第8話 柔らかい夏のように

「やべえ、祭りじゃん!」

「いやでも体育教師が更衣室盗撮ってエグくね?」

「確かに特級呪物か。屋上で領域展開する?」

「チンコだして神に祈ってるのクソ面白い」

「加藤はチンコの神になった……」

「召されすぎだろ!!」

 

 屋上で突然花火と共にパラシュートが打ち上がり、同時に加藤先生の写真がバラまかれたせいで五時間目の今、先生は「自習してて!」と叫んだまま戻ってこない。

 なにしろ屋上に誰かが勝手に入ってるのを捕まえようと階段に行ったら、そこにチンコを出した加藤先生と、床に呆然と座り込む宇田川さんがいたのだ。

 状況は完全に教師からのレイプ。

 そして蒔かれた写真の内容がエグすぎた。

 校内での盗撮写真に、ハメ撮りに、宇田川さんがブラを見せている写真。

 拾った子曰く、盗撮写真は学校だと分かるけど、顔が判別出来るものはひとつも無かったらしい。

 まだ全部見つかってないし、データがどうなのかは知らないけれど。

 内容がキツすぎて、女子は何人か気持ち悪くなって保健室に行った。

 私はこれは絶対見ちゃ駄目なやつ……と思って一枚も見ていない。

 でもそういうのが気にならない子たちは、あっちにあった、こっちにあったと言いながら写真を探している。

 先生たちが「やめろ!」と言って取り上げてるけど、どれだけ撒かれたのか想像も出来ないほどそこら中から写真が出てくる。

 宇田川さんはあの場で倒れて、先生の車で病院に行った。

 宇田川親衛隊たちはみんな廊下でシクシク泣いていて、その中のひとりが「宇田川ちゃん、お昼休みに遊ぼうって声かけたら、ちょっと呼び出されて……って言ってたから、加藤に呼び出された被害者だよお」と言っているけれど、バラまかれた写真の中には宇田川さんが加藤先生に写真を送ったLINE画面もあり、そこには『もっと欲しいんですか?』と宇田川さんのアカウントで書かれていたから、贔屓目当てに写真を送っていたのは明確だ。

 あまりに教室内が地獄。チラリと窓の外をみたらパトカーと、近所の人たちが見えた。

 近所の人たちは手にあの写真を持っている。今日は風が強かったから、近隣にまであの写真が飛んだんだ。

 まじでヤバそう……と思うのと同時に、上履きの中の小石がゴロンと移動した。

 私は上履きを脱いで、小石を教室に転がした。


 ……ほっときゃいいか。


 前席の柚希は興奮した様子で「加藤キモいと思ってたけど、こういうことかあ」と大きな声で言って、私のほうに体を寄せて「……宇田川さんから助けられなくてごめんね。でもこれでアイツら終わりじゃん、あーー、マジで良かった。志村ちゃんも、藤川さんも学校来れるようになるね」と手を叩いて笑った。

 宇田川親衛隊は塊になって廊下に集まり、みんなシクシク泣いている。

 されたことへの恨みから自業自得とは思うけど、屋上に続く階段で加藤先生に襲われたらガチで怖そう。

 結局六時間目の時間になっても先生たちは校庭を走り回って写真を集めてて教室に来ない。

 何もすることなく、男子たちは学校のiPadで撮影した土下座してお尻が出ている加藤先生で動画を作って遊んでいた。

 そして六時間目が終わるころ教室に駆け込んできた先生は「今日は部活なし! どこにも寄らずすぐに帰宅して! 緊急保護者会を開くから、スクップに配信します!」そう言って先生は出て行ったが、すぐに戻ってきて「もし通学路で加藤先生の写真拾ったら、見ないで学校に持って来てね!」そう言って再び消えた。

