阿須那と亜香里、そして江崎
『僕たち友達で‥‥阿須那さんが思っているような関係はないから』
(私の事『女』とは思っていないのかなあ‥‥)
女だと思ってガンガンアピールされても困るけど、思われていないとそれはそれでかなりダメージが大きい。
後者を現実的に突きつけられるとやはり心がヒリヒリと痛む。
そしてこれで缶ビール五本目を飲み干し、六本目はさすがに飽きたのでハイボールも買ってあったなと思い出してクーラーボックスを漁る‥‥あった。
自分でも分かるけど‥‥まあまあ酔ってきている。けど歩けなかったり意識が飛ぶということはない。
ヒリヒリとした痛みは、飲んで食ってしたら少しだけ癒える。ちゃっかり最後の方に残ってきていたお肉を私ががっつり頂いて自分の茣蓙のところに持って帰ってきた。
江崎君も結構飲む。しかも顔色が変わらないし、態度もあの柔和なオーラも何一つ変わらない。強い。そしてよく食べる。やせの大食いという部類かもしれない。紙の少し深さのある器にてんこ盛りに残った焼肉を取ってきてしまい、ちょっと笑われてしまったのは想定内で、食欲には勝てない。でも二人で大方食べてしまった。
今、江崎君はお手洗いに行った。
ブレイクタイムだ。
まだまだ慣れ切らない。だからこんなハイペースで飲んでしまうし、さっき阿須那の手によって私の仮面を破り捨てられたのに、まだ継接ぎしてでもちょっとでも可愛く振舞おうと全力でしてしまう自分がいる。
――――今だ。歯に引っかかった肉のかけらを取る瞬間は!
(いやいや、どこで誰が見ているか分からない。やっぱりお手洗いでしよう。それまでは舌と吸引でシーシーと‥‥あ、阿須那がこっちを見ていた)
やっぱり見られている。
目が合ったところで、スッと逸らされた。さっき食べ始めるときにお弁当を取りに来た時も少しだけ話せたけど、さっさと行ってしまった。生徒会の友達のところに戻らないといけないし、さっきのこともある。仕方がない。
――――まあ、あの瞬間、あの時阿須那に対しては、あれが一番効き目があったと思う。
そんなことはないけど、江崎君がふてくされて帰ってしまったとて『ほらやっぱり』だ。その後私がどれだけフォローを入れても信じなかっただろう。
あの場は気がないことを告げられて私は諦念せざるをえない。
プルタブを引くとガスが抜ける音がする。
周りは生徒会のメンバーのご両親や兄弟、後は友達に後輩さん‥‥そしてパートナー(お付き合いをしている人)の方々が談笑したり、お酒が入って気持ちよくなって寝たり、最後の散りゆく桜の中で、それぞれに楽しく時間を過ごしておられる。
私は‥‥もうちょっとお肉が食べたいかな。まだ食べるんかい?と突っ込みが入りそうだが、まだ食べたいから取りに行く。よく見たら焼き手はさっきまでやっていた中村君から変わっていた。酎ハイを置いて立ち上がる。こういう時、酔ってなくても立ち眩みをしてしまうことがあるから要注意なのだ。しっかり立って確認。よし。
歩きだしたら、突然前方左方向辺りからサッカーボールが転がって来た。
「うん?」
「わわ‥‥!」
「ああ‥‥」
ちょうど桜の木で私が歩いてくるのが分かりにくかったみたいで、そこまでではないものの中村君とぶつかりかけた。
「あはは、ごめんなさい」
「いえいえ‥‥こちらこそ!ホントすみません」
一瞬目と目があう。
――――うん?何だろう?
