花見と消費税

敬語は無くなってお互い堅苦しさはかなり解(ほぐ)れた。まだ冗談を言い合えるほどではないけれど、初日のようなギクシャク感は少しずつ緩和されて行っている。

まだ残っているけどね。まだ時々変なことになる。完全ではない。


ギクシャク感が取れれば取れるほどに、今度は別の気持ちが大きくなってきてしまう。

ーーーー今、江崎君が居なくなったら、私、無理。


まず勉強が無理。はっきり言って終わった後の彼との復習に頼りきっている部分がある。勿論吉山先生は、絶対に分かりやすく教えてくれている方だ。けど私がまだまだ感覚的に不慣れで、まだ板についていないのだろう。

江崎君がうまく吉山先生と簿記、そして私の間に入ってくれて、私が理解できるように手取り足取りじゃないけど、教えてくれている。これが凄く助かっている。

後もう一つは‥‥‥‥



それはまだ認めない。

いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや‥‥‥‥

まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ‥‥‥‥

おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいって‥‥‥‥

不釣り合い不釣り合い不釣り合い不釣り合い不釣り合い‥‥‥‥

うん、まだ大丈夫、きっと私は大丈夫。

私たちの間には飛び越えてはいけない境界線があるんだから。



と、あの気持ちを否認するけれど、

ーーーーじゃあ和井田さんに持っていかれてもいいのね?



いや、それは‥‥‥あかんて。

ーーーー何で?別に亜香里に関係ないやんか。

いや、あいつはあかん。あいつはきっと江崎君を大事にはしない。ちょっとまだあいつは自分が分かっていない気がする。己惚れたところがあるんだきっと、昔の私みたいに‥‥‥ダメダメ。



と、他の女性の参入は許さない。

付き合ってもいないどころか、まだ何も始まっていない人の今後の恋愛事情を干渉しようとする。

何よこれ?こんなチグハグな気持ちになるなんて‥‥初めて。

そして私はまだ大半の本当のことを言っていない。『訳アリ同盟』なのに訳の真髄を話していない。




ところで、結局今日、花見のことは言えなかった。

お昼は楽しく談笑できた。内心は一緒にご飯を食べることに照れてしまって『ちゃんと上手に箸使えているかな』『食べる顔が変な顔になっていないかな』『食べる速度が早すぎないかな』など一杯気にすることはてんこ盛りだったけど、一応難なく卒なくこなせたと思う。


授業終了後は、『じゃあ、たまにはここで』って江崎君は教室を指した。私は毎回喫茶店の珈琲を御馳走してもらおうなんて期待は端からしていない。江崎君の特別レッスンがあればどこだって、何も無くったっていい。



江崎君は今日授業で習った消費税のことを吉山先生に確認していた。

ーーーーああ、ちゃんと質問している。偉いなあ‥‥

私より遥かに理解していて、私より遥かに深い知識を持っているのに、さらにそれらを強固にするために先生に質問をしにいく。見習うべき姿勢だなあと思う。

教室内は『蓋つきのドリンク』なら持ち込みは可能である。

今日は自販機の紅茶をおごってくれた。

ーーーー本当にいつも奢ってもらってばっかりで悪い。悪いのに何も返せていない。。。

今日は授業では消費税のところをやっている。江崎君の吉山先生に対する質問も、消費税のことだった。耳をそばだてていると、


『輸出がメインの産業って消費税を払わなくて良くなりますよね』


と聞こえてきた。詳しくは私の理解の限界を越えていたので分からないけど、そうらしい。

というのは消費税が「売る先の国」には関係がないから。らしい。


でも日本国内で仕入れた加工用部品や商品には消費税がかかっている。つまり仕入時に支払っているのに、販売時にはもらえない、といった状態になるととても不利益で不平等だということ。その場合、消費税が還付される。ただし輸出がメインの産業は日本の大手企業が多い。その企業たちが輸出で得た利益があるのに消費税も還元されるという、庶民には何とも気持ちの良くない話に聞こえてしまう。まあ父親も一応は大手企業だからあんまり悪口は言えない。



消費税は、仕入れた時に支払った消費税と、売り上げた時に預かった消費税と、それぞれで発生している。これらを決算時に相殺し合う。


期首から期末の仕入が例えば、


<仕入>四、〇〇〇 <仮払消費税>四〇〇 /<買掛金> 四、四〇〇


売上が、


<売掛金>七、七〇〇 /<売上>七、〇〇〇 <仮受消費税>七〇〇


これらを期末で相殺すると、こうなる。


<仮受消費税>七〇〇 /<仮払消費税>四〇〇 <未払消費税>三〇〇


この未払分が納付すべき商売で預かった消費税ということ。ちなみに金額によって分割支払いも可能。そうでないと一気に大金が出て行ってしまい、会社の運営に支障をきたす可能性が出る。

自分が経営者として、この通り扱うビジネスの金額が大きくなったとしよう。スモールビジネスが急成長で大きくなった時は、何だか最初の消費税を支払うのって厳しいのじゃないかなって思う。



これが逆に在庫過多になってしまうようなやりくり失敗状態な感じになると、こうなる。

数字を逆転させる。


<仕入>七、〇〇〇 <仮払消費税>七〇〇 /<買掛金>七、七〇〇


<売掛金>四、四〇〇 /<売上>四、〇〇〇 <仮受消費税>四〇〇


そうすると、


<仮受消費税>四〇〇 <未収消費税>三〇〇 /<仮払消費税>七〇〇


となって還付待ちになる。



ちなみにやっていけば当たり前の感覚になってくるけど、このように消費税が勘定科目として付きまとうのはP/L(損益計算書)の科目だけ。B/S(貸借対照表)の科目にはいちいちつきまとわない。



ということは、今の私にとって、江崎君を花見に誘う、は売上のようなものだ。こちらが、花見に誘わずになかったことにする、という仕入と比較する。どちらが得るメリットが大きいか。


花見に誘わずに、そもそも無しにする、ならば、私の気苦労はこれで終わる。阿須那には「やっぱり忙しいって」とだけ言えばそれ以上詮索されることもない。「女」って言ってあるのに「実は男でした」なんて言い訳をする必要もないし、親バレリスクも無くなる。


――――メリットでかいやん。これ未収消費税みたいなもん。これで行こうかな‥‥

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