3-9 ヨハンナは人づきあいを利害で決めるようです
それから3カ月ほどが経過した。
「すまないな、給料も少ないのに納屋の掃除までしてもらえて」
「いえいえ、こんなのお安い御用ですよ!」
試験のシーズンも1カ月ほどで終わりを告げたたため、俺は元諸侯でもある、大地主の畑仕事を手伝っていた。
この国はだいぶ都市化が進んでいたたこともあり、少しシェアハウスから離れていた。だが、何とか通いで働ける距離だったため、俺は通いで働いている。
「ヒヒヒ、旦那? あっしの方も害虫の駆除、終わりやしたよ?」
「おお、そうか。シルート達もよくやってくれたな。……よし、掃除が終ったら一休みをしようか」
ちなみに、シルートはじめシェアハウスの人たちの一部も一緒に働いてくれている。
若干礼儀知らずなところがあるが、お人好しで人懐っこい彼らは、すぐに主人にも気に入ってもらえたようだった。
「よし、掃除終りました!」
「おお、よくやってくれたな、二コラ。……ちょうどお昼の紅茶を妻が淹れてくれたから、一緒に休んでくれ」
「ええ。二コラさんもシルートさんも、お疲れ様」
ここのご主人様と奥様はかなりいい人であり、この農場で働くのは俺は楽しかった。
「二コラ、君は本当によく働いてくれるな。正直移民と聞いて最初は心配だったが……」
「ええ。農業自体は前の国でもやっていたので。……あとは傭兵業くらいなら、お引き受けできますよ!」
ごくまれに農場に出る魔物を退治するのも俺の仕事だ。
といっても、人間に害をなすタイプではなく作物に害をなすような魔物が多いので、危険はないのだが。
そういうとご主人様は、にこにこと笑って答えた。
「そうか。……もし、君が良ければだが、正式にうちの使用人にならないか?」
「使用人、ですか……」
「ああ。それを引き受けてくれるなら、私の持つ畑を少し分けてあげよう。君はそこで取れた作物は自分で食べてもいいし、誰かに与えてもいい。……むろん、商品作物を売って大儲けするというなら、私も歓迎だがな」
ははは、と楽しそうに主人は笑ってくれた。
むろん、畑を渡すのは使用人として終身……いや、場合によっては子孫にいたるまでここで働き続けてほしい、という意志の表れだろう。
それはわかっているが、こちらにとってもメリットが大きい話だ。
シルートはニヤニヤと笑いながら尋ねる。
「お、いい話じゃないっすか、二コラさん! ……この畑をもらえたら、愛しのヨハンナさんと結婚できるのでは?」
「あら? ……気になる相手がいるのかしら、二コラさん?」
シルートのからかいに、奥様も反応してきた。
「え、まあ、その……」
「ヨハンナといえば……。そうか、君の家の近くに住んでいる兵隊長のヨハンナ殿のことか」
俺が答えあぐねていると、ご主人様がそういって俺に尋ねてきた。
「あ、はい……。ご存じなんですか?」
「ああ。昔から上昇志向が強く、出世が早かったとも聞いているな。だが……割と周りと衝突することが多いとも耳にするが……」
「そうだったんですね……」
やはり、彼女の評判はあまり職場ではよくないのだろう。
そう思っていると、隣から俺たちに対して不快そうな口調でかけてきた、男か女かわからない声色が聞こえてきた。
「フォークシャー殿……。そのような男と近づくのは、あまり……」
「む? なぜだ?」
……以前入国試験の時に、差別的な発言をしたことでクビになった、元大臣だ。
大臣職を追われた元大臣は、今は小さな村役場で働いているようで、ここにもよく顔を出してくる。
「俺が『レイドの国』の出身なことが、やっぱり嫌なんですか?」
「そういうわけではないが……」
さすがに同じような『出身地差別』はこの新しい職場では行っていない。
だが、相変わらず俺に対してはいい印象を持っていないのはありありとわかる。
ご主人様は元大臣を少し同情するような表情になりながらも、たしなめるように尋ねる。
「確か、お前の姪は勇者レイドに奴隷として扱われていたそうだな。……だが、彼はそのものとは関係がない。仲良くやってはくれないか?」
「そうよ? ほら、あなたも一緒にお茶でもどう?」