 スクップは、学校のお便りが配信されるアプリだ。

 みんな「はぁ~い」と言いながら「帰り道で写真探そうぜ!」と、風向きのサイトを開いていた。

 理科の授業で習ったときは誰も見てなかったのに、こういう時だけ熱心だ。



「なあ美穂、本当か?! なんで俺に言ってくれなかったんだよ!」

「え? 何のこと?」

「宇田川の奴らに、机ひっくり返されたって聞いたぞ。他には何されたんだ?!」


 そう言って圭吾は私の目の前に立ち塞がった。

 誰が言ったんだろう……と思ったけど、それを知ってるのは柚希だと思い出して、余計なことを言わなくて良いのに……と思った。

 私は圭吾にペットボトルを渡しながら、


「宇田川親衛隊の仕業だって言い切れないから言わなかった」

「なあ、俺のことかばったから、そんなことされたんだろ?!」

「かばったって何の話?」

「島崎とのこと!!」

「……あ~~~。そんな事もあったね。もう色々ありすぎて、そんなの忘れていたよ」


 そう言って自転車から私もペットボトルを持ってグラウンドに向かって歩き始めた。

 学校は「解散! 下校! 部活なし!」と言われたけれど、圭吾が所属してるのは外部のサッカーチームなので普通に活動できる。今日も圭吾の家が当番で私がペットボトルを運んでいる。

 圭吾は私が持っていたペットボトルを持ち、


「いやなことがあったら、俺に言ってくれよ!」

「圭吾は、すぐに怒るじゃん。カーッと熱くなってさあ」

「怒るだろ、机ひっくり返すとか、幼稚園児かよ!」

「そういえば、圭吾は幼稚園の時に机の上で踊って落ちたね」

「そんな昔のこと、もうどうでもよくて!」


 圭吾は私をまっすぐに見て、


「どう考えても俺が関係してるだろそれ。てか、関係してもしてなくても、いやな目にあってたら俺にくらい言えよ!」

「じゃあ聞くけどさ。今日の朝圭吾が私に話しかけてきた時、親衛隊がクスクス笑ってたの見た?」

「なんだよそれ、どうして話しかけただけで笑うんだよ」


 うーん、やっぱり言うだけ無駄なんだよなあ。

 圭吾が真面目で真っ直ぐで、サッカーバカで、すげー優しくて必死で良い奴なのは分かる。

 でもどうしても話が通じない所があり、説明しても、たぶん殴りに行ってしまう。

 私はペットボトルを地面に置き、


「サッカーはガチで応援してるのよ。もし誰か殴ったりしたら、小田高、行けなくなるよ」

「そんなの実力で何とかする」


 実力……? 学力のことを言っているのだとしたら無理だと思う。

 小田高はスポーツ加点が高いから圭吾の学力でもなんとか……という感じで、それが無いと入るのは不可能だと思う。


「……とりま頑張れ」

「何かあったら言えよな! 俺は美穂が元気で、そこで応援しててほしいから」

「してるよ、いつも。こうしてペットボトル運んでさ。全部の試合見てるの私くらいじゃん」

「だよな! じゃあ練習いってくる! 今日ちょうど小田高の4軍と試合なんだ、絶対そこで見てろよ!」


 そういって圭吾はコーチたちに挨拶に行った。

 ここから自転車で20分くらいの所に小田高というサッカーの強豪校がある。

 そこのコーチは県中からめぼしい子に声をかけて面倒を見ていて、圭吾もそのひとりだ。

 私が見てるかぎり、小田高のコーチは圭吾の技術というより、人柄を買ってるように見える。

 まあ頑張ってよ……とスマホを見たら、お母さんから『加藤先生何したのよ?!』とLINEが来ていた。

 私は『変態』と返した。

 それ以外なんと言えばよいのだろう。

 

 結局その後の調査で分かったのは、加藤先生のスリッパには『先生と屋上で秘密Hしたいです 宇田川』という手紙が入っていて、宇田川さんの机には『秘密をばらすぞ 屋上に来い 加藤』という手紙が入っていたようだ。

