第5話 幼馴染みの絆

 桃と仲良くなった次の日。

 私が学校に行って教室に入ると、みんながザワザワしていた。

 教室の真ん中で宇田川親衛隊のひとり、佐藤さんが叫んでいる。


「だからっ! 私と宇田川さんが見たんだって! 圭吾くんの家から島崎さんが出てきたの!」


 秘密だからね、秘密なんだから!

 そう言いながら、どう考えても秘密を話す大きさではない声で叫んでいる。

 すぐに友達の柚希ゆずきが「やばあ、聞いた?」と言いながら近づいてきた。

 どうやら佐藤さんは朝から「圭吾と島崎さんがセフレである」と言い続けているというのだ。

 佐藤さんは教室の一番後ろの席で、クラスメイトに囲まれながら、


「圭吾くんに話があって、宇田川ちゃんと圭吾くんの家に行ったのよ。そしたらびっくり! ふたりが一緒に家から出てくるんだもん」


 聞きながら「(なるほど……私以外にも見られてたのか)」と思う。

 宇田川さんは色んな子に「圭吾が好き」だと言っていたから、佐藤さんにも伝えていたのだろう。

 佐藤さんは誰に対しても「告白しちゃいなよ!」と言うタイプだから、宇田川さんを連れて圭吾の家に向かったのは佐藤さんかも知れない。

 ザワザワしてる中、登校してきた圭吾が教室に入ってきて、


「佐藤、お前何言ってるんだ! 俺の母親、三喜屋でずっと働いてるんだよ。家でイベントのお菓子の袋詰めを島崎としてただけだよ。アイツ三喜屋の娘だろ」


 それを聞いて私は心の中で膝をポンと打った。

 あ~~~。その可能性を忘れていた。

 たしかに圭吾の家はお父さんは輸入業者で、家にはお菓子が段ボールでたくさん置いてある。

 それを袋に詰めて三喜屋で配るのだ。仕入れは圭吾のお父さんがして、三喜屋に持ち込むのは圭吾のお母さん。

 そっか、あの作業してたんだ。袋にひとつひとつお菓子入れていく所が地味に好き。

 やっぱり無駄に追求しなくて良かった。想像で人を責めちゃいけないって私のお父さんはいつも言ってるけど、まさにそれ。

 佐藤さんは椅子から立ち上がり、


「イベントで使うお菓子詰めなんて、家でする~? 三喜屋ですればいいじゃん。家でふたりですることじゃないよね~?」

「わざわざ家でふたり、何してたんですかあ?」

「やっべぇ、圭吾マジで?!」

「三喜屋に就職オツです」

「島崎かあ~~。おっそろしい所に手を出すなお前は」

「勇者確定」

「もうお前童貞じゃねーの?!」

「えー……圭吾くんショックー……」


 クラスメイトたちは自分たちの気持ちを適当に吐き出しはじめた。

 そんなこと言われたらしょっちゅう圭吾の家に行ってあの作業をしてる私はどうなるのだ。

 私は少しイラッとして、


「いや。私も圭吾の家でお菓子詰めしたことあるし」

「えっ?! 美穂ちゃん本当に?!」


 私のつぶやきに反応したのは目の前に席に座っていた柚希だった。

 その瞬間に私のほうに視線がグッと集まる。ちょっと怖い……けど。

 私はみんなのほうを見て、


「私ほら、圭吾の家の近くに住んでるでしょ。だから何度かしたことあるよ。三喜屋だけじゃなくて、イベントで配るお菓子とかも作るんだよ。あれ無料で配るから量が多くて大変なの。地味に時間かかるけどパートさんにわざわざ時給発生させて頼むような仕事じゃないし。だから三喜屋で親が働いてる子にやらせてるんだよ」

