第三章 1
1
ライアスは家の戸棚の隠し扉を開けた。
そして装備一式を眺めまわすと、しみじみとそれを見た。
「……」
これをもう一度取り出す日が来るとは、思ってもみなかった。
「――」
剣を取り出すと、ひやりとした刀身に手をかける。
柄を握ると、なつかしい感触が蘇る。
慣れた手つきでベルトに差すと、そのまま階下に降りた。何の違和感もなかった。
言われた場所に行くと、グラドはもう自分を待っていた。
「おう、来たな。……なるほど、それが帯剣姿か。そうか。うん。そうか。なるほどな。 決まってるな。うんうん。じゃあ行こうか。こっちだ」
グラドはなにかぶつぶつ言いながらうなづくと、ライアスを先導しながら歩き始めた。 歩いて行った先にはたくさんの馬車があって、若い女と国王が待っていた。
「やあライアス。世話になるよ。娘をよろしく頼む」
国王はそれだけを言い、ライアスに、
「娘は愛人のことは知らない。ぐれぐれも悟られないように頼んだよ」
と囁いた。そして王女に向かって別れの挨拶をすると、グラドにも頼んだよ、と言った。
ライアスは王女と共に馬車に乗り込んだ。
「ライアス様、初めまして。エイリアと申します」
「お初にお目にかかります」
馬車のなかは王女とお付きの侍女が一人、あとはライアスのみである。周囲はグラド以下五人の部下の者が守っているし、簡単に襲撃したりはしてこないだろう。
「随分と遠くへ行かれるとか……」
「はい、リヤウですわ」
今年十七になるというエイリア王女は、頬を赤く染めてこたえた。去年成人したばかりで、父王がよく結婚させる気になったものだ。
「リヤウというと、ここから二週間はかかりますね」
「お相手に強く望まれてのご結婚なのです」
側にいた侍女が、誇らしげに言った。
「結婚は、望まれて嫁くのが一番というものです」
ライアスは窓から差す光に目をやった。森に差し掛かった。森は、身を隠しやすい。
刺客の絶好の狙い目だ。
ライアスは窓を開けてグラドに声をかけた。
「周囲に注意しろ。狙われやすい」
「わかった」
彼も軍人だ。それくらいはわかっているだろう。
しかし、とライアスは身じろぎした。どうも、馬車というやつは苦手だ。それは、シャルルのお付きの時から変わりない。
馬に乗っている分にはいいが、馬車の仕組みは木だし、クッションがあっても座っていると尻が痛くなる。腰は打つし、膝は震えるし、背中はがたがたになるし、女というものはどうしてこんなものに乗っていて我慢ができるのだ。あ、私も女か。
「ところで、ライアス様」
「あ、え、はい」
「ライアス様は、どうして女の方なのに剣を持っておいでですの?」
「へ……」
父親からなにも聞いていないのか、女でも護衛くらいするのに、と言おうとしたところで、相手が十七で結婚しようとしている世間知らずな王女であることに思いが至って、ふう、と息が漏れた。
「王女様、世の中には女でも剣を持つ者が存在するのです。馬にも乗ります」
「では、殿方のように?」
「はい。今日は、王女様に同行して馬車に乗っていますが、普段は騎乗します」
「まあ……」
王女は信じられない、とでも言いたげに口に手を当てた。
「王女様、ライアス様は王女様の護衛のためにおいでなのですよ」
侍女が囁くように付け足した。
「護衛と言っても、お話し相手なのだと思っていましたわ」
王女はころころと笑った。
お話し相手、ね……
ライアスは苦笑した。
強く望まれて結婚するのだというが、愛人がいて、その愛人には子供までいるというのだから、その相手はとんだ食わせ物だ。それで十七の世間知らずの小娘を誑かして結婚しようというのだから大したものである。
「お相手のアール王子はとても誠実なお方だとか。年齢も五つ上で王女様とちょうど釣り合いが取れていますのよ」
侍女は愉快そうに言った。なにも知らないのか、知っていて言っているのか、却ってそれが不気味だ。五つ年上と言ったら二十二だ。二十二で愛人がいて、子供までいるのか。 世も末だ。
ライアスはそっとため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます