏休みに入った。

 一ヶ月経っても加藤先生の写真が町から見つかるような状態でまだ荒れてるけど、なんと二学期から女子の体育は女子の先生、男子の体育は男子の先生が担当することに変わり、男女一緒に体育することもなくなった。

 みんなそれを「加藤効果」と呼んでいて、なんだかなあと思うけど、別の所で男女別に体育が出来るなら、私もそれは賛成だ。

 一階に下りると、お母さんはもう準備を済ませていた。

 挨拶してお茶を飲み、私は冷蔵庫をドンと叩いた。


「じゃあ行くけど、約束は絶対守って貰うからね!」

「いいよ、何なら前払い。4000円×7日。28,000円。細かいのないからオマケして30,000円」

「うひょひょ!! 財布に入れてきても良い?!」

「もう美穂も中学二年生。仕事を信用して先払いするわ。ちゃんとするのよ」

「イエッサー、マム!!」


 私は台所でピシッとオデコに手をあてて敬礼して、買い出しに出るお母さんを見送った。

 今日からFCカレッソの合宿が始まる。夏休みになると給食を作る仕事がお休みになる。このタイミングでお母さんは毎年スポーツセンターの食事を作るバイトに入るのだ。

 毎年夏になると、あのスポーツセンター横にある施設で合宿を行う団体がたくさんくるので、そこの団体に向けて食事を提供するのだ。毎年鬼のように忙しくて「手伝って!!」と言われてたけど、ゴミ出し掃除に野菜の処理して夏休みが潰れるなんてアホらしくてやってられない。

 遊びついでに付き合っていたのは小学校低学年までだったけど、今年からお母さんに色を付けて、それを私に渡してくれるらしい。神対応!

 琴子ちゃんと一緒に推しているVTuberのグッズをモリモリ買いたいのでお金はたくさん欲しい。

 10時には施設に入って大量の野菜剥きだ。でも実は料理が好きなので全然イヤじゃない。

 私は机に置いた30,000円を見ながら朝ご飯を口に運び、


「30,000円……え~~~。どうしよ。イマムラコラボの枕、先に買ってこようかな。無くなっちゃうかも」


 30,000円……考えるだけでワクワクする。やっぱり先にイマムラ寄ろう!

 パンを口にねじ込んで日焼け止めだけガッツリ塗って家を飛び出して、イマムラで推しのVTuberコラボの枕を購入した。

 すごく欲しかったけど1,900円するから諦めていた。30,000円を前にしたら1,900円で毎日使えば実質無料!

 それを自転車の前籠に突っ込んでスポーツ施設に行く。そしてもう作業に入っていた人たちに挨拶をして、野菜の処理作業に入った。

 この施設で働いているのは、お母さんと同じ給食センターの人が多くて気楽だ。

 調理は免許を持った人たちがするので、私がするのはひたすらタマネギを剥くとか、ジャガイモの皮を剥くとか、ネギの泥を落とすとか、そういう作業だ。

 今日は200人以上がこの施設で食事を取るみたいで、常設されるカレーだけでタマネギが10キロ!

 ちょっと楽しいのはお母さん譲りかも知れない。

 昼食作業を終えると、巨大なお茶を持ってFCカレッソが練習しているグラウンドに向かった。

 巨大なタンクに入った麦茶を延々とグラウンドに運ぶのも私の仕事だ。

 グラウンドには圭吾や末長すえながくんという、一番の親友たちが練習しているのが見える。

 今日は小田高のコーチたちが直接指導にきている。

 中二の時点で県の強豪高のコーチに目をかけられてるなんて、将来有望だ。頑張れー!



「もうお茶がないとか、スゴすぎる……」


 私はカラになったボトルを持ってセンターに向かって歩いていた。

 さっき持って来たのが一時間前だったから、この倍でも良い。

 というか、氷をクーラーボックスで持って来ようと私は歩いた。

 通路を歩いていると、日陰に座り込んでいる人がいた。

 真っ黒な帽子をかぶっていて、顔色が悪くてぐったりしている。

 熱中症……? 私が声をかけると「大丈夫」と細い声が返ってきた。

 たぶん全然大丈夫じゃない。体のほてり、顔色の悪さ、なにより手が異常に熱い。

 これは絶対熱中症。私は持っていた巨大なボトルに近くの水道から水をたくさんいれて持って来た。

 そして頭から水をぶっかけた。

 これはFCカレッソで習った緊急処置だ。倒れたら体を冷やす!

 そしてセンターに戻って人を呼んできてクーラーが効いたところに移動させてもらって、凍ったタオルを首や脇の下に入れて扇風機で冷やす。これで少し落ち着くのを待つしか無い。

 大人の人たちが対応しはじめてくれたので、私はその場を離れた。

 そしてFCカレッソにお茶を届けてもう一度覗くころには、帽子を取っていて、顔色も普通になり座っていた。

 良かった……って、ベージュの髪の毛……あっ! 


「!! 金魚の……!!」

「あ……来てくれて良かった。助けてくれたの、君だったんだね。ごめん、本当に助かった。まさか立てなくなるなんて」


 そう言ってその子は濡れたベージュの髪の毛を後ろに持っていった。

 腕に金魚のアザ……偶然にも私が助けたのは、金魚の神さまだった。

 偶然だと思ったけど、よく考えたらこの施設内にあるコインランドリーで一度会ってるから、別に偶然じゃ無かった。

 というか! 私は慌てて羽織っていた日焼け止め用の上着を脱いでかけた。


「歩いてる姿みた時男の子だと思ったから、頭から水をかけちゃった! ごめんなさい!!」

 その子は私が貸した上着でなんとなく前を隠しながら、

「ありがとう、平気だよ。むしろあれで体が冷えて助かった。対応も早くて冷静ですごかった。さすがFCカレッソの人だね」

「今年の夏は暑すぎて。倒れる前に選手はみんな頭から水をかぶってるんです。そのためのバケツが置いてあるくらい」

「さすが! すごいね」


 そう言ってその子は右手をコの字にして顔の横に持って来てクルリと回転させた。

 あ……また……と思い出す。実はこの前会った時も思ったけれど、金魚のことで頭がいっぱいで無視していたけど、この動き……。


「手話ですよね?」

「あ。そう。分かる人はじめてかも。近くに耳が不自由な人がいるから出てきちゃう。よく分かったね」


 とサラサラと笑った。

 そうだ、前も思ったけど、この人の声は男の人と女の人の中間みたいな声で、特徴的なんだった。

 遠目からみたら絶対男の人だと思ったから迷わず水をかけてしまった。失敗……。

 話していると笑顔が見られて大丈夫そうだったので私は、


「私が水かけてしまったから、上着家まで着てください。タオルとか、使ったものはセンターに返却してください。今日は無理せず、もう帰ったほうがいいです」

「ありがとう。もう帰るよ。君、名前と年齢は?」

「久米です。源川みながわ中学校の二年生」

「俺は千颯ちはやって呼んでほしい。同じ中二だ。大阪の中学校に行ってて、夏休みだから帰省してる」

「同い年! じゃあ敬語やめますね。今日は帰ったほうがいいよ、本当に。一回倒れると、そのあと全然無理だから! あとですね、帽子も黒、上も下も黒の服とかこの暑さでやめたほうがいいです。太陽集めまくりですよ?」

「分かった」


 そう言って千颯さんはサラリと笑った。

 女の人だけど「俺」って言うし、遠目だと身長の高さもあって本当に男の人にか見えない。

 でもまあそういう人もいるよね。それに少しカッコイイのに可愛くて良いなあと思っていた。

 それにあの雰囲気だとハーフとかクオーターとか? 外国人の血が入ってそう。

 うちの県には海外の大きな工場があって、外国の人が結構お仕事しててあんまり気にしてないけど、千颯さんはすべてが綺麗すぎて、うちの学校にいたら「王子様!」ってモテそう~……と思いながら私はセンターに戻った。

 そして夕食の準備に入る。夜もカレーは作っておいて置くようで、またタマネギ10キロとご対面!

