第2話 中学生になれば
「金魚がいなくなったって、どういうことなんだ、久米」
「……朝来たら、金魚が水そうにいなくて」
「盗まれたのかなと私は思います」
島崎さんがしれっと言い、先生は「なんだそれは」と目を丸くして、すぐに他の教室にある水そうを全て見るように言った。
六年三組のみんなは「やべぇ事件だ!」と大騒ぎしながら金魚を探しはじめた。
私はわざと大きく手を動かしながら「居なかったんだよ」と、みんなと一緒に他の教室の水そうをのぞいて歩いた。
チラリと横目で見ると島崎さんもみんなに連れられて、探し回っていた。
「ふたりだけのひみつにしよう」とは言われたけれど……信じて良いのかな。
突然「久米さんが捨てようって言いました」と言わないかな。
でももう島崎さんは「盗まれた」って言ったし……一緒に嘘をついているのだから信じるしかないと思った。
一時間目の授業をなくして、金魚を探したけれど、当然だけど見つからなかった。
昼休みに私と島崎さんだけ職員室に呼ばれて、学年主任の先生と、担任の先生に話を聞かれた。
学年主任の先生は、話している途中で突然声が大きくなる怖い先生で、私は苦手だった。
「それで、ほんとうに! 金魚はいなかったのね」
ほんとうに! の部分だけ声がものすごく大きくて、私は体をキュッと小さくする。
嘘だと知ってるみたいに聞こえて何も言えずにいると、島崎さんが「そうです」と静かに答えてくれた。
その後も、本当に悪いことをした人しか呼ばれない校長室に呼ばれて、何度も同じ話を聞かれて、応えた。
島崎さんはそのたびに「教室に行ったらいませんでした」と言った。
最初は嘘がバレそうで怖くて仕方なかったけど、毎回島崎さんが冷静に答えてくれるので、途中から自信を持って嘘をつきはじめた。
「教室に行ったら、金魚はいませんでした」。
もうこうなったら一緒に嘘を付き続けるしかない。
それは変な感覚だった。
心の大切な部分をすべて島崎さんがぐっと持っている感じで、それが怖くて安心して、一秒で逃げ出したかった。
それでも、この嘘をはじめたのだから、この嘘をつき通すと決めた。
島崎さんと嘘を何度も何度も言っていたら、それを言うたびに、私の心はどんどん島崎さんを信じた。
嘘をついてるのは私だけじゃない、島崎さんも一緒に嘘をついている。
大丈夫、島崎さんはバラさない。
何度も何度も同じ言葉をいって嘘を重ねて、私はなんだか、どうしようもなく安心した。
口に出して嘘をつくたび、島崎さんを信じた。
何度も何度も口に出して嘘をつくたび、学校に着いたら金魚が居なかったことが事実になる気がした。
でも数日後、カラになった水そうの横に、私が持って来た金魚の餌が置きっぱなしになっていた。
圭吾とあげようと思って家から持ってきた物。
可愛がっていたのに、私は金魚をトイレに流して、捨ててしまった。
生きてたかも知れないのに、確かめないで、圭吾と一緒に連れてきた命を、トイレに捨てた。
まだ生きていたかもしれない。
なのにトイレに命を捨てたんだ。
ごめんなさい、ごめんなさい。
気持ちがあっちこっちに行って、落ち着かない。
どうしよう、人生最悪の日。
「……日記がヤバすぎる……。黒歴史決定です、メンヘラか」
私は日記を読みながらつぶやいた。
あれから二年、私は中学二年生になった。
今でもあの浮いた金魚を見た時の、体の形が消えた瞬間を覚えている。
怖くて怖くて、誰にも知られたく無くて、何も分からなくなったあの時。
あれから毎日あのトイレに入った。
ぐるぐる回って沈んでいく二匹の金魚。
その子たちが浮いて出てくるんじゃないかって怖かった。
そして圭吾に責められる。嘘つき、死んだ金魚をトイレに捨てたのかと。
怖くて金魚がオバケになって出てくる夢も見たし、公園のふちにカラの金魚のお墓を作って謝ったりした。
そんなことしても心の奥はどんよりと重くて仕方が無かった。
でも小学校を卒業してあのトイレに行くこともなくなり、中学校で落ち着く頃には「圭吾はトカゲの時も二週間で立ち直ったし、考えすぎだった。死んだ金魚を見つけた時に言えば良かった。誰も疑ったりしないのに、何をしてるんだろう。ていうか水槽から出した島崎さんが悪い。意味不明だ、なんだあの人は」と思った。
でも結局死体が見つからなかったことで、誰か泥棒して、どこかで幸せに生きている……と誰かが言い始めて、最後にはその説に落ち着いたから、島崎さんが言っていたことは、完全に間違ってもいなかった。
でもそれは結局嘘で。
圭吾は卒業までずっと色んな水槽を見ていて、私を元気付けるように「どこかで元気にやってるよ」と言った。
そう言われるたびに心はちくりと痛んだ。
そして毎日金魚がいない水槽と、死んだ金魚を流したトイレを見てたんだから、そりゃメンヘラにもなる。
まあそれくらい冷静に考えられる中学生になった、ということだ。
「……今はそんなことより……」
とLINEの画面を見てため息をついた。
幼馴染みで、一緒に金魚をとってきた圭吾は、小学生までただ足が早くて元気なヤツという評価だったのに、中学校に入ってから身長がニョキニョキ伸びて顔も何だかシュッとした。
うちの
シュッとした圭吾は、反対側から入ってきた東小学校出身の子たちにメチャクチャモテている。
西小学校出身組の私たちは皆「え……圭吾……スか?」という気持ちがすごい。
廊下でサッカーして、そのボールが同級生の顔にぶつかって、校長室に呼び出された圭吾?
