花見の現場に到着

結局江崎君に嘘をついて来てもらわないことも、できなかった。

だってやっぱり大切だし、嘘をついて断るとか、江崎君にはしたくなかった。


――――なんか汚してしまうような気がしたから‥‥

そう、そんな人じゃない。私には天使のような人だから。死にかけの私がさらに失敗して本当に終わってしまうところを救い上げてくれた人だから‥‥そんな人に今まで自分がよくしてきたような不誠実さは、絶対にしたくない。

それに‥‥残念ながらだけど、「彼氏」ではない。だからギリギリ阿須那的にもセーフだと思う。おかしな関係じゃないということを分かってくれると思う。



買い物を終えて目的地に向かっている助手席で窓を半分ほど開けて、春の風を感じながら澄まして髪を風に躍らせる。けど内心は不安で胸の鼓動が激しい。

お父さんの釣り用のクーラーボックスを二個借りた。前日に買い込んだお肉やら野菜やらお菓子類をそれに詰め込んだ。そのままでは入りきらないけど、このコンパクトサイズの車というのは実によくできていて、車の後部座席を左右前に倒す。そうすると背もたれの背面も面一の荷物置き場になる。つまりはフルフラット。こうなれば二人乗りになるけど広くて余裕でクーラーボックスや、ビニール袋に入った食材類を積める。


阿須那が「あのスーパーのお肉最高だった。超おいしかったよ!」と会長らしき人に報告したら、「じゃあお金渡すから選んで買ってきて。他にも色々そこで買えるんでしょう?食べ物は全部任せるわ。その方が合理的でしょ、車運転するんだし」となったらしい。ちょっとボヤいていたところが可愛くてちょっと気分が和んだ。

――――まあ、その方が理にかなっているよね。それに阿須那も元生徒会OBの運営側だからしゃーないね、やらなあかん立場だから。



場所は堺の金岡町。大泉緑地。

途中まではカーナビの案内。それ以上やらせるとだいたいおかしなところに案内されてしまうという説がある。見えたぐらいで止めておくのがベストとか。どうもやたら正面門とか、あるいは一番北側辺りとか、はたまた中心を指したいがゆえに道路一本ズレているとか、そういう現象がよく起きがちなのだ。だから府道百九十二号線に入って、このまままっすぐだと分かれば案内を私が消去するのだ。放っておいたら今度微妙にズレた場所に、意地でも行かせようと何度も案内を修正して繰り返し伝えてくる鬼の執念深さを発揮しだす。それは何度も見ている。うるさいのだ‥‥。免許は持っていないけど、カーナビの操作は家族の中で一番良く知っているのではないかと思っている。



てなことを考えていても、やはり頭の中はだんだん不安が占拠していく。

これから待ち受けるカミングアウトも知らずに、運転している阿須那が助手席にいる私に生徒会のメンバーの子たちの性格の話や、エピソードなどを話している。同じ生徒会の中村君‥‥実はほんの少しだけお互いを意識はしていたらしい。生徒会副会長の彼は主に指導的立場だからどうしても用事を振る立場にある。そんな時阿須那に振ってくることが多かったみたい。まあでもお互い恋仲に発展することはなく、仮に「付き合うか?」となっても「ちょっと分からない‥‥難しいかなあ。分かんないなあ」という感じだったそうだ。その活躍ぶりが悪目立ちになったのか今回の突然、会長からの「買い出し担当抜擢」も??と愚痴をこぼしていた。


とまあ、一応は聞いていないと、何か意見を振られたときに私が良くやってしまう夢想状態で「ごめん、聞いてなかった」ってなったら叱られるし、それで余計に、いざ、ご対面!の時に「あ、姉ちゃんこれで私の話心ここにあらずだったんだ」なんてなったら、返って悪い印象を植えこんでしまうことになる。

私の脳内はキャパ小さいのに、不安の対策と解消と、阿須那の話を聴くことに集中とで、デュアルモードだ。

まもなく大泉緑地へと続くなだらかなカーブに差し掛かったあたりから、背中の肩甲骨辺りの自律神経がひりつくような気分になり、微妙に指先が震えている。


住宅とマンションと歩道の街路樹で見えにくいからか、この緑地公園はいつも突然差し掛かるように見える。左手に森のようなエリアが出現したかと思えば、そこからはずっと蒼々とした景観が続いている。二つほど大きな信号を超えると赤い立て看板に白抜きで『P1』と書かれた文字が見えてくる。駐車場が見えてきた。阿須那は準備班のため開始時刻より一時間ほど早く来るように言われている。私は便乗した人なので江崎君との待ち合わせ時間にはまださすがに早すぎる。


待ち合わせは、緑地内では説明がしにくいからとりあえず私の家の車のナンバーを伝えて、ここの第一駐車場でということにした。最悪他で停めることになっても第一駐車場からなら花見の集合場所までは近い。私が立っていれば江崎君を見つけることができるだろうし、お互い目立つ存在だと思うし。

(‥‥‥‥来ちまったよ~)

我ながらあまり使わないような言葉が心の中で呟かれる。嬉しさ三割、怖さ二割、どうかうまく行ってくれますようにという祈りの部分が五割‥‥

平面青空駐車場に車を滑り込ませて、タイミングが良いのか朝がまだ早すぎるのか、あるいはもう桜の季節から少しズレてしまっている証拠なのか、結構空いている。バックモニターとアラウンドビューモニターでカーナビには後方と同時に自動車が『上空から見たらこんなイメージで曲がっているよ』という映像が映し出される。その気になれば最近の車は自動車でパーキングもできるらしいが、一度やってみたら自動運転での動き方が隣の車スレスレで動くので、怖くなって使わなくなったとか。


内心ビビりまくっているのに、いつも以上に素早く助手席から降りて荷物の取り出しにかかる。まるで何も問題なく今日を楽しむかのように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る