自爆~Do you remenber?~
一限目の休憩時間はとにかく練習していた。
「桜の下で‥‥桜の下で‥‥一杯」
二限目の休憩時間の、何気ない会話の中でちゃんと言うために。
練習が大事よ、練習が。
二限目の休憩時間も言えなかった。江崎君がお手洗いに立って行ってしまったから言えなかった‥‥と言い訳をしている。そんなことは想定内で、しかも戻って来てからも結構な時間はあったのに。
と言うことで、お昼ご飯前かその後で言うことにしよう!
自分で切り替えたつもりなのだが、
意外なものが私に襲い掛かってきた。
そう、意外な生理現象。いや、これは想定できたことだったのだけど、
私が朝早く起きなくちゃいけなかったのに、ちょっとだけ寝過ごしたから省いてしまったことからの‥‥自爆。
もうすぐお昼の時間、あと四十分ほどの時から、空腹感が強くなって来てしまった。お腹が収縮しているのが分かる。
ちゃんとしっかり朝ごはんを食べなかったことが、仇となったんだ。
『亜香里や〜ご飯くれ〜』
お腹に喋らせたらこんな感じだろうか。
「もうちょっと待って。あと四十分で授業が終わるから。そしたらお弁当があるから」
心の中でお腹に語りかける。
『無理や〜お腹すいた〜何か食べさせてよ〜』
私の胃袋は赤ちゃんのようなものである。空腹を我慢すると言うことを胃袋は知らない。
「いや、だからもうちょっと、、、もうちょっとなんだから!」
『嫌だ〜〜〜〜早く食べたいよ〜〜〜!うわーーーーーん!」
『グル‥‥グルグルグル‥‥ギュルゥ』
(はうっ‥‥)
羞恥に耐えながら心の中で叫ぶ。
腹の虫が大合唱というか、大泣きし出した。
――――絶対に聞こえる音やし、隣江崎君に聞こえるし、、、めっちゃ恥ずかしいんですけど!!
体を折りたたむように椅子の上で背を丸めてみる。
これでちょっとマシになるかな?
『グルグルグル‥‥ピギュウ』
余計に何かを刺激したのか大きな音が私の周辺に鳴り響く。しかもこういう音の何が嫌かって、最後らへんがいかにも体液を含んだような甲高い音がしてしまう。あの箇所が特に恥ずかしい。
「ちょっと静かにして〜」
『嫌だ〜〜ご飯食べた〜〜いい!うわーーーーん!』
「よし、よし、じゃあ‥‥」
胃の収縮で音が鳴ると思っている私は、空気を深呼吸をするフリをして大量の空気を吸い込む。そして息を止めてしまう。胃のなかはエアーでパンパンのはず。
これで大丈夫、なのでは?
『ゴロ、ゴロゴロゴロ‥‥ギュイーン』
ここ一番でかい音がした。これは先生のいる教壇までも聞こえているのじゃないかと思えるぐらいの音だった。
息を止めたぐらいじゃあ鳴り止まない。むしろ普通より大きな音が鳴る。
「堪忍してーーーー」
『うわーーーーん!お腹すいた〜〜〜ごはーーーん!』
子育てってこんな瞬間があるように思う。どうしても譲れない大人の事情と、子供は子供なりの精一杯訴えるべき事情が。自分の体の抑えきれない生理現象で子育てを学んだ気がする。
これ今は皆気が付いていても気づかないふりしてくれているし、お昼休みに入ってもその後でも多分話題にはならない。なんかの親睦会の時にひょっとしたらデリカシーのないやつが勢いで言われちゃうかもしれないけど。
けど、これ、他人との間にスクールカーストが介在していた時代なら、地位が低い子なら確実に陥れられるネタを周囲に提供したことになる。次に休み時間、そしてその日の放課後、翌日、またことあるごとに、「プッ、あいつは授業中に大きなお腹の音を鳴らす」「ちゃんと飯食ってこいよ、アハハ」嘲笑われる。
笑った連中らはちょっとした冗談、学生生活の中でよくある地位の高いものが低いものを嘲笑うだけの日常的なこと、で、おそらく記憶にも残ってはいない。しかし、笑われたものはおそらく五十歳になろうと、六十歳になろうと、あの時、あいつとあいつとあいつは、こう言って私のお腹がなったことを笑った!と覚えているだろう。
人はやったことはあんまり覚えていない。
しかしやられたことは忘れない。
そして少しだけ、『自分のある子』は、あの時やったことを、自分がやられた時に思い出す。
それ以外の子は、自分がやったことと、自分がやられたことの関連性や、あの時、やられた子は、こんな気持ちだったのかと思い出すこともない。あるいは思い出しても『いや、あれと今のこれは関係ない』と自分にした言い訳を信じ込ませるのだ。そういう女子たちを何人か見てきた。
私は‥‥周りにつられて笑ってしまったなあ。笑った相手の男の子の名前も、今となっては出てこない。いじめられていた子だった。あんな席順、先生が特権で変えてあげればいいのに。クジでそうなったからと、いじめをしていた首謀格二人が、その男子の後ろの席になった。そこに女でその当時一番悪ぶっていた子と、私。私は充分にそういう子らよりカーストがまだ上にいたから、悪ぶる必要もなかった。ある授業中に、いじめられていた子、お腹の音が鳴ったんだ。そしたらそいつらが笑い出して、抑えよう抑えようとしているのが目に見えて分かった。だってそれは恥ずかしいから。けど、その悪ぶった女子が私の肩をトントンと叩いてきて、そのいじめられている男子を指差した。次の瞬間、はっきりと大きな音が聞こえて、最後は甲高い液体混じりの尻上がりな音がした。男の子は恥ずかしくてピクンと席の上で体を跳ねさせた。
後ろでいじめの首謀格の子らは先生がいる手前、声を殺していたがゲラゲラ笑っていた。笑っているのが前にいるいじめられている子に伝わるように笑っていた。悪ぶった女子も同様。
そして私も――――笑ってしまっていた。
その後、何かことあるごとに、「あいつめっちゃお腹の音鳴ってさあ」って言われていた。
今度ある同窓会には、おそらくあの男子は来ないだろう。
たかだかそんな『負け』‥‥そんな『青春の敗北』は『一生の敗北』なのだから。
ごめんね、名前も忘れてしまった君。。。
お腹の音が鳴ったぐらいで笑うべきじゃなかったね。
あるいはあの後、気にしないで、と一言言ってあげたら良かったね。それか開き直らせてあげるか。お腹の音鳴らして周りを笑わせた、貴方はすごいって。人を笑わせるなんてなかなか大変なんだから。それをやれた!凄い!って。
今自分が一番今後大切にしていきたい人の横で、しかもこれから未来に関わる大切なタイミングで、恥ずかしいぐらい大きな音でお腹が鳴っています。あの時の君が焦って体を丸めたり、お腹を抑えたりした気持ちがよく分かります。
貴方と同じ目に遭っています。あの時貴方が感じたであろう恥ずかしさと同じものに耐えています。あの時貴方が感じたであろう今後の不安に苛まれています。
どうして因果応報っていうものは、やったらすぐに返ってこないのだろう?もしそうだったらどんなバカでも分かりやすいのに‥‥こんなに時間が経過していたら、覚えているのと覚えていないのとがあって、私は覚えていなかったらそれこそ本当に申し訳なく思う。
ごめんね、分かるまでに時間がかかってしまった。
本当に、ごめんね。
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