せきぴこ気まぐれ短編集

セキぴこ(石平直之)

「換気扇」

 新しい部屋が決まった日。

 簡易キッチンでお湯が沸くのを待ちながら、カップソバの包装フィルムをペリペリと剥がす。

キッチンと向かい合わせになっている隣部屋のドアが開く音がした。

 ドンドンドン。

 慌しい足音。

 客人でも来たのだろうか。しかし、自分には何にも関係がないので、蓋を指定位置まで開封し、スープの素と天ぷらを取り出す。

 スープの素をソバにかけ、乾燥した麺の塊の間に満遍なく広がるように、カップを両手で持ち傾けたり、前後左右にまわしたりする。

 壁向こうからは男女の言い争うような声。ガーン。ドーン。

 ピーっと、白いケトルが蒸気を噴出しながら笛を吹いたので、一つ口しかないコンロの取手を左から右に移動させ火を消した。

 コンロ上部の換気扇の丸い「弱」スイッチを切った。

 緑のカップに湯を注ぎ、蓋を閉め、蓋がめくれ上がってこないように青いふちの小皿を置いた。

 窓際のエアコン下にある二十インチのテレビがCMになったので、部屋の真ん中においてある水色のコタツテーブル上のリモコンを取り軽くザッピングする。

 CMか野球かゴルフか碁か。

 つまらんなとスイッチをオフにしようと思った時、2時間サスペンス女優が画面に映った。

 いつかの夜の再放送だろう。

 休日のおやつ時は、この手の再放送が多い。

 リモコンをテーブルの上に置いた。

 青い塗り箸でソバをかき回していると、テレビの音がおかしい。

 左と右から聞こえる。

 気持ちが悪いので、部屋に行ってテレビを切り、リモコンをテーブルの上に投げ捨てる。

 キッチンに戻る。

 ソバをちょっと味見。私は、ちょい硬めが好きだ。

「キャー」

 ドンドン。

 ガシャーンガシャーン。

 換気扇から僅かな音が漏れて出している。

 再び部屋に行き、テレビのリモコンのスイッチを押す。

 「あの日。言い争って、思わず……」

 犯人と思しき地味な顔の女優が、岬で自白しているシーンだった。

 テレビの音声を消し、右手にリモコンを持ったまま、換気扇に向かって左耳に手を添えそばだててみた。

 ファンファンファン

 パトカーの音が聞こえる。

 画面にも赤灯を回す複数のパトカーが。

 換気扇を通じて音が、漏れているらしい。



 簡易キッチンの前で、食器を新聞紙に包みダンボールに詰める。

 「ん?」

 コンロ上の換気扇から、変な臭いがしてくる。何だろう。何かが腐った様な臭いだ。

 風呂場とトイレの換気扇を回しているので、キッチンの換気扇を通して隣部屋の空気が流れ込んでいるのだろ。

 風呂場外の壁に設置してある換気扇のスイッチを切った。

 臭いは止まったが、微妙に不快な臭気が留まっている。

 部屋の窓を開け、キッチン上換気扇の「強」のボタンを押す。

 グオーンと低くて太い音をさせ、ファンが回る。

 部屋の外から新しい空気が流れ込み、臭気がファンに吸い込まれ外に流れていく。

 今まで、全然気にならなかった。

 まあ、いい。

 新しい部屋が決まって一ヶ月あまり。先住者の引越しが数週後だったのと、自分の予定の関係で一ヶ月も経ってしまった。

 今日で私はこの部屋を出る。 

 新しい部屋は、マンションだ。

 プレハブのお安くこさえてアパートと違うのだから、きっと快適に暮らせるだろう。

 入居した時も挨拶などしてないのだから、お隣の女性にも挨拶はしなくていいだろ。第一、普段から話したことも挨拶したこともないし。

 にしても、2ヶ月前に、チラッと見かけた以来見かけないな。

                                  

                                  END


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