第13話 三度目のファーストキス

 勘違いによって始まったトイレ性癖トークを終えたあとで白百合さんは、俺に向けて新たな提案をしてきた。



「ところで、ちょうど都合のいいことに明日は土曜日ですから、折角の機会ですしまずはお試しということで、どうでしょうか?」


「いや、明日は普通にバイト行くよ。辞めるにしても予め伝えておいた方がいいだろうし」


「ふふ、晴様ならそうおっしゃると思いまして、使いの者にコンビニへと向かってもらい、既に晴様がバイトを辞める事をお店へと通達させていただいていますわ。ですから晴様は何も心配せず、わたくしとの休日を過ごしてくださいませ?」


「えっと、それ本当に言ってる……?」


「はい。店長さんに嘆願の言葉と、それに加えて少々の金銭をお渡したところ、快諾していただけましたわ」


「お金には勝てなかったかぁ、まあ、店長も一人の大人だもんなぁ……」



 もしや、彼女がこんな時間にも関わらずわざわざ俺の家まで足を運んできたのは、休日である明日にこの話を間に合わせる為なのではないのだろうか。


 真相は闇の中だが、白百合さんならやりそうな気がする。


 そうして、今自分が置かれている現状を理解した俺は改めて、彼女との話を続ける。



「なるほどね。俺のバイト先はもう決まってるってわけか」


「はい。それに、コンビニにはわたくし以外の女性も沢山いらっしゃるはずです。晴様の未来における妻として、そんな獣だらけの檻に貴方を閉じ込めておくわけにはまいりません」


「……それって、コンビニという名の檻から白百合さんという名前の檻に移送されるだけでは?」


「おや、晴様はわたくしに飼われたいのですか? では、準備を進めておきますわね?」


「いえ、口が滑っただけです。勘弁してください」


「ふふ、冗談です……そんなに怯えないでくださいませ?」



 そんな会話で俺は、すでに彼女の提案を断るという選択肢が用意されていない事を理解した。


 ならば、その現実を受け入れて乗り越えるだけだ。


 そう覚悟を決めて俺は、白百合さんに返答をする。



「じゃあ、さっそくだけど明日からお願いします」


「分かりました。では、詳細はまた追って連絡いたしますわ。それでは、本日はこれにて失礼いたします……」



 そう言いながら白百合さんは、玄関の扉を開けて外に出ようとし始める。


 そして、俺がそれを見届けようとしていた時、突然扉から手を離した彼女がこちらに近づいてきて、俺は不意打ちで頬にキスをされた。



「……!?」


「うふ、今日のところはこれで我慢いたしますわ……唇の初めてはぜひ、晴様からして下さいませ?」



 そうして白百合さんは、なんだか満足げな表情をしながら我が家を去っていった。


 そのあとで俺は少しの間、自分でも分かるくらいに間抜けな顔をしながら、玄関で呆然と立ち尽くす。



(……今のって、ファーストキス判定にはいるのか?)



 なんて事を考えながらも、ずっと立っているわけにもいかないので、俺は今の出来事を報告するため二階へと続く階段を登ろうとした。


 そのとき、俺の部屋に居たはずの二人が階段の壁からひょっこりと頭を出して、こちらを覗き込んでいることに気がついた。



(おや、結衣とルリ姉がこちらを見ている……仲間になりたいのかな?)



