第三章 2

その頃、ナスタ王国のラガーディア邸でも動きがあった。

「公爵、王女が旅立ったようです」

「そうか。では配下を差し向けろ」

「はっ」

 部下が行ってしまうと、公爵は窓から夕焼けを見ていた。さしせまる夕闇を見ていると、時間を忘れた。杯を傾けていると、扉がノックされた。

 振り向くと、娘が入ってきた。

「おお、ローザか。どうしたね」

「お父様……」

 金色の髪、青い瞳、目に入れても痛くないほど可愛がっている、愛しい愛娘。どれだけの陰謀を企ててきた彼でも、弱点はあった。それが娘だった。

「私、やっぱり反対です。その王子、お相手がいらっしゃるんでしょう」

「なにを言うのかね。男はお前を見たらどんな女のことでも忘れてしまうだろう。しっかりやるんだよ」

「でも……」

「移り気な、気の多い男だと聞いている。どうということはない。簡単な話だ」

「そんな方と、幸せになれるとは思えません」

「一国の王子だぞ。末は国王だ。王妃になれるんだぞ」

「でもお父様」

「くどくど言うな。決まったことなのだ。さあ行きなさい」

 娘を退室させて、彼はほっと息をついた。かつて諮った、国家転覆の潰えた夢。今度は別のやり方で実行してみせる。

 杯を干してしまうと、公爵は不気味に微笑んだ。

 一方のローザはため息をつきながら自室に戻ると、どうしたらいいのかわからずにバルコニーに出て、月を見上げていた。

 庭の樹を見つめていると、不自然なざわざわという音がした。

「――誰」

 胸騒ぎがした。

「お嬢様、私です」

 ほっとする。彼だ。

「オーガスト。あなたなの」

 ざわざわ、樹をかきわける音がして、パルコニーの近くの樹まで登ってきた人影がいた。「どうしたの、こんな時間に」

「今日はもうお会いできないと思って忍んで参りました」

 人影が近寄ってきた。

「どうですか、様子は」

「だめみたい。お父様はどうあってもあの王子と私を結婚させるつもりよ。聞いてみたら、愛人がいて子供までいるっていうじゃない。なのに、十七の王女に求婚したっていうのよ。 あんまりだわ。そんなひと嫌よ。私はもっと誠実で、自分を持っていて、強いひとがいい。あなたみたいな」

「……お嬢様……」

「あなただって、少しは私を慕ってくれるているからこうして忍んできてくれたんでしょう?」

「それは……」

「うんって言って」

「……」

「言って」

「……あまり困らせないでください……」

「私、家を出る」

「――え?」

「こんな家、もう嫌。あなたと家を出るわ。結婚なんてしない。王子も嫌よ。あなたがいいもの。あなたと行くわ。いいでしょ?」

「お嬢様……」

「ローザって言って」

「……ローザ……」

「お父様は、明後日出発するって言ってたわ。その前に、私家を抜け出す。明後日の朝、裏門から出て行くから、そこで待ってて。一緒に行きましょう」

「必ず迎えに来ます」

「待ってるわ」

 恋人たちはそこで別れた。

 月だけがその誓いを聞いていた。

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