とある青年の話

一華凛≒フェヌグリーク

とある青年の話

むかしむかし あるところに

神様と精霊とに愛された青年がいました。


青年は、道に迷っているおばあさんに道を教えたり、怪我をした子どもの手当をしました。運のない目にあっても、にこにこと笑って「そういうこともあるさ」と受け入れました。精霊たちをよく敬い、神様への感謝を毎日捧げていました。

年老いた祖父母の面倒をよく見て、働きづめの母を助けるために家の事の大体を取り仕切っていました。

苦労が多いのに毎日笑っている青年のことが、神様も精霊も大好きでした。


愛される青年を、虫の一匹も暮らさない沼がねたみました。

自分はほかの精霊たちにも魚にも虫にも汚いと言って嫌われるのに、青年は何をしないでも好かれている。

沼の目には、このように物事が見えたのです。

沼は、ある時大声で青年を呼びました。


「もし、前通り過ぎた人があんまりに臭いと言って走った拍子に、わたしの中に指輪を落としていったんだ。潜って持って行ってやってくれないか」


青年はすっかり沼の言うことを信じてしまいました。

2枚しか持っていない服を脱ぐと、汚くてどろどろの沼にためらうこともなく入りました。


「しめた」


沼は青年をぎゅっと抱え、足をすくい、喉に入りこんで、とうとう青年の息を止めてしまいました。

これを見ていたお日様は大層怒って、沼を跡形もなく燃やしてしまいました。

そうして干からびた沼の跡地から大切に青年を助け出すと、沼の命を使って青年を生き返らせました。

青年は嘆きました。


「どうして私一人、死神の手から逃れることができるでしょうか。生命は生まれた以上必ず死ぬものです。死んだら決して元には戻らないはずです。どうか私をもう一度眠らせてください」


お日様は何度も考え直すように説得しました。

この世の様々に美しいものを青年に見せました。

この世の様々な幸福を青年に与えると約束しました。

けれど青年は、首を縦には振りません。

お日様は泣く泣く、青年をもう一度眠らせることにしました。


こうして青年は、2度死にました。


けれど、あちらこちらの精霊たちが何度でも青年を起こしました。

ある精霊は青年の母親から頼まれて、ある精霊は青年の若くして亡くなった姉に頼まれて、ある精霊は青年の近所の猫に頼まれて、ある精霊は青年を自らの眷属にしようと考えて。

様々な理由で青年は何度も生き返り、そのたびに眠ることを求めました。


「やぁやぁ、これはなんとも面白い」


道化の化粧をした、いじわるで楽しいことが大好きな神様がこれを見ていました。


「人間としての生は終わり? 眷属として生きたくない? ならばこうしよう」


神様は人形に青年の魂を閉じ込めて、青年の友人たちに渡しました。


「その子は死にたがっている。でも、何を言われても人形を壊してはいけないよ」


友人も家族も、みんなが青年とまた話せることを喜びました。

あんまりにみんなが悲しんで引き留めるものだから、青年も「眠らせてくれ」とは言わなくなりました。何度も生き返っていたから、今度も同じことが起きるだろうと諦めたためでもありました。


数年が過ぎました。


青年の家族も、友人たちも、すっかり青年の魂がこもった人形のことを忘れてしまいました。

だって、話すことしかできません。

一緒にご飯を食べることも、一緒に畑仕事をすることも、一緒に遊ぶこともできません。

ただしゃべるだけで何もしない青年を、次第にみんなが羨ましく思うようになりました。

ある時青年の友人の一人が、妹に青年のことを悪く言いました。

話すだけで愛される、話すだけで何もしない、昔はいい奴だったのに、と。

友人の妹は、兄を悲しませる青年のことを大層嫌いました。


「そんなら、人形を壊しちゃえばいいじゃない」


友人の妹は、こっそりと青年の家に忍び込むと、青年の魂がこもった人形を床にたたきつけた粉々にしました。


次の瞬間。

もくもくと、暗い煙が人形から立ち上りました。


「私はもう死んでるんだ! ちゃんと眠らせてくれ!!!」


青年の魂を閉じ込めた人形は、壊されると青年の心も壊してしまう仕掛けがされていたのです。

壊れた青年は、人間でも人形でも死者でも精霊でも神様でもない中途半端な存在に変わってしまいました。

壊れた青年は、怒りに任せて手あたり次第に様々なものを壊しました。


慌てた精霊や神様が青年を眠らせようとしましたが、長い間眠りから叩き起こされ続けた青年の魂は、もう眠ることができなくなっていました。

怒った神様たちは道化の化粧をした神様につめよって、何もできない人形に変えてしまいました。

怒った精霊たちは青年を壊したすべての人間を小さな炎に変えてしまいました。

狂った青年の周りには、謝りたくても謝れなくなった小さな炎が揺らめくようになりました。


すべてを見ていたはじまりの神様は嘆きました。

「元はと言えば、過ぎた寵愛が招いたことだ」

「神や精霊が住まう世界と、生物が住まう世界は別々であるべきだったのだ」


こうして、世界は二つに別れました。

どちらにも行けなくなってしまった青年は、終わりを求めて彷徨うようになりました。

はじまりの神様は、最後に青年へ一つの祝福を送っていなくなりました。


「貴方が自分のしたことを償い終えたとき、貴方の人生は終わるだろう」

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とある青年の話 一華凛≒フェヌグリーク @suzumegi

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