和井田!話しかけるな!
改札を出る手前ギリギリの右角‥‥男性用お手洗い。そこから、細身でこの中ではダントツ長身のシルエット、黒髪のボブで前髪が長め‥‥一番右側の改札をタッチして、外へ出た。
あれ、、、多分そうだよね?江崎君、逢えた‥‥かもしれない。
心の中で鈴が鳴った気がした。気持ちが溢れて思わず一瞬ボーッとしてしまう。
ハッと気が付いた時には、和井田さんが改札を出たところだった。
和井田さん、心なしか‥‥足早くなかった?
まさか、、、江崎君に声かけるつもり?
ちょっと待ってちょっと待ってよ?
阻止阻止阻止!!
え?何を持って阻止?
いや、とにかく阻止!
まるで国防のための戦闘機のスクランブル発進!いっきに早足で改札まで行こうとしたとき、手に持っていた定期入れが指先から滑って後方に飛んで行った。
(うわーん!こんな時に??)
振り帰って落ちた場所を認識する。約十段ほど上にスッ飛んで行くのが見えた。
慌てて踵を返して階段を一段飛ばしで中学生ばりに駆け上がる。定期を拾い、今度は一段飛ばしで駆け降りる。まだまだ現役の中学生には負けないスピード感で改札のタッチを越えて外に飛び出す。
そして学校のある右方向へ‥‥信号は赤。。。
これだけはどうすることもできない――――
しかもここは国道だから車両が次から次へと目の前を通り過ぎていく。アクション映画張りに横断歩道に飛びだしたら、私は確実に明後日の方向に飛んでいくだろう。
信号を渡り切った先を見てみる――――あ‥‥ああ!
後ろから見ても分かる美しいシルエットの江崎君に、和井田さんが背後から寄って行ってる。徐々に徐々に‥‥後一メートル‥‥後何十センチか。そして‥‥
(あ、何か声かけたな!!声かけたなー!!)
江崎君が反応して横顔がこちらから見える。ここから見ていても世界的な著名芸術家による美の彫刻品のような横顔だ。時々背の高い車が私の前を横ぎるときは、自然と私は上にジャンプしてしまっていて、同じく横断歩道を渡る人たちからは、「この子何してるの?」の状態だっただろう。
(私の居ない時見計らって声かけやがったなークッソー!!)
信号が青に変わる。私は走って横断歩道を渡る。
(あんにゃろう、逆サイドの横から割きに行ってやる!!)
朝は今まで一緒に登校したことは初日だけ。しかも尾行するつもりはないが天然で尾行になってしまったあの一件以来ない。いつも行ったら先に江崎君が教室に居て、教科書やトレーニングの問題集を開いて勉強している。登校する時間がきっと私よりだいぶ早い。
――――ひょっとしたらもうすでにずっと二人一緒にこの距離を歩いて登校していたかもしれない。
たかが七分程度の距離だ。でもその七分間私の知らないところで私の知らない女が江崎君の横に付いているのが嫌なんだ。
いや待て待て。まだ付き合っているわけでもないのにおかしくないか?そんなに嫉妬心をメラメラと燃やして前を歩いている二人に近づくのは少々変ではないか?
‥‥うう、そう言われると、その通り。
別に付き合っているわけでも、付き合う前段階に入ったわけでもない。ひょっとしたら彼にとっては、ただの友達の中にも入れていないかもしれない。それなのにヤキモチを焼いて彼を奪い返すなんて、自分が確実におかしい。
(‥‥‥でも)
二人が何を話しているのかが気になって仕方ない。和井田さんは割と声が大きくて通るようで、時々ほんの少し、何を話しているかは理解できないけれど、少し湿っぽい本日の春の風に乗って、トーンだけは聞こえてくることがある。
今日は太陽は見えず薄曇りで気温が少し低いし、午後からはこの雲がさらに分厚くなって、夕方から雨が降りそうだ。夜からはもっと冷える。
場所によっては雨がもうちょっと早くに降ってくるとか言ってた。一応折り畳みの傘を持ってきたつもりではあるけど、再度バッグ内を確認してみる。
本当はそんな確認なんてしなくてもいいのだ。持ってきているに違いないから。朝入れたから。
見たくないだけなのだ、前の二人を。
見たくないなら違う道を行けばいい。けどそれもできないのだ。さっきから二か所も角を曲がっているのに、まるで追従センサーがついているかのように私は付いて行ってしまっている。目だけは逸らしながら、時折意味もなくバッグの中を見たり、空を見たりして無関心を装い‥‥でも聞き耳は立てて。
あ、そういえば花見‥‥今日の雨でどうなるだろう?
今日の雨は明日の朝には止むと天気予報では言ってたけど、降水量によっては桜はだいぶと無くなってしまうのかなあ。前のバーベキューの時は暑い春で、中旬ごろには葉桜。その中で決行した花見はなかなか青々とした景色だったけど、目的は異性との出会いだったので達していたのかなあとは思う。
思うけど、江崎君を誘ったあとのシチュエーションでオブジェはオブジェとして、予定通りあって欲しいものだよね‥‥そうだ、誘い文句を考えなくちゃいけないんだ。和井田さんと何話しているかなんて気にしている場合じゃなかったわ。
「あ、角谷さん、おはよう」
「‥‥‥‥ビッ!」
一瞬誰から、何を言われたのかも分からなかった。それが振り返った江崎君だと知った後、何処から出た声なのか、自分でも分からなかった。
江崎君は曲がった時に私が見えたのだろう。次の交差点を渡ったところで待ってくれていたようだ。全く他のことを考えながら歩いていて、しかも違うところばかり見ていたら、こんなに近づいてしまっていたことを気づけなかった。
「ビ‥‥?」
和井田さんが私の変な驚き方に不思議そうな顔をしてしまっている。
「お、おはようございます」
(う、うう‥‥失敗した‥‥)
そのまま放っておくわけにもいかないので、とりあえずお二方にご挨拶。
「おはようございます」
クリアで自信がある、良く通る声で返してくる。目線もしっかり私を見据えてくる。
それに比べて私のは弱弱しく、ちょっと噛んでいたし。
三列に並んで歩いてもいいのだが、横に広がり過ぎたら他の交通の邪魔にもなるかと思い‥‥いや、それ以上に並んで歩く自信がないので、後ろをすごすごと歩く。
(何が戦闘機のスクランブル発進だ。完全に撃墜されてるやないか。それかただひたすら日本外交の得意技、「遺憾の意を表明する、せーの『いー!!』って国際電話をかけて言い続けようか?)
そう‥‥‥私はまだこの年齢で「あれは相手国に国際電話で『遺憾のいー!』と言うんだと思っていた。
後ろで聞いていると‥‥
『江崎君はどこから来ているの?』『そう、市内かあ、いいなあ、私は東豊中なんだ』『道は広いけどアップダウンが凄くて、しかも駅から遠くて歩けないわけでもないけど、バス使うかどうかも微妙な距離で』
とまあ、多分今日が初めてなんじゃないかな?と推測できるような会話をしている。
「山ですよ山、もう絶対昔は山だらけ森だらけって感じのところなんですよ」
自分の住んでいるところを自嘲気味に言っているけど、確か東豊中って多くの著名人や芸能人も住んでいる高級住宅街だった気がする。
「それを言うなら僕らのところも山です。近くに山の付く地名があるから、ね?角谷さん」
「‥‥ええ、帝塚山」
大阪の名だたる低山の一つが私たちの住まいなのだ。だけど住んで毎日歩くとなるといくら低山とは言え、あのアップダウンはなかなか辛い。
ちなみに天保山はもっと低いぞ。
「僕ら?」
思い切り和井田さんがキレッキレに反応。多分凄いセンサーが張り巡らされていて、「監視ワード」を逃がさず透かさず捕らえたのだろう。
彼女の顔から笑顔が消えた気がした。そしてチラっとこちらを一瞥してくる。
眼力が強いのでチラ見でも迫力がある。
今の私はこの程度の眼力にも屈してしまう。
――――ちょっと江崎君、誤解されるよ。一緒に住んでいるとか、一つ屋根の下だとか‥‥
誤解されている方がいいのか?
誤解されていれば、私と一緒にすでに結ばれていると思わせれば、この肉食系女子を追い払うことができるのかな‥‥ああ、そうだ。
「そうそう、近所だったんです」
「あはー‥‥‥」
一緒に住んでるんですなんて嘘はさすがに言えないし、江崎君が言う義理もないよね。
二ヘラとしながら語尾は溜息になった。
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