3-11 二コラは『ざまぁ』展開が大嫌いのようです

それから数日が経過した。



「そうか……。そなたは国を出るのか……」

「ええ。……魔王様、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした……」



俺はそういって頭を深く下げた。

魔王ヨルムは、少し残念そうになりながらも尋ねてきた。



「そなたを傷つけようとした大臣の話は聞いた……。だが……本当に良いのか? 奴を厳罰に処してもよかったのだぞ?」



俺は、元大臣が元の職位に戻れるように嘆願書を提出していた。


向こうに非があったことは明らかだったが、仮に厳罰に処してもらったとしても、元大臣は『勇者レイドの国の住民のせいで、自分がクビになった』と恨みを募らせるだけだろうと思ったからだ。


たとえ逆恨みだとしても、被害者意識を持つものには正論は響かないことくらい分かっている。



「いえ……。俺は、あのものを許そうと思います。あのものの姪御殿が、うちの勇者にひどい目に遭わされたことに、変わりはありませんし……」

「だが、それはそなたとは無関係ではないか。そなたが責任を感じる義務はない」

「それでも……。憎しみの連鎖だけは避けたいんです、俺は……」



……正直、もう俺みたいな扱いを受ける人はいなくなってほしい。

やられた分だけやり返して、その場は『ざまぁ』な気持ちになったとしても、それで傷つくのは俺の次に来る同郷の人なのだ。


元大臣をたとえ処刑したとしても、遺族や身内も俺たちを憎むようになるだろう。


仮にそういう人がいなかったとしても『友達がいない奴は処刑していい』なんて考えは絶対に受け入れられない。



だからこそ、俺は元大臣を許すことで、少しでもわだかまりが解けるようになってほしいと思っていた。



「そうか……。だが、それだけではこの国を出る理由とは思えんな。……本当の理由を隠していないか?」

「え?」

「無論ただとは言わん。そなたの嘆願を聞き入れ、大臣の罪を問わないことにしよう」



この魔王様は、やはり人の話を聞き入れようとする意識が強い。

自身の手で長年この国を統治する中で、自分の考え方が間違っていたと思うようになったためだろうか。

俺はそう思い、正直に答えることにした。



「ええ……一つ目に、この国の『実力主義』は実質的に血統主義に近いことです」



そういわれて、少し魔王ヨルムはむっとしたような表情を見せた。


「む? ……機会は平等に与えているつもりだが……」

「平等に与えても、それを受け取るための人脈が、上位層に偏っているんです。……魔王様の立場からだと見えているものも、下位層の方々には見ることすら出来ないんですよ」



ただでさえ魔力などは遺伝傾向の強い特徴がある。

それに加えて『自分の親がやっていた、情報の見つけ方』や『お得な情報を見つけてくれる知人』という人脈の広さなどは、旧貴族の層に集中していた。


また、このような情報を見つける時間すら、下位層の住民たちには与えられることがないため、結局彼らの子どもができる努力は、自習をはじめとした自助努力に集中していたのである。



そのうえ、いわゆる『内面の強さや社交性』を培う機会まで上位層は優先的に与えられている。

俺が以前やっていたような『負け屋』を利用して自信をつけた子たちは将来的に、



「周りのリソースを上手く使えるうえ、失敗してもへこたれずに再挑戦できる自信を身に着けた、強くて賢いクラスの人気者」



になる傾向が強かった。

これに対して、貧困層が自信の才覚だけで彼らに追いつくのは、本人だけでなく、親側についても、よほどの才能と努力、そして何より運の要素が強くなるだろう。



「もし、本当に平等にするなら……。経済格差だけじゃなくて『情報や時間の不平等』も解決しないといけないんです……」

「なるほど……。機会を平等に与えても、その機会を利用できるものが上層部に偏るのであれば、逆効果となるのか……覚えておこう」



そして俺は二つ目の問題も口にした。


「それともう一つは……『弱者が弱者のまま、生きられない』ことです。……正直、俺はこの国よりはまだ、血統主義だった時代の方がマシです」


「……ほう……。詳しく聞こうか」


俺は怒鳴られることを覚悟したが、魔王ヨルムは興味深そうにうなづいた。

……おそらくだが、彼の母親もまた、俺と同じようなことを言ったのかもしれない。



「はい。この世界の上層部の方たちは……ほぼ全員が『才能に恵まれないが、努力で運をつかみ取ったもの』だと思っています。よほど早熟なものでない限り、生まれた環境が恵まれていても、自分たちを『才能のない、努力家の凡人』と思っていました」


「才能のない、努力家の凡人か……。耳が痛いな……」


少し自虐的にそう魔王ヨルムはつぶやいた。

おそらく、本人も自覚があるのだろう。



「これは、この世界が形式上の『実力主義』で『平等』だからなんです。血統主義の世界の欠点は、能力があっても環境が悪ければ活躍できないことですが……今の世界は逆に『恵まれていることが、本人にもわからなくなってしまう』ことだと思います」


「なるほど……。確かに私の好きだった喫茶店でも……コーヒーを貧民にふるまう富裕層を見なくなったな……」



俺の住んでいた国ですら、貴族様達は(半ば人気取りという下心はあるものの)、時折街の喫茶店にやってきて貧民層に暖かいコーヒーを振舞ってくれたことがあった。



……たとえそれが偽善だと分かっていても、俺は寒い日に奢ってもらった、あのコーヒーの暖かさと美味しさは今でも心に残っているくらいだ。



だが、そのように『恵まれた立場の人間が、恵まれないものに施す』という概念自体が、この国からは消滅していた。



「なので……。『強者になれないと、誰も手を差し伸べてもらえない』世界で競争を続けるのは、正直俺は嫌でした……。これは俺だけじゃない、俺の子どもに対しても負わせたくないんです……」

