上機嫌な日は焼肉が合います
とはいえ、そんな度胸もなく、あれからいつも通り二人で復習して江崎君の最寄り駅まで一緒に帰って来て、その後は私一人帰路に付く。
でも本日の収穫はここ近年で一番大きい。私の一生の中で今のところ一番大きな収穫と言っても過言ではない。
はっきり言う。
嬉しい!!
また鼻歌を歌いながら脱衣場で手を入念に洗う。
胸を張って阿須那に報告できる。
そして私と江崎君の関係も一歩二歩前進した。これも大きい。
洗い終わってタオルで手を拭きドレッサーの鏡を見れば、無意識にニヤけている自分と、こんにちは、状態だった。
あ、そうだ。今日は阿須那はまだ帰っていない。今日は確か五限目まであると言ってた。さすがに大学の五限は専門学校のフルタイムより長い。じゃあ私が洗濯物を室内に入れるのをしておこう。授業も難しいとは思ったけど理解できないとは思わなかったし、江崎君と復習もできたからバッチリだ。よし、お父さんとお母さんのもたたんであげよう。
何年ぶりだろう‥‥こんな満たされた気持ちは。
鼻歌はもう誰の耳にも聞こえるぐらい大きな声にして、お母さんがキッチンで今日の晩御飯を作っているのお構いなしで、ベランダに向かう。そのまま何か幸せな言葉を大声で叫びたいぐらいだった。なんならちょっとスキップもしている。
家の中で大女がスキップをすると、なかなかの迫力ものらしく、
「しぇ、しえ~~~~あんた、どうしたん??」
キッチンから出てきたお母さんが仰天し、慄いた。
お母さんはそんなに大きくない。阿須那の方がまだ小さいけど、私に比べたら全然小柄で、ここのところ中年太りが始まってきている。
『カチャン‥‥』
何かしら小さな金属が。ああ、大事なものが落ちちゃった。
組紐のキーホルダー。さっき家の鍵をあけてバッグに戻さずにポケットに入れっぱなしだった。
ヤバイヤバイ、これ最悪はそのまま洗濯機に放り込んで洗ってしまうパターンになりかねない。
「お母さん洗濯物私が入れるから、そのまま置いておいて。ちょっと部屋に戻って来て、またここに戻るんで」
「ああ、ありがとう」
絶対に無くしたくない。百パーセント私の監視下に置きたい。だからバッグと一緒に持って上がって、勉強机の上に置き、さらに「ヨシッ!」と指差し確認までして、また二階のリビングに戻った。
(フフフ、私からどこへも行かせないわよ!なんてね)
家焼肉。それは至福の時間。目が爛々としてくる。食卓テーブルは不要なチラシでしっかりと油から防御。何なら椅子の周辺の床辺りもチラシを引いて、油の『油断ならぬ意外なハイジャンプ』からも防御する。
今日は最近関西に多く出店しだした量販店で買った上等のお肉。部屋に入った瞬間から勝負は始まっている。甘くてコクのある牛脂の香りが部屋中に広がる。ホットプレートが焦げ付かないようにお母さんが買ってきたところの牛脂で脂を敷いている。そこに私と阿須那がA四ランクの薄切り肉をホットプレートの上でじゃんじゃん焼く。残念ながら専用機はない。なのでたまに油が溜まり過ぎて、その油が熱せられたプレートの上で大きく弾けて肉を取る手を襲いに来る。それもまた定番のあるある。
「アツ!アツツツ!」
と言いながら少しレア気味なお肉をさっさと自分好みのタレにつけて、熱々ごはんにワンバウンドさせていただく。
口の中に和牛の甘みとまったりとした脂の感触と、ひとつひとつ蕩けるような肉質が口の中で痛いぐらいに広がる。
――――ヤバいくらいうまい‥‥至高の領域。本日の目標はご飯四杯。
「あれ?ニンニクたさないの?」
「うーん、まだ明日あるしね‥‥やめておくわ」
「へぇ~、お姉ちゃん結構おかまいなしだったのになあ‥‥私は遠慮無く入れますわ」
チューブのニンニクをたっぷり目に辛口の醤油タレに落とし込んでいく。
そうそう、阿須那、あなたはまだまだ色気より食い気であってくれ。
――――けど、そんなに入れて‥‥友達おらんのかな?友達との会話でさすがにちょっと気になるやろう。いつもなら割とすぐに女友達ができる子なのに。。。
