第8話 十年間と一ヶ月前から愛してる
俺は『婚約者』の謎について、白百合さんに問いかける。
「聞き方を変えるけど、俺と君はいつから婚約者なの?」
「ええと……今のところ婚約を誓っていただいた日から、十年と一か月、それと十四日と二時間が経過していますね」
「そんなに細かく覚えてるの……?」
「勿論、婚約者ですから」
そうして白百合さんは、ほほえみながらも言葉を続ける。
「では、せっかくですし、そもそもの経緯から説明いたしましょうか……」
そうして彼女は、過去を語り出した。
〜今から十年と一か月と十四日と二時間ほど前の話(白百合春乃の視点)〜
「きれいなお花畑……」
「でしょ? この前、妹と遊んでた時に偶然見つけて、その時から春乃ちゃんを案内しようとおもってたんだ!」
六歳になって少し経った、とある春の日。
彼に導かれるままにやって来たのは、大きく広がる綺麗なお花畑。
そして、わたくしの呟きに言葉を答えてくれるのは、一人寂しく病院で過ごしていたわたくしを連れ出して沢山の遊びを教えてくれた、わたくしの王子様。
今までもこうして様々な所に連れて行っていただいたけど、その中でも今日のお花畑は特にお気に入りになった。
(……しかし、晴様はよく妹さんのお話を聞かせてくださるし、こんなに良い場所を知っているのであれば妹さんも連れて来そうなものだけど……何故いないのだろうか)
そう考えたわたくしは、晴様に問う。
「あの……今日も妹さんはいらっしゃらないのですか?」
「結衣は人見知りだから、俺以外の人も居るって言うと着いて来ないんだよね……無理に連れてくるのはかわいそうだから、今回もいないんだ」
「えっと、それなら、今こうしてわたくしと一緒に遊んでしまって本当によろしかったのですか? 妹さんは、晴様と遊びたがっているのでは……?」
「大丈夫だよ、帰ってたら一緒にゲームするし。そうすれば機嫌もよくなるからね」
「なるほど……ふふ、仲が良いのですね」
「うん。だから今は無理でも、いつかは春乃ちゃんにも紹介したいな」
そう、晴様が笑顔で発したその言葉は、わたくしの深く心に刺さった。
……わたくしは晴様に、言わなければならない事がある。
「残念ですが……それは難しいと思います。ずっと言い出せませんでしたが、わたくしが晴様とこうして会えるのは今日が最後なのです」
「え? なんで?」
「病院を転院する事にきまりましたの。すごく遠くの病院で、もう簡単には会えなくなってしまうのです」
改めて口に出すと、その事実にすごく心が苦しくなる。
そうして、わたくしの発言のあとで少しだけ静寂が続いたものの、晴様が口を開いた。
「どうして、言ってくれなかったの?」
「……会えなくなったら、晴様に嫌われてしまうと考えてしまって……それが、とても怖くなっていたのです。晴様と違ってわたくしにとっては、晴様だけが唯一の特別な人ですので……」
「嫌うわけない! たとえ会えなくなっても春乃ちゃんは、俺にとっても特別な人だよ……そうだ!」
そう言ったあとで彼は、お花を使って器用に花冠を作ると、わたくしの頭にそれを被せてくれた。
「か、かわいいです……」
「花冠だよ。俺たちの思い出の印として、プレゼントするね」
「ありがとうございます……! えっと、に、似合いますか?」
「うん、すごく似合ってる! すごく可愛いよ!」
「そ、そうですか……えへへ」
そうしてわたくしは、大切なものを手にしつつ、よく病室で読んでいた沢山の本に思いをはせる。
その中には、お姫様と王子様がお互いを特別な人と思い合うという物語も多く、お互いを特別な人だと伝えあった先ほどのやりとりは、さながら物語に出てくる王子様とお姫様のように思えた。
そして、わたくしを運命の人として選んでくださる王子様の登場はわたくしの憧れでもあり、もしその人が晴様だったらいいなと、彼と出会った頃からずっと考えていたのだ。
(つまりこれは、婚約……! 晴様は、わたくしを選んでくださったのですわ……! うれしい!)
そうしてわたくしは、晴様へと返答する。
「ふふ……これで、寂しくないです。わたくし、絶対に病気を治して晴様の元へと帰りますわ……それまで、待っていて下さいますか?」
「もちろん! いつまでも待ってるよ!」
そうして、晴様はわたくしの婚約者となることを約束してくださった。
その日から、暗く辛いものだったわたくしの未来は、先が見えないほどに光輝き始めたのだ。
〜そして現在に戻る(晴の視点)〜
「以上が、わたくしと晴様が婚約を交わした際のお話になります。ご清聴、感謝いたしますわ」
「……」
なんか、思ってたよりもがっつりドラマあったな……というか俺、なんでこんな重要なこと忘れてたんだよ。
そして、俺がそんな感想を抱いていた頃、白百合さんは俺に語りかけてくる。
「晴様、思い出していただけましたか?」
「完全に思い出したよ。こんな大切な事を忘れててごめん」
「ふふ、わたくしからすれば、思い出していただけただけで満足です。ちなみに、あの花冠は生花保存の技術を使い当時の形をそのまま残したまま保存して、わたくしの私室で保管しているのですよ」
「……あ、ありがとう?」
「ちなみに、その花冠は今の晴様が住んでいる地域を特定するのに役に立ったのです。さながら、運命の赤い糸のようですね」
「えっと、どういうこと?」
「まず、わたくしが入院していた病院付近で同じ花が生えている地点を全て洗い出し、その付近から子供でも移動可能な距離を計算すると、当時の晴様がどの地域に住まれていたのかをある程度特定する事ができるのです」
「え、なに、もう怖い」
「しかし、その後に住所を見つけたはよいものの晴様はすでに引っ越されていたので、ご近所の方や大家さん等にお話を聞かせていただたのです。そして、そこで手に入る情報を元に、今の晴様が住んでいらっしゃる家を見つけましたましたの」
「もはや現場検証じゃんね、それはもはや運命じゃなくて必然だよ」
そして、そんな会話の中で浮かんだ疑問を俺は白百合さんにぶつける。
「じゃあ白百合さんは、俺を追っかけてここに来たんだ」
「ええ。ですが、わたくしが不審者にさらわれそうになってしまったのは想定外のトラブルでした。しかし、そこに偶然にも晴様が来てくださって、わたくしを助けてくださいました。その際に、やはりこれは運命なのだと確信いたしましたわ」
白百合さんはそういうと、改めて俺の方に向き直って語りかけてくる。
「と、いう事ですので、どうぞこれからよろしくお願いいたしますわ」
「……俺との思い出をここまで大切にしてくれていたのはすごく嬉しい。でも、ごめんなさい。白百合さんとは付き合えない」
「……………………………………………………………………」
「あの、白百合さん……?」
「晴様、理由をお聞かせ願えますか? もしや、他に意中の女性がいらっしゃるのですか?」
そうして彼女は、またしても目からハイライトを消してこちらに問いかけてくる。
それを受けて俺は、すぐさま彼女の問いに返答した。
「そうじゃなくて、俺にとって一番大切な存在の妹が、今はまだ俺を必要としてるから」
そうして俺は、絶対に譲れない件である妹の話を白百合さんに説明する事にした。
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