後ろからすぐに彼女さん?らしき子が走って来て中村君の両肩を掴んだ。
「失礼します」
そのまま二人でボールの方へとかけて行く。はっきりとは聞こえないけど、
『阿須那のお姉さん色っぽいなあ‥‥』
『何見とれてんねん、腹立つなあ!』
どうやら私は彼女?さんにヤキモチを焼かれていたらしい。
ちょっとおもしろくなって一人でクスッと笑ってしまった。
阿須那と良い感じなところもあったって言ってたから、似てるんだからそういう反応になってもおかしくないかな。
けどしっかりお肉はいただきます。食欲と色気は天秤にかけられませんので。
戻ってきた時、再度阿須那の方を確認してみたら、いなかった。
★阿須那の視界
トイレに向かっていた。
何となくもどかしかった。
追い返してやろう、それぐらいの勢いで立ち向かった。
小さい頃、私はあまり周囲と仲良く馴染むのが苦手だった。家に帰って勉強して、お姉ちゃんと遊ぶことが楽しみだった。学校に楽しみを見出せたのは小学校五年ぐらいからで、理由は成績が良いほうであるという自覚が大規模な全国テストや学校の成績で芽生え出して自信になっていったのと、『あのキレイでスタイルが良くて、運動神経も抜群でかなり勉強もできる姉』の妹だ、という自信、が理由だった。『お姉ちゃん』と呼んで横に並び、腕を組んで歩くのが誇らしかった。頭を撫でてくれたり、ハグしてくれることが温かくて嬉しかった。同級生やクラスメイトの前なら温かさとプラス、優越感が加わった。大好きだった。自慢だったし誇りだったし、遊び相手としても最高に楽しかった。けど私が小学校六年生ぐらいの時から変わって行った。
『男』だ。
今までお姉ちゃんがどんどんダメになったのは男のせいだと断定しても間違いはない。スクールカーストの立ち位置を気にしてそういう見栄えと体裁だけを保てそうな男を選ぶからゴミカスみたいな奴しか現れない。その中から良いのを探そうとしてもゴミカスは所詮ゴミカス。どこを切ってもゴミカス、ゴミカスの金太郎飴みたいなもんだ。
男がつけばつくほどお姉ちゃんは私の下から遠のいていくようだった。
私も学生生活をそこそこ器用に送ることができるようになって、友達もそれなりにできてきたため、感情に直撃することはなかったけど、ポッカリとした喪失感があった。そして高校二年から予備校に行く手前あたりで、顕著に親との関係性や周囲への当たりも変わってきたように思えた。私は親と違って、静観することでキツく当たることから避けた。意志が強くて自分を持っている憧れのお姉ちゃんではあるが、バカな男を次から次へと相手にしていたら、やはり段々と感化されていく。
――――それでもお姉ちゃんは感化されていない方だ。強い意志は健在だ。
だからああいうバカな男は『何もかも自分の思い通りにならない女だ』となって面白く無くなって別れるし、お姉ちゃんも譲れないところは譲らない。どれだけ恋に落ちても、心も身体も奪われても、頭と決意のようなものだけは奪われない。強くて格好良い人なのだ。だから苦しむ。流されてしたいようにされて生きれば、その時は楽。後で捨てられた時に泣きを見るけど。それでもやっぱり少しずつ少しずつお姉ちゃんの心は歪んでいってたと思う。
――――そして吉川。
陽気なのにゾクっと寒気が走り、思わず肩を抱く。
最低の男だ。そんな男を選んでしまったお姉ちゃんの眼は、バカでくだらない男たちに曇らされて行ってた。で、また吉川の時も途中から醒めて、今度は命辛辛(からがら)、醜態を晒して逃げて帰ってきた。あれが普通の女や流されやすい女ならそのまま家庭まで破綻させて、人には言えないような仕事をしなくちゃいけない身分になっていただろうと思う。
それからは怯えて引きこもった生活へ。
でもそれで良かった。言い方は悪いが強烈なカンフル剤になった。
吉川は良いとは言えないが、自分の誇らしげにしていた悪夢から目を覚まして、帰ってくるきっかけにはなった。
しばらくお姉ちゃんは私のテリトリーの中にいる。学校から帰ったら居てくれる。どこにも行かずに家でご飯の用意をして待ってくれている。帰ってから私も手伝って一緒に作る。良いレクリエーションだ。私自身も嬉しい。それができるようになったら、外に運動しに行こう。お姉ちゃんは運動が大好きだから。きっと良い影響をもたらしてくれる。そして私と楽しい時間を共有できる。それができるようになったら一緒に何か簡単なレジャーをしよう。そのレジャーが今日だった。
二人でやり直していこう。お姉ちゃんが私に自信をつけてくれたように、今度は私がお姉ちゃんを立ち直らせてあげる。任せてほしい。その代わり私のところにだけ居て欲しい。他に行かないで欲しい。やっとお姉ちゃん帰ってきたのに、またお姉ちゃんのことを大して知らないくせに、身体の関係を持っただけで全部知ったような顔をする、バカな男とか現れたら、今度こそお姉ちゃんが壊れてしまって取り返しがつかなくなるかもしれない。
――――なのに、何だよ‥‥もう男かよ。そんなに男がいいのかよ?
