同盟はこれからも‥‥‥

緊張から解き放たれて少し休憩してホッとしていたくせに、数分じっとしていれば、いつ戻ってくるのかな?と気にしてしまう。再び取ってきたお肉は一人で全部食べるのは嫌だったので遠慮の塊が三枚ほど残っている。チューハイを飲んでは置いて、髪をいじる、パーカーなのに袖口を引っ張ってみる。

「ごめん、ちょっと遅くなった」

待っていた低めの声が私の斜め後ろからかかる。

別に待っていないふりをするけど、自然と笑顔がこぼれてしまう。

「ならんでたよ、この時期多いね」

「ええ?マジで?」

そう言われると少し心配になってくる。男子が並んでいたなら女子は結構大変かもしれない。

「私も行っておこうかな‥‥」

「早めに行っておいた方がいいね、あ、阿須那さんも行ってたよ」

「ああ、あの子はそういうの先さきやって卒の無い子やから‥‥」

「めっちゃ睨まれちゃったけど」

「え?あの子が‥‥?」

「あ、大丈夫よ」

「ごめんなさいね‥‥私が先にちゃんと江崎君のこと言っておくべきだった」

今日の反省はこの一点に尽きる。ここさえなければ百点満点の日だったのに‥‥

「気にしてないから‥‥けど何か誤解が残っているのなら、ゆっくりでいいから解きたいかな‥‥」



誤解‥‥私の今までの男関係から家族に迷惑までかけたあの事件から、あのような攻撃的な態度に出るのはしごく当たり前のことだから。ただその矛先が江崎君であることは間違いでしかない。彼は全く違う人種の人だから。私にとっては天使だから。阿須那も天使だから、天使同士は、仲良くしてほしい。そしてそうしようとしてくれる江崎君の心の広さにまたじんわりと嬉しさがこみ上げる。それと同時に少し似たような、それでいてまた違う気持ちが湧き上がる。その正体は‥‥


「私、ここ数年、ちょっとうまくいかない相手ばっかりだったのよね‥‥で、失恋ばっかしちゃってて」

そう、『最大限自分を良く見せたい』気持ち、だ。


「そっかあ、角谷さんモテるだろうからなあ」

「ううん、そんなことないよ。けどたまたま連続で重なっちゃったというか、私も焦りがあったというか‥‥」

「うん」

相変わらずえびす顔は変わらず、柔和なことこの上ない。

けど、私が何かに逃げて、その逃避行先が男で、そこで失恋を繰り返して家族がちょっとお冠なほどよろしくなかった、という事実は阿須那のカミングアウトでもう逃げられない。そうなるとその範囲内でできるだけ良いように言い逃れるのが手段。


「高校卒業して、最低限このぐらいのレベルの大学には‥‥って思って頑張って見合う予備校に行ったんだけど、やっぱりだいぶ高校でさぼりすぎていたみたいで、正直付いていけなかったのね」

「うん」

本当のことを吐露できるところはする。その方が真実味が出るから。

「それでたまたまその時に現れた男の人と知り合って、付き合いだしたけど、うまく行かなかった。そして別れて、寂しくてまた別の人‥‥ってしばらくなっちゃって。そうしたら成績も全然振るわなくなってしまって‥‥‥」

「そっかあ‥‥」


嫌だったかな?

ベストに言えた気がしたがお気に召さなかったのか心配になる。

きっと江崎君はあの家の人ではなかったとしても、きっと良い家の御子息様。

そういう家って伝統やら仕来りとかがあって、たとえば「代々男子は処女としか結婚してはいけない」とかいうのがあったりする。現に私の高校時代にもそういう男子がいたし、中学校の時なんか、付き合うのは処女しか嫌だって平気で豪語する男子が結構いた。多分あの時は幼なかったからというのもある。そしてたとえ処女でなくても『過去の恋愛話なんて聞きたくない』という男子もいる。その辺りは人によりけりで分からない。

しかし今回阿須那がカミングアウトしてしまった以上、なにかしらちゃんとした?声明を私としては江崎君にしておきたかった。そうでないと「いい加減なことを繰り返す女」と思われてしまいたくなかったから。



「まあ女の人は二十歳ぐらいまでに、ある人は色々あるよね。それに‥‥僕たち訳アリ同盟だし」

茣蓙の上で胡坐をかいた状態で、私を見てニヤリと笑う。

笑ってくれた。

この笑顔のおかげで、不安や心配はスッとその影を消す。


逆に江崎君の方が少し申し訳ないような雰囲気になり、

「いや、何か、別に疑うわけでもなかったんだけど、角谷さんの訳ってシンプル過ぎたというか‥‥間がごっそり抜け落ちているように実は思ってた」

多めの前髪をくしゅっと手でかき、

「ごめんね、変な詮索をして‥‥」

と気を使ってくれる。


――――私なんて詮索を何回していると思っているの?

そんなことは言えないから、「ううん、大丈夫」なんて口角を上げて心が広い人かのように演じて見せる。まるで自分の方がマウント取っていますと言いたげに。不利なのに有利なふりをする、そういう女は割といる。そして今私もしてしまっている。後で泣きを見たくなかったらこういうことはしない方がいいのにってやりながら自分で思う。

「そうだよね‥‥私たち訳アリ同盟だったよね」


二人とも少しずつ訳がある。訳が無ければこの年であそこにはいない。そんな二人だからぶっちゃけちゃってもいい。彼はそう言ってくれている気がした。


けど、私はやっぱり少しでも江崎君に良く思われていたい。それは‥‥‥‥‥

(いや、それは違う、認めない)

じゃなくて、江崎君がとても良い人で、勉強を熱心に教えてくれて、私にはかけがえのない友達‥‥だから。


「さっき伝わってなかったかもしれないからもう一回言うね?」

「うん、何?」

「そのお弁当箱あげるよ。訳アリ同盟組んでくれて。ほんとこんなことしかできないけど感謝の気持ちで」

「ええ?本当に?‥‥ああ、僕がいつもタッパーで食べていたから?」

「ウフフ、そう。気になっていたんだ。江崎君てビシって何から何まできっちりしているのに、そこだけ何でそれなん?って」

別にタッパー弁当が変だとは言っていない。ただ何となく、だ。私的なイメージとしては江崎君には合わない気がした。じゃあこの私の買ったお弁当箱が江崎君に相応しいかと言えばどうか分からない。けどタッパーよりはあっている気がする。

「そこまで見ていてくれたんだね‥‥」

「いや、そこ違和感でしかなかったから」

ハハハッと声を出して笑ってくれた。

「すみません、気を使わせてしまって。大事に使わせていただきます」

『はい』と答えて私はまた新しいビールのプルタブを引いた。


うまくいったぞ!こうなったら祝い酒や!!

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