「えっ……久米さんも圭吾くんの家に入ってるんだ」


 顔を上げると、真横に宇田川さんと佐藤さんが立っていた。

 その目は明らかに「お前何者なんだよ」「余計なことを言うな」と書いてある。

 あ。なるほど。こんなこと言いふらして何か良いことあるのかなと思ったけど、島崎……じゃない、桃を、もっと悪者にしたかったのか。私は、


「だって幼稚園からの幼馴染みだよ。圭吾のお父さんもお母さんも、なんならお姉ちゃんも友達だし。島崎さんも三喜屋の人だから手伝わされただけなんじゃないかな」

 

 そう言うと、さっきまで大騒ぎだったクラスは一瞬で静かになり、


「へ~~。そうなんだ。たしかに三喜屋いつもお菓子くれるよな」

「なんだ、つまんね」

「でも幼馴染みと島崎さんは違わね?」

「いや、同じ女だし」

「なんだよまだ童貞仲間かよ~~」

「圭吾はもう他で食ってる可能性のが高い。アイツはああ見えてモテるから」


 と話題がどんどんズレていった。

 そして先生が入って来る頃にはいつも通りの教室に戻っていた。

 私は前の方にいる圭吾をこっそり見たけど……圭吾はものすごく怒った表情で後ろの席にプリントを回していた。

 私も前の席からプリントを受け取りながら「(圭吾はこういうの、めっちゃ苦手だからなあー……。苦手というか、嫌いというか、噂でネタにされるの大嫌いだし)」と思っていた。

 だから最初こそ「圭吾と仲良くなりたい子がいるよ」と伝えていたけど、最近は言えずにいた。




「まっじで助かった」

「いやいや。別に圭吾を守るために言ったわけじゃないし。本当に何回か手伝ってるじゃん、あの作業」

「実は昨日作業終えて家から出たら、島崎が『久米さんがこっそり見てた』とか言うんだよ。それで『私たちのこと誤解したかもね』とか言うから、はあああ~~~?! ってさ。美穂が見てたらすぐに話しかけてくるし、俺と島崎のことなんて、美穂が誤解するはずねーよ! って言ったら、じゃあ賭けましょうとか言うんだよ。ま。結果は俺の超勝ちだ! アイツに罰ゲーム考えないとな! まあもう関わりたくねーから良いや」


 それを聞いて、ああ~~……と思った。

 FCカレッソに行ったとき、圭吾がものすごく私のことを見てきたのは、私が何か言うんじゃないか……ってドキドキしてたのか。

 何か言いたいことを我慢すると圭吾はフリーズした犬みたいになるんだな……と密かに思った。

 それに昨日の夕方会った島崎さんは「私『にも』聞きたいんじゃない?」って言った。

 「にも」って何だ? と思ったから覚えてる。

 絶対に私が圭吾に聞くと思ったんだな……なるほどー。

 まあ絶対なんの関係も無いってなんなら教室の真ん中で言っちゃったけど。

 圭吾は私に、グイとペットボトルを押しつけて、


「はい、CCレモン。おわび」

「おけおけ」


 私はキンキンに冷えたCCレモンを圭吾から受け取った。

 ここは陸上部の部室だ。うちの中学校は部員数が少なくてサッカー部がない。

 でも陸上部はリレーが大好きな子がいるみたいで「大会の時に走るだけでいいから! 三人じゃリレーに出られないんだ!」と頼まれて陸上部の幽霊部員をしている。

 三学年で三人しかいない陸上部の部室は、本当に誰も使ってなくて、たまに圭吾が昼寝してるのは知っていた。

 そこにお昼休み呼び出されて話している。

 私はCCレモンを飲んで、


「あ~。学校で飲むCCレモン美味しい」

「密輸入だからな」


 そう言って圭吾は笑顔を見せた。

 うちの中学校は普通の公立なので自販機などない。でもこの部室棟のすぐ裏に自販機があって、穴が空いている網を抜けると買ってこれる。部活をしてる子たちの間では「秘技」として使われていて、先生たちも知っていて暗黙の了解で、生徒の間では「密輸入」と言われている。

