第6話 あーんですよ、あーん。
「お礼って……もしかして今朝のやつ!? アレを教室でやる気!?」
「い、いえ! ここでアレをするのは流石に……で、ですが、晴様がそれを望むのならば……わたくしも覚悟を決めます!」
「望まないからやめて!」
「そうですか……? では、今回は予定していた通り、別のお礼をお渡ししますね」
そうして、白百合さんと会話をしていると、転校生と会話している為なのか、クラスメイトの視線がこちらに向いているのに気がついた。
それを受けて俺は、制服のリボンとこちらを交互に見つめつつ、なにか考え事をしているような表情を浮かべる彼女を諭して、食堂に移動した。
〜食堂〜
そうして、幸運にも空いていた端の席に着き、持参した弁当を用意していた頃、彼女は覚悟を決めたような表情でこちらを見上げながら、語りかけてきた。
「やはり、わたくしには婚約者としての覚悟が足りませんでした」
「……どういうこと?」
「わたくしは今朝、晴様に下着を見られる事がどれだけ恥ずかしい事なのかをこの身で体験しました。しかし、これくらいで恥ずかしがっていてはこの先、晴様の情欲を満たして差し上げることができない事があるかもしれません」
「……?」
「その証拠に、先程のやりとりでは己の羞恥心に負け、すぐに服に手をかける事ができず、つい怯んでしまったのです。これでは、晴様の婚約者として失格です」
「……??」
「ですからわたくし、考えました。恥ずかしいという感情を我慢できるようになるための訓練をする必要があると」
「……???」
残念ながら俺には、真剣な眼差しをこちらに向ける彼女がなにを言っているのか、まるで理解できなかった。
しかし、そんな俺を取り残して彼女は、机の下で自らのスカートの裾を摘むと、一瞬だけためらった後、ゆっくりと捲り開ける。
「晴様……机の下を覗いていただけますか……?」
「ちょっと何してるの……!? ここ学校だよ!? 早くスカート下ろして!」
「ですが、これでしたら晴様以外にスカートの中を見られることはありませんし、もちろん……その、机の下を覗いていただければ、晴様にだけは全て見ていただくことができます」
「いや、そもそも、なんでこんな事するのさ!」
「どれだけ恥ずかしくとも隠そうとしてはいけないという条件を、私の体に覚え込ませてほしいのです……そうでないと、いつでも晴様のリクエストに応える事ができるようにはなりません」
そう言いながら、顔を真っ赤にしつつ、肩で呼吸する白百合さん。
そんな彼女は、俺以外に背を向けるようにしつつスカートの中がこちらに見えやすいように浅く座り直すと、こちらを見つめたり目を逸らしたりと忙しそうに目を泳がせて、とても恥ずかしそうにしている。
そして、俺の視点からはすでに覗き込まなくとも机と彼女の隙間から、ピンク色の布地がチラチラと見え隠れしていた。
「さ、さあっ、いつ覗いただいても構いません。わたくしの体は晴様だけのものですから……婚約者として、必ずや晴様が満足するまで耐えてみせます。ですからどうぞ、わたくしのことは気にせず……す、好きなだけ、ごらんください」
そんな事を言う彼女は、スカートを捲りあげている自らの拳を握りしめて、必死に羞恥心に抗っているようだ。
……俺に彼女の事情は分からないが、彼女を止めなくてはならない事だけは分かる。
「白百合さんストップ! というかそもそも、その婚約者ってどういう事? 俺には全く覚えがないから説明してくれると嬉しいんだけど」
「……? 先ほど教室でお話ししていた際には、わたくしのことを『思い出した』とおっしゃっていませんでしたか?」
「そこまで聞いてたんだ……じゃなくて、思い出したのはあくまでも昔遊んでた子がいたって事だけだから、婚約とかは本当に思い当たる節がないよ」
「そういう事でしたら、まずは昔の話をいたしましょうか……そちらの方が早く、わたくしのことを受け入れていただけるかもしれませんし」
そんな会話で、ようやく白百合さんはスカートを下ろしてくれた。