 そして俺は、なんだか不機嫌そうな表情をしていたことを理由に、先に結衣の方に声をかける。



「なにそれ、横向きのモグラ?」


「可愛い妹を存在しない生き物で例えないで!」



 そうして、やはり予想通りに若干怒り気味だった彼女を一旦置いておいて、次はルリ姉の様子を見るために話題を振る。



「ルリ姉は……背が高いから納刀状態のリコーダーかな?」


「え? わたしってリコーダーだったの?」


「いや、違うと思うけど」


「そうなのねー。晴くんが言うなら、わたしもそうなんだなぁって思うよ」



 そんな感じで、なんだか不機嫌そうな結衣とは違ってルリ姉は、今日も今日とていつもの調子だった。


 そこから俺は、今は結衣の機嫌をとる事が最優先事項だと判断して、彼女に問いかける。



「で、結衣はなんでちょっと機嫌悪そうなの?」


「……思い当たる節がないんですか? この変態」


「なんか今日の結衣、俺に対してちょっと辛辣じゃない? 反抗期?」


「お兄が他の女の子とえっちな事ばっかりしてるでしょっ! 今まではそんな事なかったのに!」



 そして、結衣は俺に向かってそう言った後、言葉を続ける。



「お兄が白百合さんに向かって『君がトイレをしてるところが見たい』って迫ってたの、私聞いてたんだけど!」


「なんで結衣も白百合さんと同じような勘違いしてるんだよ! どうせ盗み聞きするならちゃんと聞いておいてくれ!」


「あと、お兄がキスされたのも見た!」


「それはもう俺のせいじゃないじゃんか……」


「それはそうだけど……でもお兄、その後デレデレしてた。なんなら今も鼻の下伸びてる。美少女に迫られて嬉しそうだねー、よかったねー」



 そうして、結衣は悪態を突き続けるも何故かすぐに勝ち誇ったような表情を浮かべはじめて、彼女は語る。



「まあ、お兄の唇の初めては私が奪ってるから別に良いけどね、ほっぺくらいはさ」


「……? 存在しない記憶の話してる?」


「妄想じゃなくて、本当に私が小学校四年生の時にキスしたのっ、お兄と!」


「そんな昔のこと、よく覚えてるなぁ。ま、子供の頃には良くある話だろ。さぁ、夕ご飯を食べようね」


「もっと私とのキスを噛み締めてよ!」



 そんなことを言いながらも結局結衣は、リビングへと向かう。


 そして、その背中に俺も着いて行こうとしたその時、ルリ姉に肩を軽く叩かれて、俺は彼女の方を振り返る。


 すると彼女は更に一歩分こちらに近づいてきて、小声で語りかけてきた。



「ハルくん、ごめんね。結衣ちゃんの前では言い出せなかったんだけど、わたしもハルくんとキスした事があるの……覚えてる?」


「え? ルリ姉、それは流石に嘘だよ。本当にルリ姉としてたらいくら俺でも流石に覚えてるって。いつの話?」


「ハルくんが小学校三年生の時だったよ。ハルくんがお昼寝から起きてすぐのぽやぽやしてるタイミングで『してください』って言って、わたしからお願いしたの……いままで言い出せなくって、本当にごめんなさい」



 そう言いながら頭を下げる彼女に対して俺は、浮かんできた疑問を問う。



「謝らないでよ、別に嫌じゃないし……それより、なんでその事をわざわざ教えてくれたの?」


「えっと、ハルくんが白百合さんにキスされてすごく嬉しそうな顔してたし、このままハルくんの初めてをわたしが貰っちゃったことを黙ってたら、なんだか騙してるみたいでよくないな思って……」


「そんなことないから気にしなくていいよ……ってか俺、そんなに嬉しそうな表情してたの? 鼻の下伸びてる?」


「えっと、ハルくんはいつでもかっこいいよ?」


「あ、ありがとう……?」



 そうして、なんだか配慮してくれているような態度の彼女と話を終えて、リビングへと向かおうとした時、突如彼女が俺の耳元に顔を近づけて、呟いてきた。



「……もう、わたしとはキスしたくないかもしれないけど、したくなったらいつでも言ってね?」



 彼女はそう耳打ちして、リビングへと向かっていった。


 そして、そんな彼女の行動の意味を、俺は考える。



(……もしや、ルリ姉は俺の事が好きなのか……? いやでも、これが他の女の子なら『この子、絶対に俺の事好きじゃん……』ってなるけど、相手はあのルリ姉だからなぁ……昔からすごい距離感近いし、多分今のも、家族としてするスキンシップの一環としての提案なんだろうな)



 なんて思いながら、俺もすぐにリビングへと向かい、夕飯の時間となった。


 そして俺は、白百合さんに提案されたアルバイトの話を、白百合さんと会話した後ずっと不機嫌そうな表情を浮かべている結衣と、しきりに唇を気にしている様子のルリ姉に伝えることにした。

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