第二章 2

盛況だった。

 貴婦人は誰もが美しく着飾り、誰もが紳士に振る舞い、厳選された食材で調理された食事はどれも美味で、灯かりは明るく、みな笑っていて、上機嫌だった。

「大佐」

 部下がやってきて、グラドはそちらへ目をやった。彼は大ホールの警備をしなければならないので、正装をしている。

「どうだそっちは」

「変わりありません」

「そうか。じき終わるから、それまでもうちょっと気を張るようみんなに伝えてくれ」

「かしこまりました」

 いよいよ締めの香茶の時間である。あいつ、うまくやるかな。大丈夫かな。

 グラドはまるで自分のことのように緊張してきて、胸がどきどきし始めた。

 茶菓子が運ばれてきて、招待客にいっせいに配られた。そしてそれと同時に、宮殿のお仕着せを着たライアスが入ってきた。お、借りたのか。なかなか似合うじゃねえか。

 そして彼女は少しも緊張した様子を見せずに大型の茶器で香茶をつつがなく淹れてしまうと、国王に茶器を差し出した。国王はうなづいて、それを受け取った。

 どうかな。どんな反応かな。

 見ていたグラドはどきまぎしてそれを見守った。

 ほう、というため息がもれて、いっせいに賞賛の呟きが聞こえてきた。それは段々と、ざわざわという囁きになっていった。

 グラドは自分のことのように誇らしくなって、こほん、と小さく咳をした。

 国王がライアスに何事か言い、それにこたえてライアスが一礼した時、それは突如として起こった。

 突然乱暴に複数の扉が開けられ、そこから覆面の賊が乱入してきたのである。

「何者だ」

 グラドはすぐに反応した。ライアスは後ろ手に国王を庇い、周囲に目を配った。

「ふっふっふ。このままこの会はお開きだ。しかし要人の誰一人として帰国してもらっては困る。このまま地獄に行ってもらおう」

 抜き身のその男は国王に向かっていった。近くには、誰もいなかった。

「!」

 いかん、間に合わん――

 グラドの背中に汗が流れた。大失態だ。いや、それどころじゃない。失職だ。

 しかし、意外な人物がそれを止めた。

 その人物は目にもとまらぬ速さで男の剣を叩き落とし、それと同時に男を殴り飛ばすと、叩き落としたその剣を拾い上げて向かってきていた複数の男たちに対峙していた。

「――」

 グラドは息を飲んだ。

「ライアス……」

「油断するな。敵は複数だ。廊下からも来るぞ」

 気合の声と共に、覆面の男がライアスに斬りかかってきた。ライアスはいとも簡単にそれを切り伏せると、廊下から入ってきた男たちをあっという間に倒していった。

 グラドは自分も男たちと戦いながら、その手際に見惚れた。

 なんだあいつ……ただ者じゃないとは思ってはいたが、なんであんなに強いんだ

 ライアスは来賓の婦人たちをいちいち庇いながら、男たちを倒している。普通、そんなことはとてもできるものではない。戦いぶりに余裕があるからできているのだ。

「大佐、大変です。入り口で複数の見張りが倒されています」

「援軍を呼べ。こっちは手が足らん」

 もっとも、あいつがいるならそれもいらないかもな。ちらりとライアスを盗み見て、そんなことを思う。ライアスが剣をひと振りすると、誰がしかが必ず倒れた。電光石火、まさに早業であった。

 右に左に、ライアスは移動しながら敵をどんどん倒していく。

 ライアスが窓を背にした時、グラドはちょうどその側にいて、彼女の正面にいた。

 キラリ、なにかが光った。

「いけねえ!」

 軍人の勘が働いた、とでも言おうか。なにが見えたというわけではない。

 しかし、グラドは確かにその時、まずいと思った。そして反射的に、ライアスを突き飛ばした。

 シュッ……

 窓を突き破って、一筋の矢が飛んできていた。それは真っすぐに、彼の腕に突き刺さっていた。

 部下が思わず大佐! と声を上げ、ライアスがそれに振り返る。

「俺は無事だ。制圧しろ」

 こいつら一体何者だ――戦いながら、グラドはそれだけを思っていた。

 弓矢まで用意しているとは、周到だ。

「大佐、入り口、閉鎖しました。一番廊下は制圧済みです」

「三番廊下も制圧できました」

 ライアスが最後の一人を殴り飛ばして、そして振り向いた。

「大ホールも、今制圧した」

 広間はしーんとなった。

 滅茶苦茶になった調度品、荒らされたテーブルの上、そしてそれと同じくらい叩き壊された国王の面子、絶対絶命の危機であった。

「皆々様方、」

 ライアスは笑顔になった。

「これにてタップ王国の余興は終わりでございます。お楽しみ頂けたでしょうか」

 そして彼女は一礼し、側に倒れていた賊を担ぎ上げてそこから出て行った。傍らでそれをぼーっと見ていたグラドの脇腹をつついて急かすのも、忘れなかった。彼はそれで我に返って、部下たちをせっついて同じように男たちを担いで退室していった。

 来賓たちは顔を見合わせ、戸惑い、やがてそこから拍手が起こると、あとは喝采が沸きに沸いた。

 国王の面目はなんとか保たれたということである。



 医務室で手当てを受けるグラドを、ライアスは訪ねた。

「よお。大活躍だったな」

「怪我の具合はどうだ」

「なに、大したことはないよ。次の新月までは使い物にならないけどな」

「あいつら、何者なんだろうな」

 ライアスは壁に寄りかかって服を着るグラドを見ている。

「さあな。殺しちまったから、手掛かりはない。こんなことなら、一人くらい生かしておくんだったな」

「手加減するほど弱くはなかった。相手も本気でこちらを殺すつもりだったということだ」

「ああ、それは俺も感じた。あの腕、ただ者じゃなかった。どこの国の、誰の差し金なんだ」

「そのことだけどね」

 ライアスは腕を組み、壁に寄りかかったまま静かに言い放った。

「ナスタから来賓が来てるって言ったよね」

「ああ」

「なんてひと?」

「確か、なんとかいう公爵だ」

「ラガーディア公爵?」

「そうだ」

「……」

「なんでそんなこと知ってる」

 それにはこたえず、ライアスは沈思していた。

 やはりそうか……奴め、なにを考えている。なにをどうしようというのだ。

「おい。おいったら」

 話しかけられて、はっとした。自分が黙り込んで考えている間に、この男はずっと語りかけていたようだ。

「ああ、なに?」

「なに? じゃねえ。さては、聞いてなかったな? 聞く気が失せた。もういいよ。どうせこたえる気なんざないんだろ」

「あん?」

「公爵だよ」

 もういい、と呟いて、グラドは袖のボタンを留めた。

「それじゃあ私は帰るよ」

「もう行っちまうのか」

「お役ご免だからね」

「なんだよつれないなあ」

 彼女は、袖口から見える包帯をちらりと見た。

「やっぱり名前は教えてくれないのか」

 ライアスは扉に手をかけて、そして少し考えてから振り返った。

「ライアスというのはな」

 え? グラドが顔を上げる。

「本当はthで終わるんだ。みんな知らないからsで発音しているがな」

 そう言って、彼女は去っていった。

 言われたことが理解できず、グラドはしばらく考えていた。そして真実は突然、そこへやってきて彼を打った。

「ライアス。……liath。……《不運のネヴリアス》か……」

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