LONELY
固執するのは、固執と言ったら変か‥‥いつもとほんの少しだけ違和感を感じるもの。賢い子だからその尻尾は、私みたいによだれを垂らして出すことはない。けど姉妹だからそこは隠しても隠し切れない。
阿須那‥‥。
「何かあった?」
「え‥‥?」
「大学か‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「変なサークルとかに勧誘された?」
「そんなんじゃない」
前にも言ったが大学内には特定の思想を持つサークルや自治会があるという。高校の部活なんかとは違う。部室は立てこもりができるように二重扉になっていて、ヘルメットに角材やら特殊警棒などを揃えているところもある‥‥知らんけど。
――――前に合コンした時の有名大学の内情話の時に、あいつらやばいよねって話が出たからそこで聞いただけ。実物は見ていない。
そっちではないようだ。
「何か‥‥こんなんなんかあって思っちゃってさ」
「こんなんなんか?」
「うん、楽しいのは楽しいよ‥‥多分、楽しい雰囲気」
「うん」
「けど‥‥一体感がないっていうか、大人っていうか、我関せずって言うか‥‥」
「まあ、そういうところだよね‥‥」
そう、大学はそういうところ。個の存在が百パーセント認められるかわりに、誰も責任を取ってはくれないし、誰の行動もあまり参考にはならないように思う。好き勝手に自分のしたいことをする場所だ。
「だからなんとなーく、ここに居て私ってどうなっていくんだろう?なんて考えちゃう。何もしないで単位だけ取って、友達のような友達でないような子たちと一体感無くただ日々を過ごして、それで社会に出て何になるんだろうって」
「うん」
例え話をするなら、コースを決められていない海のようなところで自分で方向を決めて泳ぎ出すことに阿須那は抵抗があるのかもしれない。プールのようなところでコースを決められているところなら上手に泳げるのに。
「そんなことを中学や高校でも考えたことはあるけれど、そん時は何て言うか「大きな流れ」みたいなもんがあった気がする。受験があったり、私だったら受験と学生会のイベント運営のダブルで‥‥そこの中でクラスの友達との交流もあってダブルどころかトリプルで‥‥ひょっとしたらもっとそれ以上だったのに‥‥今は何にもない。何にもない上に、見つけられない。前は誰かが何となく居てくれたしクラスの中の目に見えないムーブメントみたいなものがあって、そこに乗っかっていれば良かったのに、そういうのもない。あれもあり‥‥これもあり‥‥けど、地雷は確実にある。だから動けない‥‥」
「阿須那‥‥」
自嘲気味に笑う顔には不安の影が映る。私がうらぶれて部屋で引きこもりをしているときに、おそらく徐々に再生してきていることを観察してくれていたんだろう。自分が得意でもないのに「お姉ちゃん、運動しよう」と誘ってくれた。優しい子だ。頭もいい。
私は阿須那の傍に、ベッドの足元、勉強机のそばに座りなおす。もうそろそろお風呂の時間だ。入らないと焼肉臭いままでは明日学校にいけない。だけど、もうちょっと今日は居よう。阿須那の気の済むまで。
「まあ、もうちょっと様子見てみようよ。まだまだ序盤戦なんだし」
「‥‥うん、まあ‥‥結局はそうするしかないんだけどね」
結局はそうするしかない。まだ全体像が見えて来ていないのに、ほんの一部の未来だけが全てに思えてしまった下手な行動は、全く的外れな結果を生み出すことの方が多い。身の危険や精神の過度な擦り減りがないのなら、まだまだ待機。阿須那も不安なんだとは思うけど、擦り減るほど精神的にまいってはいないはず。
目を逸らし、うつ向いていた阿須那の双眸が、不意にこちらをはっきりと見てくる。
「ねえ、お姉ちゃん」
「なに?」
「久しぶりにさ、ハグしてもらえないかな‥‥」
「よっしゃ‥‥」
それぐらいのことで癒えるのならいくらでも!
ちゃんとハグするのは何年ぶりだろう。女子同士だから冗談でしたり、ちょっとプロレスに近い状態での抱きしめ合いはあったり、ヘッドロックなんかもあったけど‥‥
立ち上がって、両手を広げると、スッと席から立って私の胸の内に飛び込んできた。
軽い。本人もがっつり体当たりしてきたわけじゃないし、腕を回して身体を押し込んで来たわけでもなく、小さくなるようにして私の胸にそっと寄り掛かった程度だった。
その代わり私は長いリーチと大きな体を活かして阿須那の全体を包み込むように抱きしめる。それが確認できると阿須那も両腕を私の身体に回してきた。
「よしよし‥‥可愛いやつめ」
私なんかと違って小さくて華奢な身体、なで肩。キレイなボブカットの髪をなでると、さっきの焼肉の臭いプラスと、少しだけ阿須那の香り‥‥陽だまりのような香りを感じる。女同士姉妹同士で色気なんていらない。
大きく呼吸したのが分かる。身体がスーッと上下した。そして顔は胸のところらへんに押し当てたまま呟きだした。
「やっと帰ってきてくれたねえ‥‥お姉ちゃん」
「帰ってきた?元々ずっとそばにいたじゃん」
「いなかったよ。男のとこか、そういうの紹介する悪い女のとこばっかだったじゃん‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
そんなことはない、あの時もあの時も一緒に遊んだ。阿須那だって知ってるじゃん、あの時道歩いていたら私が年下の男子から告白されて‥‥ってそういうことを言ってるんじゃないんだろうなあ。
――――私の気持ちが昔ほど阿須那に向いていなかったと言われたら、そうです、としか言えない。しかも中学生になり、スクールカーストという大きな渦の中に飲み込まれて行ってからは、自分の立ち位置ばかりを気にするあまり、阿須那との付き合いが急速に疎かになっていったんだ。
キュンと胸が締め付けられた。
あの頃‥‥離れたのが急すぎたのかな‥‥ひょっとしたら私が阿須那を置いてけぼりにしたって思っているのかも。
「‥‥‥‥ごめんね」
部屋には静寂が流れる。その中で感じるのは阿須那の心地よい体温と鼓動。
「‥‥まだ大学始まって一か月も経ってないけど‥‥私、寂しいんだあ。なんか‥‥自分が自分で無くなっちゃいそうで」
「そっかそっかあ‥‥」
私もスクールカースト成功者で、阿須那の高校の時の功績からしたらスカみたいなもんだけど、『成功体験が強ければ強いほど、それをリセットする環境に適応するのは難しい』のかもしれないね。
――――でも阿須那は大丈夫。賢い子だから。私みたいに勉強が分からな過ぎてつまらなさすぎて男に逃げたりはしない子だ。
でも万が一がある。男だけじゃなくても特定の危険思想などもある。こんな時は頼りにしている人がしっかり支えてあげなくちゃだめだ。お互い「弱い時」って絶対人生の中で、あるしね。
「だから、ごめんだけど、、、しばらくは、どこにも行かないでね‥‥私のところに居てね」
――――そうなると、江崎君のこと‥‥ここでカミングアウトできないじゃん。。。
可愛い阿須那を抱き締めながら、頭のてっぺんからまた「困惑」という二文字が全身を巡りだす。
困惑はいずれ錯乱に変わるとしたら‥‥
――――また私、錯乱(さくらん)するの?桜(さくら)だけに‥‥
私にとってもう一人、まだ阿須那や家族ほどではないにしても、「大切な存在」として急成長している人のことを思う。しかも今後二年ぐらいに渡っては、家族より重きを置いた方がその後の勉学が捗りやすい存在。打算的でごめんだけど‥‥でもそうでしょ?家族で簿記を教えてくれる人いないもの。。。
江崎君、断る?なんかやっぱその日無くなっちゃったって‥‥いや、それは嫌すぎるし‥‥けど、阿須那になんて言う?別に「彼氏です」じゃないから、大丈夫よね、きっと?
思わぬ阿須那の私に対する愛情表現と、刹那的な戸惑いからの依存に、春の天気のような私の心の不安定感を感じた。
外はいつの間にか、雨が降りだしていた。
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