第2話

鶴子山公園を後にして次男の試合会場に向かった。


子供達が頑張っている姿はいつ見ても感動する。


練習試合ではあるが手に汗を握ってしまう。


約50分の試合時間もあっという間に過ぎた。




試合観戦を終えた私たちは次の低山を目指す事にした。


山の名は烏峠だ。


試合会場からは少し離れているが、コースタイムが短いため次の試合にも間に合うはずだ。


私はハンドルを握り烏峠を目指した。




しばらくすると妻は助手席で眠りについた。


朝が早かったことと、先ほど鶴子山公園を散策したため疲れが出たのだろう。


私は妻を起こさないように安全運転を心がけた。




しばらくするとカーラジオから流れてくる男性アナウンサーが読み上げるニュースに私は驚愕した。


内容は以下の通りだ。



「本日午前9時頃福島県白河市の鶴子山公園で成人男性が奇声を上げながらローラー滑り台を滑り降りるという凶悪事件が発生しました。


容疑者は未だ逃走中でありますが目撃者の情報によると、身長は170〜175㎝程度で上下黒っぽい服装を着用していたとのことです。


専門家の話によると、その男はどうやら少年の心を捨て忘れている可能性があり、再犯に及ぶ可能性が十分にあるとのことです。


みなさん不要不急の外出は避けて、家にいる時は戸締りをしっかりとするようにして下さい」




私はカーラジオの音量を下げた。


私にとっては都合の悪い情報だ。


ハンドルを握る手の平にじんわりと汗が滲むのを感じた。





鶴子山公園で犯行に及んだ際、目撃者はいなかったはずだ。


私は何度も当時の状況を思い返した。


確かに目撃者はいなかった。

完全犯罪のはずだ。


…。


…。



いや、実際にこのようなニュースが流れるということは完全犯罪のつもりだったという事になる。


私は自分の軽率さに嫌気がさした。


…。


…。


まさか妻が通報したのか?


私は隣ですやすやと眠る妻の顔を見た。




いや、違う。


そんな事をして私が収監でもされたら家に入り込んだ虫を駆除する人がいなくなってしまうし、空になったダンボールをまとめる人がいなくなってしまうし、山登りの後の靴を洗う人がいなくなってしまうし、今日はどっちの服の方が良い?という禅問答にも近い問い掛けに対して心を込めたふりをしながらそっちの服の方が似合うんじゃないという人がいなくなってしまう………。


私の存在意義はなんだ…。







落ち着け。


落ち着くんだ。


今こんな事を考えている場合ではない。



私は冷静さを装い、とりあえずは目的地である烏峠に向かった。



烏峠はカーナビゲーションから得られる情報だと、ピークのある場所まで車で行くこともできるようだ。


しかし、紅葉の素晴らしさに魅せられた私たちは、中腹にある駐車場に車を停めてピークまで散策する事にした。




舗装された道を歩く。


両側には綺麗に色付いた葉が私たちの目に癒しを与える。



心が洗われるという文学的な比喩表現を体感した私は今まで犯してきた罪を償う事を決めた。



ブランコに始まり、ジャングルジム、うんてい、鉄棒、ターザンロープ、ローラー滑り台に至るまでありとあらゆる遊具で奇声を上げながら楽しむという凶悪犯罪に手を染めてきた。



私は烏峠のピークに建つ烏峠稲荷神社で懺悔をした。


神の前で「もう大人気ない事をしない」と誓った。



この程度のことで赦しを得られたかはわからない。


この先の人生で大きな代償を支払う事になるかもしれない。


しかし、幾分か肩の荷が降りた気がした。




その後は見晴の良い広場で少しばかり雪化粧をまとった那須連山を暫くの間眺めた。





満足した私たちは車に戻り次男の試合会場に向かった。



暫くすると妻はコンビニに寄りたいと言い出した。


まだ昼食を取っていないため小腹が空いたようだ。



妻はホットスナックキングの異名を持つアメリカンドックと中華まんキングの異名を持つ肉まんを購入した。



私も空腹感はあったが十数年に一度だけ訪れるストイック期であるため耐え忍んだ。


車内にはとても良い匂いが漂っている。



私の食欲を刺激してくる。


お腹の音がこだまする。


私も空腹だ。


食べたい。



私は妻を一瞥した。

アメリカンドックはすでに竹串だけになっている。


残るは肉まんだけだ。


欲望に駆られた私は妻から肉まんを略奪する事を心に決めた。


どうせ私は罪深い人間だ。


肉まんを略奪しても背負う十字架の重さは大して変わらない。


私はタイミングを見計らっていた。



そんな事とはつゆ知らずに妻は肉まんに手を伸ばし美味しそうに頬張っている。


食べている間も会話が続く。


妻は中々隙を見せない。


肉まんが少しずつ小さくなっていく。


このままでは略奪の前に肉まんが全て妻のお腹に収まってしまう。


私は焦っていた。



その時だ。


妻の声が聞こえなくなった。


私は再度妻に一瞥をくれた。


妻は何やら思案しているようだった。


私の企てに気づいてしまったのだろうか。


…。


…。


いや、違う。


妻はうとうとしているのだ。


お腹が満たされて眠気が襲ってきたのだろう。


残り2口ほどの肉まんを握りしめて眠りにつこうとしている。



要するに赤ちゃんだ。



大人気ないにも程がある。


少年の気持ちを捨てきれずにいる私よりも遥かに罪深い。



お腹が満たされ眠りにつこうとしている妻の顔を見ながら私は思った。



妻よどうやらあなたも懺悔が必要なようだ。

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ある凶悪犯の懺悔 〜福島の山々〜 早里 懐 @hayasato

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