 お互いが出したと思い込んだ手紙で屋上に繋がる踊り場に来たら、花火の音がして……という流れらしいが、その流れで加藤先生が屋上にくるのがおかしすぎるけど。

 警察で調べた結果、とんでもない写真と事実が山盛り出てきて、加藤先生はとりあえず学校には来ない。

 将来的に懲戒免職だろうとお母さんは言った。

 データはすべて差し押さえたと聞いたけど、どこかに流出してる可能性は捨てられない。

 宇田川さんはショックで入院した……そこまで保護者会で話されたようだ。

 次の日の学校は普通にあった。

 でもみんなソワソワしてて、全く落ち着きが無い。

 落ちていた写真を持って来た子たちが、それを先生に見せて大騒ぎになったり、学校の授業で使うアプリ(プログラムを練習するものなんだけど、テキストが打ち込めるので、みんなそこで掲示板みたいに会話してる。先生はみんながそこで話してるって全然知らない)では、加藤先生の写真や動画が山ほど上がってきていた。

 私はそのアプリを落として親衛隊のほうの席をみた。

 半分以上の子が学校を休んでいて、その代わりに親衛隊にイジメられて学校に来られなくなった子たちが何人も登校して、楽しそうに話していた。




「すごく素敵。美穂は絵が上手ね」

「これ引っ掻くだけで色が出てくるから、上手に見えるだけだよ。桃は今度は全部黄色?」

「そう。美穂に花畑を描いてほしくて」

「いいね、ヒマワリだ」


 私がそう言うと桃は「そうなの」とふわりと笑顔を見せた。

 教室の空気がいつまで経っても落ち着かず、柚希は不登校だった子たちと盛り上がりはじめて、私はちょっとその空気についていけない。

 今度はその不登校だった子たちがグループを組んで、親衛隊の子たちをイジメはじめたからだ。

 柚希は「美穂もやられてたもんね?!」と当然報復するよね?! といった雰囲気で……少し苦手だ。

 もちろんやられたことには腹がたつけど、同じようなことをはじめたら、同じ人になってしまう。

 私が左側に木のペンを動かすと、赤色が出てきた。

 右側に動かすと青色が出てきた。左右、ぐっ、ぐっと移動していくと、この板は真っ黒な後ろに真っ赤と真っ青を隠しているのが分かった。

 私は右と左を行き来しながら、


「右と左を、行き来してるだけ。どっちにもなりたくない時はどこにいたら良いんだろ」

「自分の主張を通そうとしたら、反対側は全部悪よ。正しいと思ってる人がいたら、その人が世界で一番の極悪人ね」


 桃はそう言い切った。

 私は木のペンで削りながら絞り出すように、


「桃なんでしょ……? ありがとう」

「校舎四階のベランダに屋上に上がれる梯子があるの。私はそこから上ったのよ。三喜屋が出資してるクラブがあって、そこであのクズは盗撮してつまみ出されたの。それからマークしてた。宇田川さんはオマケ。偶然出て来たものだったけど、美穂を傷付けるゴミを捨てられて良かった」

 私は桃をまっすぐに見て、

「これはふたりだけのひみつにしよう。大丈夫、私は誰にも言わない」

 それを聞いた桃は目を丸くして、

「ひょっとして金魚の時に私が言った言葉?」

「そう。今も覚えてるから」

「すてき。私もよ」


 そう言って桃は嬉しそうに私を見た。

 新品のカシミアのマフラーみたいに柔らかく、でも触れたら火傷をしそうな程冷たくて熱い桃のことが私は大好きになってしまった。

 桃の腕にぎゅっとしがみつくと、桃は私の頭を優しくなでて、


「夏休み、FCカレッソ合宿手伝うの?」

「なんかお金貰えるらしいから。それが確定したら!」

「私も顔出すわ。遊びましょう」

「うん!」


 私は汚れた手をまた桃に洗って貰い、クリームをたっぷり付けた手を繋いで一緒に帰った。

 どこからが風で飛んできた加藤先生の写真を、思いっきり踏みつけながら。

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