恐怖のご対面 前編

そこから私の仕事はこれと言ってない。阿須那が紹介してくれる友達にきっちり丁寧に笑顔でご挨拶するぐらい。生徒会をしていたような子たちだからか、みんな丁寧に挨拶してくれる。私も「いつも妹がお世話になりまして‥‥」と付け加える。


挨拶一つで大違い‥‥。


自分や自分の高校三年生時代の取り巻き、あるいはその後の竹村らのグループとは大違い。「おいーっす」「チッス」「ちわーっす」下手したら挨拶しない人とかもいた。それを『人見知りやから』であっさりスルーしている環境。悪い環境の中でだいぶと崩れてきてはいたけど、両親からは「挨拶」に関しては口酸っぱく厳しいぐらいに躾けられてきたし、それが当然のマナーだと思っていた私からしたらそういう人の存在は軽蔑でしかなかった。そして先輩や怖い人が来た時だけは、「あーっす!!」←何言っているか分からない絶叫している風にしか聞こえないような挨拶で深々と頭を謝罪レベルに下げる。そんな両極端‥‥どう考えてもおかしな社会だった。その中にいれば「あれで社交的」だと平気な顔をしていたが、今の阿須那の友人たちと触れあって、いかに自分が異質な集団の中にいたか良く分かる。あんなんで自分たちは社会性が高くて社交的で、社会のどんなところでも活躍していけるだなんて本気で思っていた。

(この子たちの挨拶、丁寧さ、仕草、言葉遣い‥‥自分がこの年だった頃と雲泥の差だ)

また一つ思い知らされて、心がチクリとしたところで、スマホのメッセージアプリが、江崎君の到着のお知らせを伝えてくれた。


ちなみに中村君がどの男子かも分かった。確かにちょっとイケメンだったような気もするし、熱いイメージのある男子だった。だけど‥‥横に生徒会の後輩の女子を連れていたような気がしたんだけどね。そのことはまた、タイミングを見て阿須那に聞いてみようと思う。ひょっとしたら阿須那にとってはセンシティブな問題になったかもしれないから。



「ごめん、早かったよね」

「ううん、大丈夫」

ずっと心臓がドキドキしていて、不安で、うまくいくかどうかばっかり考えてしまって、それを誤魔化すように何かしていたけど、また不安で‥‥。そんな堂々巡りをしていたのに、やっぱり姿を見て、その場に近寄り声を聴けば、心の中が段々温かくなって

自然と頬が緩む。「結構いっぱいだね」

「うん、私たちが来たときはそうでもなかったんだけど」

今の時間帯ならきっと駐車場に入れていない。皆バーベキューやら、何かスポーツやら、それぞれのレクリエーション目的で駐車場は既に満車になっていた。勿論さっきの私みたいに道具出しや雑談をしている人たちがたくさんいる。



そんな中でも彼はその背の高さでまず目立っている。本格的にスポーツに打ち込んでいたように見える男子たちも駐車場にはたくさん見かけるけど、その中で彼が入ってもまだ一、二位を争うぐらい大きい。


スラっと縦に細長いシルエットから、余分な肉はついていないのだろう。けど肩幅は広く、胸板も細い体型にしてはしっかりとある感じ。

まるでAIによって美しく見えるように計算されつくして配置されたかのような顔のパーツに、芸術家によって作り上げられたような輪郭、フェイスライン。

黒曜石のような双眸がこちらを向いて、その瞳の中に私が映し出されている。もし彼がメデューサだとしたなら、私は喜んで石になるだろう。


「じゃあ、行きますか。あ、まだ早すぎる?」

もうすでにイカレてるけど、今日は私が進行役、彼がスペシャルゲスト。イカレてるけど一応しっかりしている。

「ううん、セッティングはもう終わっていて、バーベキューするのはもうちょっと集まってからになりそうだけど、もう座って待っていても大丈夫よ。何なら一杯飲んでいてくれていいよ」

駐車場から集合場所への小道を歩き出す。彼を誘導するべく、私の方が少しだけ先を歩く。

「悪いよ、何かやれることがあったら手伝う」

「ああ、ないない。私ですらない。妹の学生会の子たちがほぼ全部やっちゃってたから」

前を向いたままなら失礼なので、顔を彼の居る側にいつも以上に向ける。いつもはそこまでの角度じゃない。きっと私の方が少し前を歩いているのだと思う。

その美しい顔、姿が木漏れ日に照らされて、オフホワイトのパーカーを着ている彼は、天使が私の少し後ろで姿を現してくれたようにさえ見える。

――――これ‥‥めっちゃいいかも。フェティシズム?

彼より先に歩き、彼を私の方へと導くこと‥‥それがこの後すぐに迫ってくる不安を全て忘れ去ってしまうほど‥‥異常に気持ち良く感じた。


昔、実話かあるいは物語かどちらかは覚えていないが、幼子が可愛すぎて病んだ女性が連れ去ってしまうという物語があったけど、少しだけその気持ちが分かった気がした。

――――いけないいけない、私ったら変なこと考えちゃっている。



「江崎君、お酒は飲むよね?」

「うん、割と飲むかなあ」

「へぇ、好きなんだ?」

「うん、あんまり大勢でとかは飲んだことないけどね」

「え?じゃあ今日のはマズかったかな?」

「ううん、角谷さんがいるし、妹さんにも会えるし」

そうだった‥‥ご対面があったんだ。すっごい浮かれていた。

そんなこと記憶の片隅から宇宙の彼方まで飛んでいくぐらい喜びに満ち溢れていて、何ならちょっとだけ変なことまで妄想してしまっていた私をしっかり漢字一文字で戻してくれた。


『妹』


阿須那はまだこの瞬間も、女の友達が来ると思っている。

「あ‥‥ははは‥‥‥」

しかも数日前に阿須那がした、私に対するあの愛情表現‥‥

キューッと胃が締め付けられていくような気分。

「あ‥‥」

バーベキュー広場が近づき、寄りにもよって一番小道に近い場所に見覚えのある人影!友達と笑顔で話している横顔が、スローモーションでこちらを向いたように見えた。

「ああ‥‥‥」

そしてスローモーションにはまだ続きがある。にこやかで穏やかに話していた阿須那の顔から徐々に、でも確実に笑顔が消え、こちらを訝し気な眼差しで見つめだした。

そして「ちょっと‥‥」と友達との会話を止めて、こちらに向かって歩き出す。


私より年下で、私より身体は小さく、私より非力で運動神経も鈍い女の子なのに‥‥。

浮かれモードからしたら急転直下。

(ああ‥‥‥これは全然何とかなりそうにない)

どこか楽観的に考えていた私は、目を覚まさせられることになりそうだった。

私は江崎君を連れて全力で逆方向に逃げ出したい恐怖感に苛まれている。

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