運命の人 パート2

今から思えば「そうだね」しかない。けどその時は『運命の人』がいつか現れるなんて信じられなかった。そんなの待っていたらいつになるか分からないから、むしろ言い寄ってくる手頃な奴を取り込んで、ものになるか確認して、後は自分用に躾直して行こう、というようなもんだった。



世の中生きて行く上に置いて「あなた才能が有りませんよ」とはっきり言われて、それが真実ならこれほど楽なことはない。

ひょっとしたら私は‥‥って思うからしんどいのである。


恋愛にテクニックはないのかもしれないって言ったけど、これを全消しして、あるとしよう、仮定でね。

あるとしたら当然才能のある子と無い子が出てくる。運のある子、無い子も出てくる。才能無し、運も無しと見えて分かれば高望みはしない。自分の中で一番安定的な小マシな人を選んで生きて行くのみ、だ。それが分からないからひょっとしたらもっと高みへ、恋愛を通じてもっと高みへ行けるのかもしれない、と心のどこかで思ってしまう。


それが悪い方に作用した典型的なパターンが私。


きっと、野球や、バンド、俳優業、作家‥‥夢を追いかけている人たちはみんなこれ。せめて私みたいな自爆パターンにはハマらないで欲しい。そして私も‥‥

――――まあ、もう夢は見ないことにしているつもりなのだけど‥‥



阿須那が何気に勉強机で向き直る。何かを目につけて気にする様子。足をほどき楽な姿勢にして椅子を回転させて机側に向き、再びこちらに向き直ってきた。

「‥‥これ、キーホルダー‥‥お姉ちゃんこんなのあったっけ?」

「あ‥‥」

組紐のキーホルダー‥‥江崎君からもらったやつだ。

別に見られても問題ない。ただもらったというか、あるいは買ったというかが問題なだけ。

阿須那は何やらしげしげとそれを見ている。


「『運命の人』‥‥覚えている?」

「え‥‥?」


意外すぎる問いかけに、思わず声が漏れる?

江崎君のことは、阿須那が知るわけもない。

私自身、どこかで阿須那にカミングアウトした?いや、思い当たらない。

一気にほろ酔いが冷めて行く。




「私あの人と結婚するって言ってた、小学生の頃‥‥」

アルコールのせいではなく、カーッと頬が熱くなってくる懐かしい想い。記憶は鮮明でその時の痛み、辛さと同時に、頼り甲斐や逞しさ、男の子だけど『男』なんだなって認識させられる喜び‥‥まだ幼い頃の、だけどね、思い出した。


「私が自転車で転倒した時のことでしょ?」

「そう、私と二人自転車旅行中に」




自転車旅行と言っても本気のそれではなく、私が八、九歳の時に買ってもらった新しい自転車がお気に入りで、丁度その頃、阿須那も駒が外れてスピードも出せるようになって来ていたから、近所を特にあてもなく走りまくっていた。まったくあてがないわけでもなく、「今日はあそこの五十円のジュースがある自販機に行って買おう」とか「今日は玉出っていうところまで行ってみよう」とか、そんな感じ。


阿須那は危なっかしくてブレーキ操作があんまり上手じゃなく、止まるったら止まりすぎるぐらい止まり、走るったら今度危険予測せずにブレーキを握り忘れて走ってしまう。特にこの辺りは坂だらけだったから、常に気にかけて私が先行で、一応生意気にも指導しながら二人で走っていた。


そんな時だ。偉そうにしていた私の方が思いっきりこけた。

路面電車の線路の隙間に前輪が引っかかって抜けなくなって、そのままこけたんだ。



分かりにくいかもしれないけど、路面電車と生活を共存している人は絶対に知っているはず。線路には丁度自転車の車輪一台分かもうちょっとぐらいの隙間が空いていて、直角に侵入せずに横着して斜めから入るとそこに車輪をはめてしまうことがある。


私は経験不足で前輪がはまってしまい、制御を失って見事にすっころんだ。ちょうど東玉出あたりだ。勢いがついていたら後輪が跳ね上がったり、身体が放り出されたりして結構ど派手な転倒をしてしまう。私は身体が放り投げられて、着地に失敗したんだと思う。

左腕をアスファルトで強く打って結構広範囲な擦り傷を作ったし、左足も同じくで、立とうとしたら立てずにズキン!とした痛みが響き渡り、そのショックで泣いた。今から思えばかなり危ない。自転車を倒したままその場でしゃがみ込んで泣いていたのだから、車もくるし、そして何しろ時間が経てば電車が来る。



「あん時の男の子でしょ?」

私が言うと、阿須那はどこか懐かしさと、珍しく少し頬を染めたような顔をする。


「そう、あの時のクリクリ坊主頭の小さな男の子‥‥格好良かったなあ、今でも思い出す」

白い車が後ろから来ていた。記憶では定かじゃないけど右ドアから出てきた気がする。じゃあ運転?まさか。。。多分外車だったんだと思う。クリクリ坊主頭の小さい男の子が駆け寄って「大丈夫ですか??」って来てくれた。「怪我してるじゃないですか??」「僕の声は聞こえますか?」しきりに話しかけてくれたけど、私はしゃがみ込み泣いていて、阿須那はどうしていいか分からずに茫然。


車からはサングラスをかけたスラっとした髪の長い格好良い感じの女の人も出てきて、後ろの車からは見えないところで起きている事態に想像もせずにクラクションを鳴らす車両を、手信号で追い越すようにと誘導してくれていた。


「とりあえずここに居てはいけない」

そう言って私を「いける?」「大丈夫?」と気にしながら抱え上げてくれた。「痛いよね、ごめんね」「でもここ危なすぎるからね」私より小さいくせに力が凄く強くて逞しくて、だけど気を使ってくれる優しさがあって‥‥危険なところから離れて道の隅の方に連れて行ってくれた。そして阿須那はもう一人の女性、おそらくその子の母親が誘導してくれて、私の傍に連れて来てくれた。やっと阿須那は「大丈夫?大丈夫?」と言って泣きだした。



救急車を呼ぶかどうかを思案していたが、帰れなくなることがとても嫌だったし、その後立とうとすればズキンと痛みはあったものの、立てたので大丈夫なふりをしていた。後から家に帰ってきた様子が普通じゃないからって慌てて病院に連れて行かれて検査したら足の骨にヒビが入っていたんだけどね。

「そういえばそんなこともあったね‥‥」

その後も笑える。阿須那は多分その話をしたいんだ。

「その後、お姉ちゃんと私と取り合いしたんだよね?」

「プッ‥‥そうそう、私の運命の人だって」

「いやいや、私の運命の人よって」

でもそのことと、何で組紐が関係しているのかな?そこが謎なんだけど。

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