 どうやらセンターにいる人がどんどん増えるみたいで、カレーは朝昼晩と常設するらしい。

 私この一週間で210キロのタマネギを剥くってこと?! ちょっとすごい!



「美穂おつかれーー! アイスある? コーチが風呂上がりにひとつなら良いって言ってた」

「あるよ。こっち」

「うおおおお、末長、こっちこっち!」


 片付けを終えて帰ろうとしたら、圭吾たちがお風呂上がりに調理場に来た。

 そして冷凍庫からアイスを取りだして食べ始めた。個々のチームが買っている食べ物(主に甘味)は段ボールに名前を書いた状態で入れてあり、そこから取りだして食べる。

 私はここから自転車で10分なので、当然帰る。圭吾も近いから帰ればいいのに、楽しいから毎年泊まっている。

 私は帰ろう~と外に出たら、アイスの棒を口に入れた圭吾が付いて来た。


「美穂おつかれ。カレーうまかった~~~」

「唐揚げとカレーと焼きそばとコロッケ食べられるの、ほんとすごい」

「毎日三食カレー食べれるなんて天国すぎる。ほんとカレー旨い。美穂のかあちゃんのカレーだ」

「お母さんがメインでカレー作ってるもん」


 私は頷いた。

 もう今日は出しても出してもご飯がなくなるのを見て、本気で感動してしまった。

 それでもあれだけ動いてたら食べられるの、分かる気がするけど。

 圭吾はアイスの棒を口から出して、


「明日はスイカ割りだろ? 美穂も来いよ」

「いやよ、あのグチャグチャになったスイカ、意味分からないんだけど。私たちは綺麗に切ったスイカを食べるから」

「なんでだよ! あの粉砕されたスイカをみんなで食べるのが美味しいだろ?!」

「普通に切ったほうが絶対美味しいって……」


 センターではこの一番人が多い時期に、スイカ割りや花火大会や盆踊りを夜開催する。

 別のチームや別のスポーツとの交流にもなるのは分かるけど、スイカは綺麗に切って冷やして食べたほうがいい。

 圭吾は出口まで私を送って、


「……あのさ、家。琴子しかいないから、飯とか気にしてやって」

「そうなの?! そっか。圭吾が居ないとお母さん家でご飯作らないかも! ありがとう、圭吾」

「俺が合宿だから、父さんも母さんも出張だってさ。琴子はいるのにさ」

「あー……うん、気にしとく!」


 なんで出口まで付いて来たのだろうと思ったけど、それが言いたかったのか。

 顔を合わせるとケンカばかりするのに、圭吾は琴子ちゃんが大好きで、それは推せる。

 私も琴子ちゃんが大好きだからだ。琴子ちゃんにLINEすると『なんもねえ、誰もいねぇ』というので、私は『お金入ったからイマムラで枕買ったの! カレーと一緒に持っていく!』と打った。

 大量に作ったカレーが少し残っていたので、それを持って私は家に帰り、家にいた琴子ちゃんと枕を飾って推しのVTuberのライブを見た。

 でも圭吾がいないからって一週間ふたりとも出張に行っちゃうのは、ちょっと冷たくないかなあと思ってしまう。

 琴子ちゃんだってまだ高校生だし、圭吾は一週間の合宿で最後に試合もある。

 それはみんな見に来るのに……と思い、じゃあ私と私の両親が応援すれば良いと思った。

 圭吾が居ないなら一週間こっち泊まろう~っと。うっひょー! 大声で歌って踊れて最高~!



 

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