第14話 下着泥棒とやってること変わんないぞ

 俺は、ルリ姉が作ってくれた肉じゃがを食べ終えた後、白百合さんに提案という名の強制をされたアルバイト先の変更について二人に伝える。



「そうだ、一応報告なんだけど、バイト先を変える事になりました」



 すると、結衣が真っ先に返事を返してきた。



「え? もうコンビニバイト始めてから一年くらい過ぎてるよね、なんでわざわざ変えることにしたの?」


「さっき白百合さんに、新しいバイト先を提案されたんだ」


「……ふーん」


「そんなに不機嫌にならないでよ、明日アイス買ってくるからさ……」



 まあ、そうは言っても結衣は白百合さんと初めて対面した時に、彼女を威嚇してあっさりとカウンターされて負けてたし、警戒するのもしょうがないか。


 なんて、俺がそんな風に思っていると、結衣は引き続き質問を投げかけてくる。



「それで、いつから始めるの?」


「明日からだよ」


「……なんか、随分と早くない? 白百合さんの事が好きだからそんなに行動的なの?」


「なんでそうなるんだよ。そうじゃなくて、めちゃくちゃ時給があがるんだよ」


「どれくらい?」


「今までの日給は五千円だったんだけど、明日からは五万円になります」


「十倍!? それ大丈夫なの!? 法律的に良くない葉っぱとか作らされるんじゃない!?」


「それは俺も思ったけど白百合さん曰く、危険なことはないらしいよ……本当かはやってみるまで分かんないけどね」



 そして、俺がそう言うと、怒っていたはずの結衣は突然しおらしくなって、申し訳なさそうに語りかけてくる。



「というか、そんなに危なそうなバイトに手を出さなきゃいけないくらいに生活苦しいの……? ごめんね、私が『柚木ユイナ』として、全然お金を稼げてないから……」


「ああいや、違う違う、落ち込まないで。生活自体はなんとでもなってたよ。でも、バイト先を強制的に辞めさせられたから、仕方がなかったんだよ」


「え? お兄、コンビニでなんかやらかしちゃったの?」


「いや、俺が失態をしたわけじゃなくて、俺の知らないところで白百合さんが店長に接触してたみたいで、知らないうちになんかクビになってたんだ」


「そんな事ある……? どういうこと?」


「俺も詳しいことはわかんないよ。俺に分かるのは、店長が金で買収されたという事実と、明日からバイト先が変わるという事実だけだから」



 俺がそう言うと、結衣だけでなく話を聞いていたルリ姉も同時に驚いた顔をしていた。


 そして結衣は、少し険しい表情になりながら言葉を投げかけてくる。



「ねぇお兄、白百合さんってやっぱり怖い人なんじゃない……?」


「いやいや、環境が変わるなんて生きてれば良くあることさ。俺ができることなんて、現状に適応する努力をする事だけだよ」


「お兄が遠い目をしている……」



 確かに結衣の言う通り、俺から見ても白百合さんの行動力には異常性を感じるし、たまに目が真っ暗になってることもあるから正直怖い。


 しかし、彼女が俺のことを好いているという事実がある以上、あちらから害を及ぼしにくることはないだろう……と、祈っている。


 そして、そんな風に結衣との話に一区切りがついた頃、今度はルリ姉が声をかけてきた。



「ハルくん……無理してない?」


「してないよ。本当に危ない事をさせられるなら全力で逃げるから大丈夫」


「そう……? ハルくんは一人じゃないんだから、困ったらいつでも言ってね?」


「ありがとう。でも今は大丈夫だよ」



 この言葉は嘘じゃない。


 確かに、俺の知らないところで裏から根回しされていたりと、若干怖く感じる部分はある。



(でも、結衣が一人立ちできるようになるまでは、俺がしっかりしなければならない)