そうして、俺が内心ちょっとがっかりもしつつ、それでも一安心していると、彼女はなにかいたずらっ子のような表情をしてこちらを見てきた。
「その前に……わたくし、悪い事を思い浮かんでしまいました」
「悪い事……?」
「今朝のお礼として、わたくしの手料理を食べていただく為に少し多めにお弁当を作ってきたのですけど、ここで交換条件です。わたくしの『あーん』を受け入れてくださったら、婚約者の件についてお話します」
「それ、もし断ったら……?」
「その際は婚約者の件は一切説明しませんが、それでも婚約者である事は変わりません。ですから、説明は無しで『あーん』を受け入れていただきます」
「全然二択じゃないじゃんか!」
そう言って彼女は、大きめのお弁当箱を開く。
そして、そのまま中に入っていた卵焼きを箸で摘むと、こちらに差し出してきた。
「それでは晴様『あーん』してください?」
「あ、本当にやるんだね……」
「うふふ、照れなくてもよいではありませんか……もしや、卵焼きはお好きではありませんでしたか? 甘めがお好みだと聞いたので、それに合わせて作って来たのですが……」
「なんで俺の好みを知ってるの……!?」
「それを知りたいのであれば、わたくしを受け入れてくださいませ?」
「いや、それを言うなら『わたくしの作った卵焼き』を、だよね、ね! 言い間違えだよね!」
「……さあ晴様、婚約者ならば普通の事ですから、口を開けてください。はい『あーん』ですよ?」
どうやら、白百合さんは譲る気はなさそうだし、婚約者だとかの意味を理解する為には彼女の提案を飲むしかないようだ。
そう思った俺が、白百合さんの要望通りに口を開けると、彼女は若干息を荒くしながら語りかけてきた。
「あぁ、そんな……無防備に口を開けて、いけませんわ……!」
「白百合さんがやれって言ったんだよね!?」
そんな会話をしながらも俺は、彼女の差し出してきた卵焼きを受け入れた。
「美味しいですか……?」
「美味しいです……ていうか、本当に俺の好みの味だ、マジでなんで……?」
そうして、戸惑っていた俺と反して白百合さんは、なんだか満足げな顔を浮かべながら、次の唐揚げに箸を運ぼうとしていた。
(……もしかしてコレ、婚約者の話をするの忘れてるのか……? いや、もしや説明をはぐらかして『あーん』を続けるのが目的か……? いや、それはさすがに深読みしすぎか)
なんにせよ、彼女についての説明を聞きたい俺からすれば、このまま流されるままにはいかない。
一度、この流れを断ち切る必要があるだろう。
「白百合さん、俺からも返すよ」
「……へっ?」
そうして俺は、自分の弁当から自分の箸で卵焼きを摘んで、彼女の口元に差し出した。
「はい、あーんして」
「いっ、いえ、わたくしは晴様が一緒にいてくださるだけで充分ですからっ!」
「でも、婚約者とかの詳しい説明は聞けてないからよく分かんないけど、婚約者なら普通の事なんでしょ? なら、受け入れてくれるよね?」
「で、ですがぁっ……」
「はい『あーん』して」
「……あ、あーん」
そうして彼女は、少しだけ迷ったあとで目をぎゅっと瞑ると、俺に向けて口を開いた。
(……この子、すごい押してくるタイプの性格だと思ってたけど、意外と押されるのは苦手なのか?)
なんて思いながら、無防備に開かれている彼女の口に卵焼きを運ぼうとしたその時、ふと重要なことを思い出した。
(まずい……色々あって忘れてたけど、いつも通りならばそろそろ来るはずだ……!)
そして、それと同時に、背後からこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
「は、ハル……くん?」
そうして、無防備に口を開ける白百合さんと、そんな彼女にあーんを迫る俺の元にやって来たのは、三年生の教室からお弁当箱を持ってやって来たルリ姉だった。
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