「踏切でのこと」

 カンカンカンカン

 甲高い金属音を響かせながら、踏み切りの遮断機が下り始める。

 頑張って、全力疾走した。

 西日がちらついて、目がくらむ。間に合わないと思って走るのをやめた。

 お母さんから「絶対、ここ踏み切りは無理して渡ってはだめよ」と小さい時から言われ続けているから。

下がる棒をくぐり、たくさんの人達が向こう側へ走っていく。

 朝と夕方は、電車の行き来が激しく、一旦下りた踏み切りはなかなか上がらない。

 ただ電車の行き来が激しいだけではない。踏み切りと踏み切りの間の距離がとても長い。レールがいっぱいある分、電車もいっぱい通過する。

 開かずの踏み切り。

 世間で言うそれ。

 駅前にある百均の帰り。あまり急いでいるわけじゃない。

でも、遮断機が上がったら真っ先に渡りたかったので、踏み切り近くまで待つ。

 私の左後ろで、ピンクづくめの小さい女の子とそのお母さんが「急ぐのは危ないのにね」と話している。

思いっきり車道だけど、そんなの関係ない。みんな、自動車や 単車の前で待つ。

「あー、待って待って」

 と、ぱんぱんに膨らんだ緑色したスーパーのマーク入りビニール袋を両手に2個ずつ持った中年のおばちゃんが、後ろから駆けて来た。

 そして、私の前で遮断棒をひょいと上げ、ぷくぷくした体を屈めてさっさとくぐり、とてとてと走っていく。

 信号無視した最後のおばちゃん。

 踏み切りの真ん中辺りに来て、突然止まった。

 荷物を持ったまま右足を引っ張っている。

 サンダルが、レールに挟まれたらしい。

 踏み切り前で待つ人達がざわつき始めた。

 このままでは、電車に轢かれてしまう。

「おっ、なんだなんだ?」

 私の右斜め後ろから、男の子が人をかき分けてきた。

 野次馬根性だな。何気なく、その子の方に首を動かす。

 薄茶色のボトム地のズボン、白シャツ。女の子みたいに後ろでくくった長い黒髪。

 あっ、この子知ってる。3年生の時、二月。駅ビルであった餅つき大会で、桑田佳祐の「東京」を大合唱しながらお餅を丸めていた変な男子らの一人。よその学校の子で間違っていなければサカシタと呼ばれていた気がする。

「あー。やばいな、こりゃ」

 踏み切りを見ていたサカシタ君と、ふと目が合ってしまった。

「あっ、あああっ、お前っ」

 手先を上下に動かし、私の顔に指差して、そのまま下のあたりに指をさす。

「それそれ、ひとつくれよ」

「は?」

「それだよ、それ、袋の中の」

「えっ、これは……」

「あー、時間ない!」

 私が右手に提げているビニール袋をひったくると、中から黄色いビニールネットに包まれたビー玉を取り出した。ネットを無理やり指で破り、ビー玉を一つつまみ、残りを私につき返す。

 唐突過ぎて、何がなんだかわからない。

 ビー玉を大事なものを両手で包んで息を吹きかけるような、それともこっそりと隠しマイクに言葉を録音する様なしぐさをとる。

 ブーッ ブーッ

 電車が警笛を鳴らしながら踏み切りに向かってやってくる。

 踏み切りを待つ人達はよりざわざわする。

 まだ、サンダルは抜けない。

「当たれ!」

 サカシタ君が小さく叫んだ。

 パーマ頭に、何かが当たった。

 おばちゃんが前のめりに倒れる。

「あーッ」

 向こう側からも喚声があがる。

 ブーッ

 耳に響く警笛が鳴り、電車が踏み切りを通過した。


 ガタンゴトン ガタンゴトン


 電車が踏み切りを横断しきる前に、歓声が起こった。

 おばちゃんは、よたよたしながら遮断棒をくぐり、対岸の人込みの中消えていった。

 サカシタ君を見た。

「やばっ、この踏み切りしばらく渡れん」

 苦笑いして、人ごみの中どこかに行ってしまった。

 図工で使う予定のビー玉を勝手に取られてしまった事に、ふつふつと怒りが。

 なんだったのだろう。失礼な子だ。

 斜め後ろにいたピンクの女の子が、お母さんのスカートを引っ張った。

「ねぇねぇ、おかーさん。」

「どうしたの?」

「どうしてじめんからいっぱいのおててがはえてて、おばちゃんをつかんでいたの?」

「えっ?」

「おにいちゃんが、まるいものなげてたでしょ。おばちゃんにまるいのがあたったら、おててきえちゃったよ。なんで、おかーさん?」


                                   END

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せきぴこ気まぐれ短編集 セキぴこ(石平直之) @sekipico70

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