 私はCCレモンをグイグイ飲みながら、


「実は前から宇田川さんに言われてたの。圭吾とカラオケ行きたいから聞いてみてって」

「そんなの行くわけねーじゃん!」

「いや、今の話じゃなくて、二週間くらい前から」

「行かねーよ。何度も言うけど知らないやつと遊んでも面白くない」

「そうやって声かけられるの、苦手なの知ってたし、まあ断るよなあー、でも宇田川さんだしーと思って」

「宇田川だと何なんだよ」


 そう言って圭吾は私のほうをキョトンとみた。

 圭吾は「宇田川さんが面倒なタイプ」とか考えない。

 宇田川さんは女子の間ではトップクラスに可愛いと言われていて、自信があって、宇田川さんを好きな男子はたくさんいる。

 だから安易に断るのは危険で、少し丸い対応を求められるんだけど……。

 まあそんなこと圭吾が考えるはずがない。

 私はCCレモンをグイと飲み、


「まあ今はサッカーだもんね」

「秋予選ガチで俺頑張るから。あ、夏休みにあるFCカレッソの合宿、いつもの所であるから美穂も来いよ」

「もうあれはイヤよ! 小学校の時に手伝って飽きた。なんで貴重な夏休みを手伝いで潰さなきゃいけないの?」

「押味コーチが美穂に来てほしいって言ってたぜ。美穂サーバーとしてめっちゃ役たつから!」

「ボール投げ入れてるだけじゃん」

「俺にはこれくらいの強さ、末長すえながにはこれくらい、今村にはこれくらいって、ちゃんとしてるじゃん」

「付き合いが長いから分かるだけだよ」


 あそこの練習に付き合いすぎて、ボールを投げ込むのだけすごく上手くなってしまった。

 圭吾はニヤリとして、


「美穂のかーちゃん、夏は給食ないから休みになるじゃん。合宿のご飯作りの依頼するって言ってた。その時に、美穂も手伝ってくれたら、美穂のぶんもかーちゃんに上乗せするって押味コーチ言ってたぜ」

「え……お金くれるの? マジで……?」


 私は動きを止めた。

 当然だけど中学生にアルバイトは許されていない。

 でも私は圭吾のお姉ちゃん……琴子ちゃんと一緒に応援してるVTuberがいて、その人のグッズが無限に欲しいけど我慢してる。

 夏を前にしてお年玉も残り少なくて、12月にあるライブ行きたいけどお金がなくて!

 圭吾は私の表情が少し変わったのを見て、


「だってお前、なんか紫の髪の毛したヘラヘラ男のグッズ欲しいんだろ?」

「はあああ? 赤のメッシュですけどおお?! もう知らないのに適当なこと言わないで!」

「まあなんてもいいや、泊まらなくていいから手伝ってほしいって言ってたぜ」

「にゃるほどお~?」

「来いよ、美穂にいてほしい」


 そう言って圭吾はまっすぐに私を見た。

 いてほしいとか言われると、少し嬉しくなってしまう。

 うーん……実は合宿の手伝いは小学生の時に何度か行ったことがあって、家から近くてお金になるなら……。

 それはすっごく魅力的。でも一言で言うと、


「めちゃくちゃ暑いし、焼けるんだよなあー……日焼け止めが溶けちゃうのヤダなあ……」

「手伝えって! そんで夏休みの宿題一緒にやろうって」

「いてほしいとか言うから何かと思ったら、そっちが目的だったか」

「試合超頑張るから!」


 そう言って圭吾は笑顔を見せた。

 なんだかんだいって圭吾のサッカーを見てるのは嫌いじゃない。

 でも中二の貴重の夏休みを合宿所で溶かすのはなあ……。



「本当にお金くれるのかな……」


 私は学校が終わった廊下を歩きながら呟いた。

 お母さんはお金をくれると言ったのに「そんなこと言ったっけ? はいお菓子」とか言って誤魔化す。

 契約書を作るか、先払いを要求するか……。

 考えながら廊下を歩いていたら、美術準備室の扉がカラカラ……と開いて、そこに島崎……桃がいた。

 桃は指先だけをふいふいと動かして私を呼んだ。


 


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