第16話 ヤンデレハウス脱出作戦

 俺のすぐ真横に近づいてきた彼女は、俺のふとともに手を置きつつ顔を近づけて、小さな声で囁いてきた。



「実は、晴様は今日一日、この家から出ることはできません」


「どういう事?」


「この家の玄関は、わたくしや関係者の指紋認証がなければ開かないようにつくられているのです。もちろん、晴様がわたくしと交際していただけるとおっしゃるのであれば、晴様の指紋も登録させていただきますわ」


「……なんとなく予想はしてたけど、やっぱりそういう仕掛けがあったか」


「うふふ、契約通り今日が過ぎたらご自宅にお送りさせていただきますわ。ですから今日だけは、わたくしの事だけを考えて下さいね?」



 ……白百合さんのことだから誘惑してくるものだと思ってたけど、そうじゃないなら問題ない。



(俺が恐れなきゃいけないのは、白百合さんを好きになって、そのせいで恋愛にうつつを抜かすようになってしまうことだ。もし、そのせいで結衣の人生がよくなる機会を逃したりでもしたら、俺は間違いなく立ち直れない)



 正直、この瞬間に至るまでの過程で、監禁される覚悟くらいはできていた。


 結衣に悲しい顔をさせる事がないと確信がもてるのであれば、家から出られないくらいの事はもはや問題ではない。



(……いや、本来なら監禁されるのも身構えなくちゃいけない事なんだろうけども)



 そうして、俺が現状を再確認していると、白百合さんは引き続き耳元で囁いてくる。



「ふふ……そのお顔、もしや、わたくしが近づいてきたのを見て、なにかいやらしい事を想像してしまったのですか?」



 そういうと彼女は耳まで顔を赤くしながら、露骨に胸を押し付けてくる。



「うふふ、晴様、お顔が赤いですよ……いったい、どうされたのですか……?」


「白百合さん……分かってやってるよね?」


「ええ、もちろん。これがわたくしの覚悟ですから、いつでも触れていただいて構わないのですよ?」


「あのさ、こんな事聞くのもなんだけど、こんなに密着して恥ずかしくないの?」


「もちろん、顔から火が出るほど恥ずかしいですわ。ずっと頭がクラクラしていますもの」



 そう言いながらも彼女は、決して俺から離れようとはしない。



「せっかくのチャンスを前にして、立ち止まるわけにはいきません。なにせ、ようやく晴様と出会えたのですから」



 そんな事を言う彼女は、覚悟の決まった顔をしていた。


 白百合さんに聞いた過去の話を思い返してみれば、彼女は幼い頃から病気と戦っていて、その末にようやく俺を見つけ出しているのだ。


 そう考えると、自分に都合が悪いからという理由で彼女の努力に向き合わないのも、それはそれで心が苦しい。


 これは、一度お互いの意思を話し合う必要があるだろう。



「白百合さん、少し話し合いたいんだけど、いいかな?」


「将来の話ですか? 子供は何人作りましょうか?」


「そういう事じゃなくて、直近の話ね」



 そうして俺は、改めて白百合さんに向き直り、話を続ける。



「前にも話したと思うけど、俺は結衣の為になる事をしたいんだ。それは金銭面の話だけじゃなくて、結衣がいつでも帰れる精神的な居場所をつくりたいとも思ってる」


「ええ、存じ上げておりますわ。だからこそ、金銭面はこのアルバイトで補っていただき、空いた時間の一部をわたくしに割いていただければ、晴様とわたくしの利害が一致しますわよね?」


「いや、これは俺の覚悟の問題なんだ。もし俺が恋人を優先して結衣をおざなりにするような事になれば、結衣が傷つく事になる。だから俺は人を好きになるのは今まで避けてきた。でも、こんな風に迫られたら俺は、白百合さんを好きになってしまう」