ランドセル忘れたのに水筒だけ持って学校に来て、先生たちに「遠足か!」と爆笑されていた圭吾?
なにより私は家が斜め前にある幼馴染みで、幼稚園の時からずっと一緒だ。
お遊戯会で一緒に海賊の役をやった時からの友達(しかも歌が全く覚えられず、私の横で昆布のようにくねくね踊っていた)の圭吾?
言いたいことはたくさんあるけれど、身長が伸びて、小学校の時にくらべて顔が変わったのは確か。
学校で圭吾と一番仲が良い私の所には、ひっきりなしに「一緒に遊びに行きたい! 言ってくれないかな?」という相談とLINEが来る。
最初は私もそれが新鮮で面白くて、圭吾に「こんなこと言われてるんだけど、ぷくく」と伝えていたんだけど、圭吾は「知らないヤツと遊んでも楽しくねーよ!」と言うだけで一度も行かない。
なにより圭吾は幼稚園の時からサッカーに夢中なのだ。
幼稚園、小学校と、ずっとサッカーしてて、サッカーが楽しくて仕方がないらしい。
うちの中学校は部員数が少なくてサッカー部は無いんだけど、地元で有名なサッカーチーム……FCカレッソに所属している。
圭吾の家は私の斜め前で、ずっと一緒に遊んできたので「美穂がサーバーしてくれないと困るから来い!」と勝手に召喚してくる始末。
ちなみにサーバーとは練習の時に球を投げ入れる人で、昔から圭吾の練習に付き合っていたから無駄に上手くなってしまった。
顔が変わっても身長が伸びても、中身は圭吾のままで、恋をするのは無理じゃん? と西小学校出身者はみんな思っている。
「でも
私はLINE画面を見たまま、転がった。
宇田川さんは同じクラスの女の子で、東小学校側から来た子だ。
頭が小さくて目もぱっちりしてて超可愛いくて、たぶん学校で一番モテている。
可愛すぎて宇田川さんを取り囲む親衛隊がいるくらい人気がある子だ。
その宇田川さんが圭吾を好きになったらしいと聞いたのは、五月の終わりごろ。
そして先日「久米さんって、圭吾くんと仲良しだよね。一緒にカラオケ行きたいな。久米さんも一緒に」と言われた。
宇田川さんはうちの学年ヒエラルキートップで、断って目を付けられたら、宇田川さん本人というより、宇田川さんを大好きな人たち……親衛隊が怖い。
だから「一緒に行こう」と言っても、圭吾は絶対に行かない。
カラオケって……圭吾が歌う姿なんて見たこと無い。
サッカーに誘うのが一番確率が高いけど、そんなのあの可愛い宇田川さんがするはずない。
……そうだよな、あそこまで可愛い宇田川さんなら、圭吾も少しは興味あるかもしれないじゃない?!
「えいや!」
私は腹筋で起き上がった。今日は水曜日。圭吾がFCカレッソに行く日だ。
FCカレッソは親の手伝いが必須で、当番制度がある。
毎回練習しているグラウンドまでお茶のペットボトルを6本運ぶんだけど、その当番を毎回圭吾のお母さんに頼まれている。
圭吾のお母さんは毎日遅くまで働いてるから仕方ない。
その代わりとして、圭吾のお姉ちゃん……琴子ちゃんの部屋にお泊まりも許可してくれるし、すっごく高い化粧品をプレゼントしてくれたりするからオッケー!
そうだ。
お茶を持っていく時に、さりげなく「宇田川さんとカラオケ行かない?」って聞いてみるか。
そう決めて窓を閉めようとしたら、外に圭吾が見えた。
お、これからサッカー行くのかな。ちょうどいいから一緒に行って聞こうと思ったら、家から一緒に誰かが出てきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます