運命の人 パート3
「あの男の子覚えていない?ズボンのポケットからこんな感じの組紐が見えていたの‥‥」
「え?そうだっけ‥‥?」
自分のことが必死で覚えていない。かろうじて彼らの姿と状況と、左ハンドルの車と、その後どうやって家まで帰ったかと、だけしか、、、そういえば右のポケットから‥‥
「何か出ていたっけ?」
「そう、あれ、これとよく似ている気がするなあ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
右のポケットからチラッと見えていたカラフルな紐のようなもの‥‥それが何かは分からなかった。けど阿須那に言われれば、確かにそんな紐が見えていたような気がする。その程度しか記憶がない。逆にしっかりとじっと客観視していた阿須那の方が記憶には残りやすかったのだろう。
私が覚えているのはその後‥‥甘くて淡いシュワシュワしたラムネのような思い出の方だ。
あの初夏の日、梅雨が明けて急激に暑くなりだした時の蝉の声までは覚えていないけど、
空は私たちの居るところは希望も夢も、どこまでも広がり続けるようなブルー、そして遠くの方にはそれを阻むかのように分厚く不気味で巨大な白い入道雲が発生していた。あの中には某有名な漫画であったように空飛ぶ帝国があるんじゃないかと半分信じていた。
「あれから覚えている?何度か私たち、あの男の子にまた逢えないかなあと思ってあそこに行って立ってたことあるよね」
――――そうそれ。
「人生初のラブレター書いて?」
「そう、お姉ちゃんのラブレター、読書感想文みたいでさ、しかも最後に家の住所と電話番号書いてて、名刺かよ?って」
「ちょっとうるさいね!アンタ~」
茶化すような阿須那の態度に、照れ臭くなる方の淡い思い出が蘇り、当時の恥ずかしさが今に降りかかる。残っているビールを煽る。もうだいぶ温くなっていた。
――――そういう阿須那もよ。
「阿須那も書いてたよね」
「うん。だって好きになったもん。多分人生初。今でもあれだけ劇的に好きになった男の子なんていないわ。もし再会できて、もしもあの時の気持ちと勇気のままの人なら、私、告白して付き合いたいなあ」
「おっと出ました。『山、動く』か?」
「誰が『山』や、お姉ちゃんこそうるせーわ」
さっきのお返しとばかりに茶化し返してお互いのリアクションに笑いあう。阿須那は初めてじゃないように、左手で持って、慈しむように組紐を右手の指でなぞる。そのなぞり方が『女』してる気がして、一瞬チリッと心の中で何かが焦げる。
「お父さんもこんなの持っていたでしょ?」
「ええ?お、お父さんも?」
「多分‥‥だけど、めっちゃ小さい頃、車のキーにこれがついていた気がしたんだけど」
阿須那の不意の質問に焦げた感覚も吹っ飛ぶ。
――――それはまったく覚えがない。もともと車なんて興味がなかったからキーも当然に見もしてなかった。
実はお父さんは江崎家の末裔で隠し子的な存在。。。それを知らずに私は江崎君と禁断の恋に落ちる‥‥ああ、ちょっと待って、そのネタでお話作れそう。しかもちょっとエッチなやつが良いかなあ。
『ダメよ、ダメって言っているのに‥‥』
『亜香里、おまえしか見てないんだ、おまえが欲しいんだよ』
『私たち‥‥私たちは!』
その後は強引に唇を奪われ、割り込むように舌をねじ込まれて‥‥蕩けていく。。。
「お姉ちゃんよだれが出てるよ‥‥」
スマッシュヒットなご指摘に、焦りは禁物。
こういう対応は慣れが肝心よ、慣れが。
「ああ‥‥肉が食べたい」
「いや、今日もうめっちゃ食べたし。また花見の時に食べれるし」
あれ?ダメだった??
私も腕が鈍ったね。もう現役じゃないね。
はい、お粗末様でした!
「まあ売ってるっちゃあ売っているからねえ‥‥」
確かにネット通販や、こういう和の民芸品店とかに行けば売っているし、観光地のお土産物屋さんにもありそうなアイテムだから、特段固執することもないのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます