第2話 天然ふわふわお姉ちゃん、登場。

 俺が朝食の準備をしていると、可愛らしいピンク色のふわふわした部屋着に着替えた結衣がリビングへと戻って来た。


 ……のだが、何故か彼女はいつものように話しかけてくる事なく、俺の事を少し遠くから見つめている。


 そして、俺がそのことに気づくと、結衣の方から話かけてきた。



「……お兄」


「ん、そんな端っこで何してんの?」


「……なんか私に、言うことがあると思いませんか?」


「あー……さっきは悪かった」


「……謝ってほしい訳じゃない。別に、お兄悪くないし」


「じゃあ、なんで俺の様子見てたんだよ?」



 そうして、煮え切らない態度を見せる結衣に俺がその理由を問うと、彼女は何やらソワソワしながらも質問を返してきた。



「なんか、その……感想とか、ある?」


「感想?」


「だ、だからっ……私の、お、お尻を見た感想! なんかあるでしょ!?」


「……? 特にないけど」


「特にない!? 『ドキドキした』とか、せめて『ラッキースケベ嬉しい』とかあるでしょ!? それじゃあ私、ただお尻見られただけじゃん!?」


「いや妹だし……というか、そっちが見せて来たんだろ」


「見られたくて見せたわけじゃないっ! 私、すっごい恥ずかしかったんだけど!?」



 結衣は大切な存在だけど、別に性的な対象という訳ではない。だから、あまり彼女の裸体に興味はない。


 だが、彼女とて年頃の女の子である。


 そして、その女の子に恥をかかせた事は事実だ。ならば年上ないし兄として、フォローは入れるべきだろう。



「まあ、なんだ。その、綺麗だったんじゃないの?」


「……なにそれ、なんか中途半端」


「仕方ないだろ。人の尻なんか見たことないんだから」


「……ま、お兄は彼女なんかできた事ないもんね。女の子のお尻見るなんて初めてだろうし、仕方ないか」



 おい、それは余計な一言だぞ。


 でも、いつも通りの会話ができるようになるには、これくらいの軽口を交わすくらいで丁度良いのかもしれない。



「何を偉そうに、結衣だって彼氏なんかできた事ないだろ」


「私の事はいいのっ! まったくもう、私だから許してあげるんだからね?」


「へいへい、ありがとうございます……それより、そろそろルリ姉くると思うから玄関の鍵開けておいて」


「なーんか対応が雑なんだよなぁ。お兄も私の裸見ちゃって気まずいのは分かるけど、私の方が恥ずかしい思いしたんだからさ、もうちょい女の子として扱ってくれてもさぁ……」



 そうして結衣はぶつぶつと言いながらも、玄関へ向かっていった。


 そして、それと時を同じくして、玄関のチャイムが鳴った。



「あ、やっぱりルリねぇだ! おはよ!」


「ふふ、おはよう結衣ちゃん」



 チャイムが鳴ってすぐ、玄関の方から扉が開く音がリビングにいる俺の元に聞こえて来た。


 そして、それと同時に聞こえて来たのは、結衣の声とは対極的に落ち着いた女性の声。


 この声の主は間違いなく、以前の家に住んでいた頃からの知り合いで、俺と同じ高校に通っている、一学年上の幼馴染『七傘瑠璃ななかさるり』のものだろう。



(最近は予定の時間通りにウチまで来れてるし、ルリ姉も道を覚えたのかな)



 ルリねぇが初めてこの家に来たのは、俺と結衣が引っ越してきた去年の事であり、その時の彼女は高校二年生だった。


 その当時は『来る途中に綺麗な蝶々を見つけて追いかけてみたら迷子になってしまった』なんて事件を起こした事もあったけど、三年生になった現在はさすがに迷わずにウチまで来れるようになったらしい。


 そして、彼女がわざわざウチに来てくれているのは、俺と結衣が住んでいるこの家は彼女の両親のツテを使って格安で借りているもので、かつ、この家はルリ姉の家とも距離が近いので、その繋がりから、俺たちの生活に不便がないかを確認するためらしい。



(ルリ姉の両親も俺ら兄妹の面倒まで見てくれるくらいにいい人だし、ルリねぇもほぼ毎日来てくれてるし、律儀なのは遺伝かな)



 なんて考えながら三人分の朝食の準備を続けていたら、結衣の声が聞こえてきた。



「あ、そーだ聞いてよルリねぇ! さっき、お兄に裸見られたー!」


「あら、わたしもハルくんに裸を見られた事があるし、結衣ちゃんとおそろいね」


「へっ!? な、なんで!?」


「えっと……ハルくんに『一緒にお風呂入ろう』って誘われたからだよ?」



 そんなルリ姉の発言の後、突然バタバタと廊下を走る音が聞こえてきて、その後すぐに結衣だけがリビングに戻ってきた。



「お兄いぃぃっ! ルリねぇの優しさを利用して手出したの!? さいってー!」


「そんな事はしてない! 誤解だっ!」



 そうして俺が、全く身に覚えのない話について弁解しようとしていた頃、ルリ姉は風呂場の洗面台で手洗いうがいを済ませたようで、結衣が開け放した扉からのんびりとリビングへ入ってきた。


 いつも通りに、胸元にリボンがついたブレザータイプの制服を着て、スカートは長めにして黒いタイツを着用している様子のルリ姉は、男の俺と大差ない程に背が高く体つきは全体的に細い。しかし、胸には決して大きくはないがしっかりと膨らみがある。


 また、全体的に色素が薄いのも彼女の特徴と言えるだろう。


 そんな、文句なしの美少女である彼女は、クリーム色の腰まで伸びた長髪をなびかせながら、右側に泣きぼくろのついた少し垂れ目ぎみの目を細めてほほえみつつ、俺に話しかけてくる。



「ハルくん、おはよう。今日もいい天気で気持ちがいいね」



 そして、そんな呑気な発言をする彼女に、俺は先ほどの発言に対する説明を求めた。

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