 そんな信念が俺にある以上、この程度の恐怖など、結衣が生活できなくなる恐怖に比べればなんて事はない。


 そうして俺が、改めて自分の信念を振り返っていると、ルリ姉はニコニコしながら机を超えて俺に手を伸ばして、頭を撫でてきた。



「よしよし、ハルくんはやっぱり強いね。かっこいいよ」


「ルリ姉……そう言ってもらえるのは嬉しいけど、やっぱり頭撫でられるのは抵抗あるよ」


「うふふ……よしよし」



 そんな風に、いつも通りの態度を見せる彼女だが、その一方で俺の方は、いつも通りではいられなくなってしまっていた。


 それは、ルリ姉が俺の頭を撫でるために前屈みの体勢になっているせいで、普段よりも制服の胸元が空いてしまい、そこから彼女の着用しているキャミソールとブラジャーがチラチラと見えてしまっている事が原因だった。



(うぉ、白だ……パンツと一緒か…….じゃない! 見てるのがバレたら結衣に呆れられる!)



 そうして、俺は内心かなり動揺しているものの、どうやらルリ姉は気づいていないようで、なんだか楽しそうに俺の頭を撫でている。


 それを受けて俺は急いで目をつぶりながら、彼女に問いかける。



「ルリねぇ、時間大丈夫? そろそろ家でないと帰り道で眠くなっちゃわない?」


「あら、もうそんな時間なのね……それじゃあ、今日はこのへんで帰ろうかな」



 そう言ってルリ姉は体勢を戻して、帰宅の準備を始めた。


 現在時刻は八時半だが、ルリ姉は昔から夜十時頃には眠る健全少女なので、そろそろ帰らないと道中で眠り始める可能性がある。



「それじゃあ二人とも、おやすみなさい。また月曜日に会おうね」



 そして、俺と結衣でルリ姉を玄関まで見送ると、彼女はこちらに向けて軽く手を振った後で帰って行った。



(よし、なんとか結衣にはバレてないはずだ……)



 そうして、ルリ姉が玄関の扉を閉めて少し経った後、結衣は目を細めつつ俺に話しかけてきた。



「お兄……頭撫でられてる時、ルリ姉の胸見てたでしょ。あれ、ルリ姉だから気づいてなかったけど、普通なら引っ叩かれてるよ」



 これは困った、最も恐れている事が起きてしまった。


 しかし、ルリ姉がいないタイミングで指摘されるなら、まだ大丈夫だ。


 結衣が言い返せなくなる方法を俺は知っている。



「でも、結衣だって同じ立場だったら見ちゃうだろ?」


「……そりゃ、まぁ、そうですけど」


「それに俺は、見えてるのに気づいた瞬間に目をつぶったし、どちらかといえば紳士なほうじゃない?」


「……それはそう、かも」


「でしょ。結衣も見るって言ったし、見えたら見ちゃうのが普通であって俺が変態なわけじゃないの。ほら、皿は俺が洗っとくから、少し休んだらお風呂入ってきなさい」


「くそぅ……どう考えてもお兄がいやらしいのは事実なのに……なんでレスバで勝てないの……?」



 ……どう考えても、結衣が素直すぎるからだろう。



(もちろん、言わないけど。素直な方が美徳だしね)



 そして、そんな会話を終えた後で俺は、皿を洗ったり風呂に入ったり等、日々のルーティンをこなして、一日を終えることとなった。


 つまり、あとは寝るだけだ。


 そうして俺は、結衣が潜っていたせいで若干彼女の匂いがしているベッドの中で、今日一日を振り返る。



(今日はやたらと濃密な一日だったな……朝に結衣の尻と白百合さんのブラジャーを見て、昼に白百合さんのパンツを見た後に、放課後にはルリ姉のパンツとブラチラを見る……なんだこれ、下着泥棒の一日か?)



 そんな事を思いながら俺は、自身のスマホに一件の連絡が来ていることに気がつかないまま寝てしまう。


 そして俺は、翌日になって目が覚めると、人生初の体験である『知らない天井だ……』を経験することになった。

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