3-10 自分のためを「正義のため」とはき違える輩はいつでもいます
それからさらに1カ月が経過した。
ヨハンナは、最初のうちこそフォークシャー様がいるときにだけ来ていたが、次第に彼女は、誰がいるときでも来てくれるようになった。
「あら、ヨハンナちゃんじゃない? この間貸したお化粧品、どうだった?」
「ええ、すごいよかったです! 汗かいても全然落ちないんですね、あれ!」
「ヨハンナ。この間作ってくれたお菓子、おいしかったよ、ありがとうな!」
「フフフ。以前二コラからいただいたお菓子をもとに作ってみましたの。お気に召してなによりですわ?」
また、その中でシルートをはじめとするシェアハウスの住民達とも打ち解けてきたようだ。
こうやって周りと触れ合ううちに以前のように周りを見下すような様子もなくなったのを見て、俺は少し安堵した。
そんなある日、彼女は俺に尋ねてきた。
「ねえ、二コラ? あなた、フォークシャー殿から、就職したら土地を譲ってもらえるって話ですよね?」
「ああ。ご主人様からはそういわれているからな」
「ならさ。そこを私にも手伝わせてもらえませんか? ……今、雑豆を使った健康食品が流行ってるんですよ! 今栽培したら大儲け出来そうですから!」
相変わらず鼻息が荒く、そう言ってきた。
だが、あまり俺は露骨な金儲けには興味があまりなかった。
「うーん……」
「もちろん、売上は折半しますよ? どうですか、二コラ?」
それを聞くと、シルートはヒヒヒ、と笑って尋ねた。彼は珍しくひどく酔っている。
「ヨハンナさん。ただのご友人に『土地を貸してくれ』は通りやせんよ」
「え? ……ま、まあそうかもしれないけど……」
「いっそのこと、お二人は結婚されては? 最近はデートもするんすよね? ヨハンナさんは二コラさんがお嫌いなんですかい?」
その発言に周りが「そうだ!」「結婚、いいじゃん!」と囃し立ててくる。
ヨハンナは少し恥ずかしそうに顔を赤くした。
「い、いや、私はただ……こいつを利用したいってだけですので……」
「であれば、猶更結婚するべきっすよ。骨の髄まで利用してやってつかあさい、ヨハンナさん!」
「けど……それは、その……だって二コラがいやっていうかもだし……」
「んなわけないっすよ! 二コラさん、ずっとヨハンナさんを好きでしたし! ねえ?」
「え? 俺は……」
「ちょっとシルート? あんたちょっと酔いすぎよ? その辺にしときな?」
どうやらシルートは『負け屋』の仕事で、珍しく失敗したらしい。
具体的には、ターゲットの少年が治せない仮病を訴えてしまい、彼に失敗をさせてしまったとのことだ。
娼婦のお姉さんが、彼をそうたしなめた。
「あ、へへ……。すいやせん、つい調子乗っちまいやして……」
「い、いえ……。あれ、今日はもうこんな時間ですね。すみません、私はこれで……」
いずれにせよ、かなり夜が遅くなっていた。
ヨハンナの両親も、彼女の人間関係の狭さは気にしていたのだろう、宴会に行くことを容認していた。だが、さすがにあまり遅くなっては心配させてしまう。
「あ、俺が送っていくよ」
「すみません、お願いします、二コラ?」
いつものように、俺はそういうと立ち上がり、彼女を家まで送る準備をした。
変える道すがら、俺たちは二人で話をしていた。
「ねえ、二コラ……。手、つないでいいですか?」
「え? ……ああ……」
まじめな彼女は、手をつなぐときに必ず俺にお伺いを立ててくる。
当然俺はうなづいて、その手を出した。
「ありがと……。その、今日も楽しかったです……」
「それならよかったよ。……みんな、結構いいやつだろ?」
そういうとヨハンナもにっこり笑ってうなづいた。
「ええ。ただ……」
「ただ?」
「私はちょっと間違っていましたわ。その、今まで私は……学校に通って勉強したり、休日に一日鍛錬したり、習い事に通ったりするのを『当たり前のこと』だと思ってましたの……」
「当たり前、か……」
彼女はあまり裕福な家庭ではなかったこともあり、国営の機関が行っているような安価な魔法道場に通っていた。
だが、そもそも『国営の魔法道場では、安価で魔法を学べる』という情報すら、貧困層にはなかなか届かないものなのだ。
毎日を生きるだけで精一杯であり、かつ自身もそのような場所があることを知らないため、シルート達は習い事に通うという発想自体、幼少期に持てなかったのである。
「私の家は、今は貧困層ですが……もとは貴族の出。そういう情報を教えてくれる人脈に恵まれていただけだったんですね」
「ヨハンナ……」
ようやく、彼女には俺の考えが伝わってくれたようで嬉しかった。
これなら彼女も、自分以外の相手を見下してしまうようなことはないだろう。
そう思うと、俺は少し安堵した。
「ところでさ、二コラ? さっきシルートが言ってた件……あなたはどうなのです?」
「シルートの件って?」
「そ、その……。私と結婚する件、です……」
そういうと、ヨハンナは顔を真っ赤にした。
やっぱり、こうやって顔を染める彼女はかわいいんだな、と俺は心の中で思った。
「俺は……結婚したいよ。ヨハンナは?」
「えっと……。こういうと、金目当てに感じるかもしれないですが……。フォークシャー様から土地を譲っていただいたのなら……結婚したいです」
そう、ヨハンナは恥ずかしそうにつぶやいた。
……まあ、経済力を相手に求めるのは当然のことだろう。それに彼女は土地を使って人儲けを企んでいるのだから、猶更だ。
「そうなんだな。……けど良いのか? ヨハンナって、結婚とか興味ないと思ったけど?」
「いえ、そんなことないですわ! むしろ結婚して、子どもがほしいと思ってましたから……」
こうやって聞くと、本質的には子どもがほしいのであって、俺は『おまけ』なのかもな。
まあ、それは仕方がないことだと思うが。
……だが、次につぶやいた言葉は、俺には看過できないものだった。
「私の子どもは……。絶対に、シルートみたいな負け組にならないよう、たっぷりとお金をかけたいと思っていますから!」
「……は?」
その発言に、俺は少しいらだつように尋ねる。
「シルート達のこと、友達と思ってたんじゃないのかよ?」
「え? もちろん友達ですわ。ただ、話を聞いて思いましたもの。……私は自分の子どもを、彼らのような『かわいそうな境遇の人』にしたくないって」
「かわいそうな境遇?」
「ええ。習い事もできない、努力する機会も時間もない。そして毎日生きるだけで精一杯で、恋愛することもできない。そんな彼らみたいな生き方、耐えられませんもの」
「耐えられないって、ヨハンナ……」
「だから二コラ? 結婚したら子どものために、あなたもたくさん働いて、たくさん稼いでくださいね?」
それを聞いて、俺は彼女……というより、この国の在り方に失望したような気になった。
結局実力主義の国で弱者の気持ちを理解させたとしても、却って『彼らみたいにはなりたくない』と思わせるだけだったのだ。
これによって結局差別と分断を再生産させている。
この国で仮に結婚して子どもを育てても『弱者にならないよう、強者になるために果てしない競争を負わされる』と考えると、気分が暗くなった。
そんな風に思っていると、ひゅん……と、矢が俺のすぐ脇をかすめた。
「なに、誰か来たの?」
まさか『負け屋』が来たのか? とも思ったが、彼らは殺傷能力の高い弓矢のような武器は使わない。
つまり、これは本当の賊だ。
「そこか? ……だあ!」
そう思った俺は、すぐに矢の飛んできた方角に衝撃波を放つ。
闇夜でも無差別的にダメージを与えられるのが、俺の土魔法の特徴だ。
「ぐ……!」
その一撃をくらい、苦悶の声が聞こえた。
「あ、あんたは……」
「く……『勇者レイドの国』の住民が、早速国民をたぶらかしおって……! またお前も、こいつをゴミのように捨てるんだろう!」
そいつは、先日も遭遇した元大臣だった。
飛んできた矢は、俺の足元を狙っていた。
おそらく、さすがの大臣も俺を殺す気ではなかったのだろう。
俺を負傷させることで国から追い出すことが目的ことがうかがえる。
「なんてことするの!? あなた、自分が何をしたかわかってるの?」
「ああ、わかってるさ! 『勇者レイドの国』の男たちは……この国においておくわけにはいかん!」
「まだあなた、そんなこと言ってるの? もうやめてください!」
そう彼女は涙ながらに要求した。
彼女の父親も俺と同郷だ。割とこの国に来てから早い段階で病死したそうだが、やはりこの男には差別的な発言を受けてきたのだろう。
「お前も……この男に騙されているだけだ! ……私の姪がどんな目にあったか、知らないからそういうのだ! お前たちの国の男たちは……今すぐ出ていけ!」
拘束されながらもそう叫ぶ元大臣に、ヨハンナは怒りとともに魔力を手に込め始めた。
「許せない……。そんな風に差別をする人は……!」
「やめろ、ヨハンナ!」
だが、それを俺は制して、元大臣の拘束を解いた。
「ちょっと、何するの、二コラ? こいつを逃がす気?」
「逃げたいなら、それでいいさ。……ちょっと聞きたいことがあってさ」
そういうと、俺は元大臣の目を見て尋ねた。
「俺が……この国から出ていけば、あんたは満足するのか?」
「当然だ! 貴様らが迷惑をかける前にさっさと出て行けと言っているんだ!」
「……わかった。なら、俺はここを出ていくよ……悪かったな……」
「は?」
まさか本当にそういうとは思わなかったのだろう。
元大臣は少し驚いた様子になった。
俺は続けてつぶやく。
「あんたが、中央に戻れるように俺のほうから魔王様に嘆願もする……。だから、もう相手を出身地で毛嫌いするのは……やめてほしい……」
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