メッセージアプリのトークルーム

「アハハハ、そういうことだったの?」

「もう‥‥笑わないでよ」

目を閉じて素直に恥ずかしさを表す。拗ねるのは嫌いだからしないけれど、そうすると自分の駄目さを直視しないといけないからやっぱり転嫁‥‥頬を膨らませてみせる。



本気で若干錯乱状態だったと思う。せっかく朝言おうとしたら、和井田さんという伏兵に奇襲を受け(別に攻撃してきたわけではないが、私にはあのタイミングで登場は攻撃にしか思えないのだ)、お昼に言おうとすれば自分の生理現象に苛まれ、昔の自分のやらかしを思い出して凹み、帰り道に、もうどうしても言わなくちゃいけないと意を決して言えば噛んで噛んであらぬ方向に話してしまい‥‥きっとプレッシャーから錯乱していたのかもしれない。



温かいカフェラテを飲んで、今日はミルフィーユを御馳走してもらった。『甘いアンド甘い』で錯乱を解き、頭を回転させよう作戦だ。そんなものでちゃんとどうしたいのか、気持ちを伝えられるようになるものなのか?


騙されたように江崎君の作戦に乗った私は、席で少し飲んで食べてしていたら、意外と落ち着いてきて、スッと言えた。

ーーーー本当にいつもごめんなさい。お金も気もたくさん使わせているのに、全然お返しできていないよね、私。

それなのにちょっと拗ねて見せて‥‥頬を膨らませてさ。高校生かよって。

「ごめんごめん」

笑いながら江崎君が謝ってくれている。謝ることじゃないけどね。



けど、どうなんだろう‥‥キラキラした本当に素敵な恋愛を目の前にしたときに、

自分の経験値というのは意味があるのだろうか。

実はいつだってぶっつけ本番なんじゃないかって気がして来た。

だとしたら、実は恋のスキルなんて、存在しないのかも‥‥



「その日だったら空いているよ」

ーーーー江崎君の答えに私は心の中でワナワナと泣いた。

まるでロックアーティストが最後の曲が終わり、万を越えるオーディエンスから「No1」の人差し指を空に掲げられて、ステージの上から誇らしげにギブソンのレスポールのヘッドをオーディエンスに合わせて空に掲げて見せる私。ギブソンのレスポールがどれだけの伝説なのかは知らない。何となく昔の男たちがよく言ってたから、思い出してみただけなんだけど。


もしくは夏に近い季節の、海風を受けて桟橋をスローモーションで歩く私。将来を間違いないものに決めて満たされた心。そこに現れた二匹のイルカたち。水平線に向かって両手を大きく広げた私を祝ってくれるかのように水面から飛び出してジャンプや一回転を繰り返す。



『ありがとう』なんて言えば喜びが溢れすぎて何かおかしなことでもしてしまいそう。だから言わない。ごめんね、本当は言いたいんだけどね。

たかだか花見に誘っただけなのに‥‥私にこんなところが残っていただなんて。

苦くもあり、けど、甘く切なく、心地よい痛みもある。



「あ、どこで待ち合わせる?現地?」

あ、そうだ。いつまでも夢見心地な話ばかりしていてはいけない。現実的な部分もしっかりしておかなきゃ、当日が台無しになる。

ここからが勝負やんか。お弁当箱とお弁当も用意しないといけないし。


「そうね。合流しなくちゃいけないから、連絡先交換しよっか」

私から連絡先の交換を言い出す。

「うん、いいよ」


とりあえず番号を交換したところで、

「これって放っておいたらメッセージアプリも勝手に入ってくるのかな?」

江崎君がスマホを私に見せてくる。アプリの画面だ。

「初期設定で不許可にさえしていなければ、入ってきたと思うよ」

「特に何もしてはいないけどなあ‥‥良かったら見てくれる?」

「いいの?」

「うん」

そのまま彼のスマホを手に取って操作してみる。


見たくなくともトークルームはどんな人が登録されているのか見てしまう。そうなると必ず働いてしまう悪魔のいらぬ勘ぐり。

(女はいねーかあ??悪い女はいねーかあ??和井田!!和井田はいねーかー??)

なまはげのように心の中で大声を上げて見てしまう。

――――いない。いるけど、これはお母様と、、、お姉さまがいるんだ。

《帰りに明日の朝のパンとミルク買ってきて》

凄くファミリーなトークが画面からチラリと見えていた。そういえばこないだ江崎君と一緒にキューズモールの地下のスーパーで一緒に買い物したっけ。

私のなかで整合性が取れた。


名前のところを、お母さん、お姉さん、に変えていたらどうしようもない。どうしようもない手練れだなあと思うけど、会話も少しだけ見えているところから推測しても、恋人のそれではない。

やはりまだ和井田さんの魔の手は伸びていなかったかあ。

胸を撫でおろす。



もう‥‥どうしてこんなに一つ一つが心配になっちゃうんだろう。

全てを知り尽くすことだけが愛ではない。

分かっているのになあ‥‥



アプリは携帯番号と連動になっていた。つまり通常の設定。見ている間に私のアカウントが入り込んできたので、自ら友達にしておいてあげた。

「ありがとう。滅多に交換しないから、操作方法とか設定とか分からなくて」

しょっちゅう誰かと交換しているように見えるのになあ。

実は全然そんなことなかったことが、さっきのアプリのトークルームで少しだけ垣間見えた。


信じていいのかな?信じて‥‥

あんなトークルームじゃあ、彼女どころか、友達の影も見えなかった。もっと下にスクロールしていけばきっと居るのかもしれないけど、私に見えるのは企業の広告だけだった。

その都度女との会話は消している??

これだけは要らぬ経験を繰り返しているだけにどうしても用心深い。

だとしても不意にこんなタイミングで出してクリーンな訳ないし。

――――独り占めしちゃうよ、私。危ない女になっちゃうよ‥‥

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る