童貞の取説~江崎君て、童貞なの?~
勢いで調子に乗ってグイっと日本酒を飲み干す。自分でも分かるけどスピン気味な言葉が出てきてしまっている。私、多分酔っているんだ。
「私にモテるとかキレイとか言ってクレセントだけどさ‥‥江崎君こそ、そのルックスで、その身長で、バンドやっていたんだから、女子いっぱい集まって来ていたと思うんだけどな‥‥いっぱい女食ってたんじゃないの?」
バンドは確かに微妙だった。素顔が見えないし音楽性が一般受けしなさそうだから‥‥けど身長が高くてスラっとしていることは隠せない。
前も否定されたけど、絶対信じられない。信じられないなら今が悪い関係ではないのなら、それはそれで置いておけばいいのに、置いておけない。ついつい確かめてしまう。
「そんなことないって。僕、誰とも付き合ったことないし」
「はいーそこは嘘ー」
「いや、本当だって。恥を忍んで言っているんだよ?」
「いやいや、そこは無理ー!」
「ちょっと角谷さん酔ってる?」
いちいち反論するたびに手を高々を上げていた。なんでそんな動作しているのか自分でもよく分からない。
江崎君が誰とも付き合ったことがない?江崎君が童貞?そんなわけない、絶対ない!
――――だってすでにクラスのカーストトップですよ系の顔付している和井田さんが媚び売って近寄ってきてるじゃん。ないない、絶対ない。
自分が嘘‥‥ではないが、嘘のような隠し事をしてしまうために、素直に相手の言うことを『そうですか』とは受け取りにくい。自業自得だ。常に実は女がいっぱい居まして‥‥と言われても良い心構えをしないと怖くて無理なんだ。経験を多くしてしまうということは、逆に素直になれずに臆病になっていくことなのかもしれない。
――――でも、もし、仮に彼が誰とも付き合ったことなければ‥‥彼は童貞ということになる。それは――――
私はそこまで嫌な感じではない。むしろ嬉しい。面倒くさい部分もあるけど、嬉しい方が多いかな。
スクールカーストの立場から言えば確かに童貞というのは良くない。男子たちは物凄く気にしている。女子と性交渉を持った男子は天下をとったかのように振舞い、それができない男子たちを見下す。十八歳になっていわゆる風俗店で捨てて来ても『風俗童貞』と言われてしまい、まだ童貞のラベルを剥がしてもらえない。
女子の場合は所属するグループによる。そのグループが遊んでいるグループなら日常会話の中で男との行為が出てくるし、したことのない女子に対して『アンタいつまで処女なん?』みたいなことを平気で言って煽ってくる子たちも居てる。そのグループの色に合わせて決まる‥‥というところだろうか。ただスクールカースト上で見れば『早い=高い地位』『理想的な相手=高い地位』そういう位置づけになる。
その子の性格と考え方に依存すると思うけど、女子は男子ほど相手が初体験で喜ぶ割合は高くない。心から『嬉しい』と百パーセント思う子もいれば、真剣に『面倒なだけ』って思う子もいる。男子のようにできれば『処女』あるいは『処女寄りの少ない経験』であってほしい、と分布が固まっているわけではない。
『面倒くさい』と思ってしまうのは、女がゲットしたい男をキープ・ホールドするために身体を使うのに、プラスアルファせっかくするなら、やっぱり自分も気持ち良くなりたいと思うからである。
つまらない男たちの少ない特技の一つはこれだったりもする。しかしあんまり日常一般常識的なことや、約束を守る誠実さや、愛情が抜け落ち過ぎていたら女だって当然のように賢者タイムになる。女の賢者タイムはそうなるタイミングが違うだけ。「伏線の回収」とも言われている。
そうなると段々イケなくなってしまう。これは私だけかな?
あと、それ系の男たちは自分だけが一番うまいかのように根拠のない自信を振りかざしてくるが、『一回そういう男同士でやってみ?』って思う。
アンタよりうまい男なんて次から次にいるからって。ここは悲しいかな経験値がものを言う。
『童貞は面倒くさい』‥‥面倒くさいかな‥‥?
私はあんまり思ったことがない。童貞を相手した数が少ないというのもあるけど、無いわけじゃない。その時に周囲が言うほど面倒くさいとは思わなかった。
確かによくラノベとかである経験者の女の子と未経験の男の子がそういうことをする時に、普通に女の子は、未経験の彼のリードに身を任せて、気が付けば最後までうまくできていました、みたいなことになっているけど、あんな風にはなかなかうまく行かないだろうなあというのが私なりの経験――――男の子も初体験は大変である。
まず『暴発』させてしまうこともあるし、その後自分のやってしまった失敗に落ち込んで、『緊張で不能状態』になったりする。あるいは最初からとにかく緊張してしまって無理な子もいる。男子の中には『格好良く思われたい』『うまくリードしたい』『女子を気持ちよくさせてあげないと男じゃない』というプレッシャーが上回って勃たなくなる人がいる。
(案外そういう男子の方が、実は良い奴で、長く付き合えたりするんだ)
――――野球部エース‥‥‥ふと彼との行為が脳裏をかすめた。
そしてこの『暴発』『緊張で不能状態』のミックスになったようなことが何度か続いて、やっとうまくできるようになる。そこまで根気よく付き合ってあげなければいけない――――つまり、『男』にしてあげる、という気持ちで望むということ。
私はこのマインドに昔からあまり抵抗がなかった。むしろ男から強引なことを一方的に上から押し付けられる方が嫌で、そんな奴なら行為中にシバきたくなる。現に本当にシバいて終わったことがあったなあ。
でも、なかなかこの気持ちになれる女はあんまりいないみたい。私が特殊なのかもしれない。周りと話していて、『えー面倒くさい』『何でそんなんせなあかんの?』『上手な人だけがいい』『亜香里、気ええなあ』って言う女子が割と多い。
確かに私も『面倒だな』とは思うけど――――誰だって初めての時はあるやん。生まれてきた時から経験者で達人なんてこの世に一人もいないわ。なのにそれがいまいち分かっていない男女が、結構いる。
だいたいあんなものはやっているうちに自然とうまくなってくるし、相手のことが分かってくるし、もしそういうコミュニケーションも可能ならオープンにして教え合いっこすればさらに良くなっていくもんだ。
嬉しさは、やはり何者にも染められていないキャンパスを自分色に染めて行く。そして誰にももう上書きはさせないで鍵をかけて保管して、また自分だけがこっそりそのキャンパスを染めて行くのを楽しむ。自分だけが‥‥である。
私はやっぱりこれが好き。さらに男子が初めてだとなんだか自分が合法的な泥棒行為をしたようで、その後ろめたさが適度に背徳感をもたらしてくれて私は燃えるのである。
――――て、何考えてんの?
気が付けば、また涎を垂らしかけていた私が居た。目の前にいる超絶美男子が悪いのだ。私の中の肉食獣(ケダモノ)が獲物を見つけたようだ。
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