少し気になった。大学というところは必須科目を受講する単位はクラスらしい。けど、それも一日一限、もしくは二限程度。ずっと一緒ではない。だからクラス内で友達ができるかといえば、黙ってじっとしていては‥‥難しいかもしれない。
私の方は、ニンニクもマシマシでタレに入れたい気持ちは満々なのだけど、明日も江崎君と近距離でお話するだろうからここはあえてプラスワンのおいしさは堪えよう。涙を飲もう。私は味噌だれだから結構味は普通でも濃いしね。
しいたけ、キャベツ、ピーマン、じゃがいも。。。先ほどお母さんがキッチンで準備していた野菜たち。えてして茶色一食になりがちなホットプレートに彩をもたらせてくれる。食べるのは肉が圧倒的に多くなってしまうのだけど、やっぱり色彩って大事だと思う。
あと、えりんぎのホイル焼きも登場する。やるなあ~お母さん。。。てかお母さんもめっちゃニンニク入れているし。さすが、エンドレスマスク着用、構内ピッキング作業のパートさん。この辺りはお構いなしだ。
「あ、お姉ちゃん、花見の方の人数はどうなった?」
妹よ、良く聞いてくれた。その質問、歓喜と煙で視界が曇って目が潤むわ。。。あ、煙たいだけか。キッチンの換気扇とリビングの窓全開で対応するが、やっぱり煙はなかなかの曲者。すんなりとは出ていかない。お父さんの席のところにさりげなく置いてあった私のビール(お父さんのスペースに入るか入らないかのゾーンを利用して、お母さんの注意を削いでいた)をすかさずとり、プルタブを引いてガスを抜き、グイッと気付けに一杯飲む。
「行く、あの子も一緒に」
「よっしゃ、うまく行ったね」
ビール片手にサムズアップのポーズ。
‥‥とりあえずここで男子とカミングアウトすれば、非常にややこしいので『あの子』呼ばわりで女子にした。
「ちょっと、アンタどっからそれ(缶ビール)出してきたんよ?」
「イリュージョン‥‥」
「イリュージョンちゃうっちゅうねん。お父さんのために出してくれていたんかなと思ったわ」
『この辺りに』とお父さんがビールがあった場所を指さす。
「まあ、そんな目の錯覚利用して‥‥」
「今日は勉強終わったん?」
「阿須那が遅かったから今日は基本的なことはもう終わらせたよ。後はちょっとだけ見ておきたいところがあるけど、そんなの小一時間程度だから」
「飲みながら勉強かい?ええもんやなあ」
お父さんが苦笑いをしているが、お母さんほど本気の嫌さは出ていない。
「まあ、飲みながら仕事する奴もおるしな」
そんな人いるんだあ。それはもはやアルコール中毒か、
「酔拳~!」やね。
ビール片手にポーズを取って見せる。
「亜香里は今日ご機嫌やなあ」
「さっきもキッチンから出て洗濯物が乾いているか見ましょうと思ったら、スキップしてきて~アンタ身体大きいからびっくりした。ちょうど見かけた時、スキップの飛んでる一番高い所やったから、この子どんだけ大きくなったん??って錯覚したわ」
笑ってしまう。そりゃお母さんから見て、飛んでる高さまで身長に入れたら、むちゃでかいわ。
「巨人がスキップやなあ」
おうおう妹よ、何とでも言ってくれたまえ。今日は何を言われても平気な私でやんす。
「ここ最近一番機嫌がいいよね」
おお、そんな会話している間に、のっけてある野菜やお肉が焼ける。ダメ~!お肉が焼けすぎる~!私が救世主になるべく箸ですかさず救いあげる。一部すでに焦げていたけど、あなたはまだ大丈夫!まだまだ旨味のたくさん残っているお肉ちゃんなのよ!
タレにたっぷり漬け込んで、またまたごはんでワンバウンド、そして口の中にかき込み、タレ付きの追い飯‥‥サイコー!
「で、どんな人なん?」
その質問でいっきに、何かとハイテンションハイスピードだった私が、ノーマルよりもまだ少しロースピードになってしまった。
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これを読んで焼肉食べたくなってくれたら最高に嬉しいです。
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