「まあ……!」



 俺がそう説明している最中、白百合さんは嬉しそうな表情を見せつつ、よりいっそう体をすり寄せてくる。


 それを受けて俺は、必死に彼女の誘惑に耐えながら説明を続ける。



「何が言いたいのかと言うと、やっぱり俺は君を受け入れることはできない。だけど、白百合さんが俺の考えを飲んでくれるのなら、俺も白百合さんのやりたい事を否定することはしない」


「……つまり、わたくしは晴様にアピールをする、そして晴様はそれを耐える、という事ですわね」


「まあ、そういう事になるね。俺は絶対に譲らないけど、それでもいい?」


「もちろん。わたくしからすれば、晴様がこちらを向いてくださるだけで心がときめきますもの」



 そう言って彼女は、こちらに笑みを向けてきた。



「ですがわたくし、逃しませんわよ? いかなる誘惑を用いようとも、必ず晴様をわたくしに夢中にさせてみせますわ」



 そんな風に、俺に向けて挑発的な態度を見せる彼女ではあるがその顔は赤く染まっており、明らかに無理をしているのが見てとれた。


 そして、それを受けて俺は、彼女の準備が整う前に初手で勝負を仕掛けに行く。



「それじゃあ早速なんだけど俺、白百合さんとやりたい事があるんだよね。聞いてもらって良いかな?」


「ええ、どんな提案でもかまいませんわ。わたくしは、晴様の全てを受け入れる準備が既に整っていましてよ?」


「そっか。じゃあとりあえず、服を脱いでもらえる?」



 俺がそういうと、白百合さんは露骨に動揺した様子を見せた。



「……へっ? ふ、服をですか……?」


「うん。とりあえず、立ち上がってもらえる?」


「は、はい……」



 そして俺は、立ち上がった彼女が着ているネグリジェの裾を両手で掴んで、そのまま一気に捲り上げた。


 その瞬間、彼女はただでさえ赤くなっていた顔を耳まで紅潮させながらも、今もなお上がろうとしてきているスカートを抑えることで、フリルのついた白いパンツを必死になって隠そうとし始めた。



「はっ、晴様っ! なっなっ……なにをっ……!?」


「白百合さん、隠していいなんて言ってないよね? ほら、スカートは自分で持ち上げて」


「うぅ……一体、どうしてしまったのですか……?」



 そう言いながらも彼女は俺の指示通り、自らのスカートを持ち上げて、俺に対して自らの下着を見せつけるような形で立ち尽くしている。



「さて、白百合さんさっき、俺を誘惑するって言ったよね? 見ててあげるから、やってみてよ」


「うぅぅ……それは、そのぉ……」



 ……勿論、これは俺の趣味というわけではなく、彼女からの誘惑攻撃に耐えるための作戦である。


 彼女が責められるのに弱いということは、昨日の『あーん』の件ですでに判明済みだ。


 ならば、初手で押し切ってさえしまえば、これ以上の誘惑をしてくる事はないはず。



(罪悪感はあるけど……勝負だから。ごめんね白百合さん)



 そう思いながも俺は、彼女がひたすらに目をキョロキョロさせながら羞恥と戸惑いによって混乱している様子を、ただひたすらに観察し続けた。


 彼女は俺の予想通り、攻めの姿勢を取る余裕などなくなっている。


 それどころか、俺に下着を凝視されているのがよほど恥ずかしいのか、白百合さんがスカートを持ち上げている手は小さく震えていて、目には薄く涙も浮かんでいた。



(これは、もう勝ちだろう)



 そして、俺がそう確信した時、白百合さんはついに根を上げた。



「晴様……わたくし、覚悟が足りていませんでしたわ。誘惑などと威勢の良い事を言った事は謝罪します、ですからどうか、ゆるしてください……」


「ふーん、つまり、白百合さんは俺に嘘をついたんだ。じゃあ、お仕置きしなきゃね」


「お、おしおき……?」



 そうして俺は、瀕死状態の彼女にとどめを刺すべく、彼女をベットに押し倒した。

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