(私の気持ち考えてくれたことある?ずっとポッカリと心に穴が開いていたのに)
私は男を知らない。良さも悪さもリアルは知らない。けどお姉ちゃんのを見ていたら知りたいとも思わなくなる。はっきり言って私の男を寄せ付けない雰囲気はお姉ちゃんのせいである。
――――そんなに男っていいものなのかなあ‥‥
連れてきていたあの、江崎って男‥‥今までお姉ちゃんが連れていた男らと全然違う。外見は勿論、雰囲気も発する言葉も違ったなあ。
それに、
(‥‥あと、びっくりするぐらい格好良いよね)
最初対峙したときは『この伊達男』ぐらいに思っていたけど、とげとげしくもコミュニケ―ションをしていても相互間に交わされるもの、感じるものがある。『悪い人じゃないかも』となったとたん、流されるように『あれ?いい男やん』と思ってしまった。
でも信じたわけではない。幾らでも雰囲気だけが良くて中身がカスな男もいる。まだまだ注意しておかなくてはいけない。ただ‥‥
(お姉ちゃんの、男引く力はやっぱ凄いなあ‥‥)
男性遍歴はちっとも羨ましくない。むしろ要らないし、私からしたら不潔で仕方ない。
けど、いざとなったらあれだけ男たちを一瞬で惹きつけてしまえる魅力・力は羨ましかった。後は自分が好む男を惹きつければいいだけなんだから。
あと、正直中村君の件は少しショックだった。何も顔に出してはいないと思うけど。
どこかでそんなことあり得ないのに「自分のことだけを好きでいてくれるんじゃないか」と思っていた節はある。それが今日『彼女です』と後輩の女の子を連れてきた。良く知っている子で良い子だ。何の問題もない。多分そのまま二人何もトラブることがなかったら最後までいける子なんじゃないかなって思えるぐらい良い子だ。中村君も良い男子だし。
私じゃなかった。けど告白されたら多分断っていただろう。だけど私に気があるようなふりしていたくせに、卒業してこんな短時間で私じゃない女の子と短期間で付き合いだしたってちょっと気多すぎません?と文句は言いたかった。
‥‥‥だからおかしいのである。
自分が付き合うかといえば、付き合わないのに、他の女子にさっさと言ったらそれはそれで腹が立つのである。この気持ちはどうしようもない。
はあ‥‥
溜息をついて小道のカーブを曲がっていると、
「あ‥‥‥‥」
江崎さんだ。
すぐに私を見つけてニッコリ微笑んで会釈をした。
私はワンテンポ遅れで会釈を返す。それ以上に目で追ってしまう‥‥見入ってしまう。
結局すれ違い様じっと相手をそのまま目で追って首から江崎さんの方へ向いてしまった。
(めっちゃ見られているやんて思われたやろうなあ‥‥)
何度かは目を離した。けど離せば「もったいない」と心が訴えかけるのだ。
(もっと素直になりぃや、阿須那)
心が私に問いかける。
――――素直って何なん?見たかったら見るだけやし。
そう思ったら彼を見てしまう。
けどそれと同時に、
(ほら、笑われてんで。もう僕のこと好きになったの?とか思われてなめられてんでアンタ)
とも考えてしまうため、また目線を外して横を向く。そうしたらまた、
(大丈夫やって阿須那!もっと素直になりぃや、話しかけたらええやんか)
――――いや、別に話なんかしたくないし。
(ああ、通り過ぎる、通り過ぎるで、もったいない。中村君の次の男子は新幹線のぞみのグリーン車か?はたまたトワイライトエクスプレスの超高級列車があなたの前にやってきたのに‥‥)
――――か、関係ないし‥‥それにお姉ちゃんの人‥‥やんか。
(江崎さんはお姉ちゃんとは友達でそういう関係じゃないって言ってたよ?)
――――!!
思わず顔を上げて、切望に負けて彼を見る。それが通り過ぎる際だったため、顔が横に向いてしまうほど見てしまったという、先程私が恥ずかしがっていた理由だった。
――――別に関係ない。そう何もない。何もないのである。
(じゃあ何かがあれば、さらに何かがあるのかもしれない?)
ということでもある。
(私の心って、こんなやかましいやつだったかな‥‥?)
中村君のことや、ちょっと今の不慣れな大学生生活で、おかしくなってるなあ‥‥
芽生えだした新しい気持ちを、あくまで否定し誤魔化すのだった。
過ぎ去っていく江崎さんの背中をもう一度振り返って、そしてまたそれを否定するかのように駆けて行った。
★阿須那の視界 終了
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