「なるほど……母上が言いたかったのは……それだったのかもしれないな」


俺がそういうと、魔王ヨルムは神妙な顔をしてうなづいた。



「身分制度を廃止することで、恵まれた立場にいる者たちが『強者であるという自覚』をも消してしまうということか……」

「ええ。……俺はもうこの国からは出ていきますが……。どうか、強者の方々が弱者の方を尊重し、弱者が『強くならないと行けない』ではなく『弱いままでいいんだ』って思える社会を作ってください……」

「ああ、わかった。……約束はできぬが、心に刻み付けておこう」



そういって、俺は王城を後にした。




「……その、二コラ……」


城門の前では、すでにシェアハウスのみんなが俺の見送りに来ていた。

俺はこの国のあり方には正直ついていけないことも多かった。だが、彼らと出会えたことは何よりの収穫ではあった。


「災難だったな、お前さんも……」

「あの元大臣、あたしは許せないけど……。けど、二コラが恨みを捨てるなら、あたしも捨てることにするよ……」

「そうだな。……次に来る人たちのために、俺もできることをしないとな」


そんな風に周りは俺に言ってくれた。

……そして、しばらくするとヨハンナと元大臣……いや、大臣も来てくれた。

魔王ヨルムは俺の嘆願を聞き入れてくれ、復職したと話を聞いている。


ヨハンナは顔を赤くしながら俺につぶやく。


「ねえ、二コラ? ……その、本当に……ありがとうございました。引っ込み思案な私が、ここの人たちと仲良くなれたのは、二コラのおかげです……」



その言葉に偽りはなさそうだった。

やはり、本当は他者とのつながりを求めていたのか。そう思い、俺は自分の行動が間違っていなかったと、少し安堵した。



「俺のほうこそ、ありがとう。……ヨハンナと一緒にいられたのは楽しかったよ」

「私も……。きっと二コラとだったら、楽しい家族が築けたと思ったから……」



確かに、この世界に生まれたら子どもは競争を続けることになるだろう。

だが、それ自体が悪いわけじゃない。もしかしたら子どもは、他者と競うこと自体を楽しみ、そして充実した人生になる可能性だってある。


……だが、それは俺の考える理想の世界ではない。

むやみに上を目指すよりも、上も下もなく、皆で楽しく暮らせる世界が俺の理想だ。



そんな風に話していると、大臣がきまり悪そうにつぶやいた。



「くそ……。なぜ『勇者レイドの国』の住民に借りを作ってしまったのだ、私は……」



後悔交じりにそういうのを周りは憮然とした顔で見つめていた。

……まあ、彼が俺を追い出したようなものだから当然だろう。

俺は大臣のことを恨むつもりはない。落ち着いた口調で答える。



「あなたが、勇者レイドに『奪われた』ことを嘆いていたから……代わりに俺が少し……『与えた』つもりです。同じものでなくて申し訳ないですけど……」

「……く……」

「もし、これが気に入らないなら……。次この国に来た人に、借りを返してあげてください……」


そういうと大臣は、ギリギリと歯を食いしばるようにしながらも、うなづいた。



「……フン! わかった。『勇者レイド以外の』連中には、たとえ同国の出身者だったとしても、差別が行われないように取り計らう。……むろん、私も含めてな」

「ええ。……お願いします」



むろんこれは口約束でしかないし、大臣はまだ俺たち『勇者レイドの国』から来たものに対する悪感情をぬぐえないのだろう。


……だが、たとえ守られる保証はなくとも、約束を一つ取り付けたのだ。

きっとこれは、この国における差別解消のための一つになるだ。……積み上げる石が小さくとも、これを繰り返していけばいつかは平等に手が届くはずだ。



「それでは私は、仕事に戻る。……すまなかったな……二コラ殿」



そして、この謝罪もまた、俺が彼を許したから受け取れたものなのだろう。

一瞬の「スカッと」よりも、未来の「ありがとう」を俺は選びたい。

だからこそ、俺の判断は正しかったと、そう信じようと思った。




大臣が去ったあとしばらく俺はみんなと話をしていた。

だが、いい加減国を去らないと、そろそろ日が暮れてしまう。

そう思い俺は、荷物を背負って国を出る準備を始めた。



「そういえば……シルートは仕事が忙しかったのか? 最後に挨拶をしようと思ったんだが……」

「ああ、シルートはさ……」



しばらくして、遠くから荷物をたくさん持ってきた男がやってきた。



「おーい、二コラさーん!」

「シルート! なんだ、その大荷物は!」


そういうとシルートは、ヒヒヒといつものような笑みを浮かべた。



「あっしも、二コラさんにお供しようと思いやして!」

「え?」

「もとよりあっし、この国にはそんなに未練もないもんで。なんで、二コラさんの結婚相手探しの旅を手伝わせていただこうかと!」


それは、正直ありがたい話だ。

シルートは俺と同様、魔力自体は大したことがないが、判断力が優れているうえに人当たりがいい。


……そして何より、一人旅は正直寂しく思い始めていたところだ。

一緒に来てくれると助かる。

周りにはこの話は伝わっていたのだろう、ニコニコと応援するような表情を見せていた。


「いいのか、当てもない旅だぞ?」

「当てがないのは、この国にいても同じなんでさあ。一緒に頑張っていきやしょう!」

「……ああ、ありがとうな、シルート」



そういうと、俺はシルートとともに国を発った。

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