「いえ、私は、やはりこのものとは……すみません、失礼します」
この元大臣は、そう憮然とした表情でうなづいた。
やはり、俺のことが気に入らないのだろう。……まあ、過去にも似たようなことがあったので俺はあまり気にしないのだが。
その様子を見て、ご主人様は申し訳なさそうに答える。
「すまないな。いやな気持ちにさせて……。あの男は『レイドの国』の住民をひどく嫌っていてな……姪が過去にひどい目にあったことが原因なのだが……」
「いつも自国の民のことを考えてくださる、いい大臣だったのよ。……私たちのことも本当に助けてくれたから、あんな態度をとられるのは悲しいんだけどね……」
あの元大臣の評判は、国内では大変高かった。
だが、やはり『レイドの国』を出身地とする男性に対する排斥感情の強さは愛国心故と分かっていても、受け入れられないものは多くいた。
ヨハンナの父も、彼にはそうとう傷つけられていたらしく、彼女はあの元大臣を嫌っていたらしい。
「とはいえ、申し訳なかったな。何か詫びることができればいいが……」
「いえ、俺は気にしないので。……ただ、そう言ってくださるなら……一つお願いがあるんです」
「なんだ?」
「ヨハンナのことで、少し……」
そう思いながら、俺はある提案をご主人様に行った。
それから数日後。
「やっと準備ができたな。さて、上手くいくといいけどな……」
「どうでしょうね。あっしも応援しやすよ!」
シルートはそう俺につぶやくと、ヨハンナの家のドアを叩いた。
「はい?」
どうやら、両親は留守にしているようだった。
面倒くさそうな表情をしながら家から出てきたヨハンナに、俺はニコニコと笑顔で尋ねた。
彼女は俺を見た瞬間、驚いたような表情で一度部屋に戻り、本を持って戻ってきた。
「こんばんは、ヨハンナ!」
「こんばんは、二コラ。……その……先日借りた本、返しますね?」
「ああ、ありがとう」
彼女と何度も顔を合わせて話をするうちに、今では一緒に食事をしたり、本の貸し借りをしたりする仲になっていた。
その時間は楽しかったが、それでも彼女は俺以外の人……特にシルートのような中年の労働者層……を馬鹿にする様子は変わっていなかった。
俺に対しても友人としては好意を持ってくれているようだったが、やはり『低収入』『レイドの国の出身』ということがあり、異性として付き合いたいという雰囲気にはならなかった。
……だが、俺は彼女と結婚したいと思っていたし、それが無理でも周りに対して見下す意識も変えてほしいと思っていた。
そして何より、お節介だとは承知の上だったが、彼女には様々な人間関係を持ってほしいと思っていた。
そのこともあり、彼女を宴会に誘ってみた。
「いつも俺たち宴会してるの知ってるだろ? それで、今夜もやるんだけどさ」
「へえ。言っとくけど私は参加しませんから。勉強が忙しいので……」
……まあ、そういわれるところは想定内だ。
以前、同じシェアハウスに住む娼婦のお姉さんを連れて行った時も同じ反応をしていた。
おそらく彼女にとって俺たちは『メリットのある人間関係』とは思っていないのだろう。
……なら、彼女にとってもメリットのある人を連れてくるのが足がかりかと思い、俺は答える。
「実は今日なんだけどさ。あの西地方の諸侯『フォークシャー』さんが来ているんだ」
「え……そうなんですの?」
やはりだ。
ご主人様は、このあたりでは有名な諸侯だ。
上昇志向の強い彼女にとっては、こういう権力者と出会える機会があれば食いついてくると思っていた。
「ヨハンナのこと話したらさ。ぜひ一度会ってみたいって言ってたんだ。だから、挨拶だけでもどうだ?」
「そ、そういうことでしたら……いいですわ。私も参加してあげますね」
そんな風にはいうが、彼女はどこか楽しそうだった。
……やはり本音ではコミュニティとつながりを持ちたいと思っていたのだろう。
(ふう……。これでやっと、第一歩か……)
もし何かあったときに周囲に相談できる相手がいるのといないのとでは、雲泥の差がある。
特に彼女のようなタイプの場合、両親の死後に孤立してしまうと一気に人生の難易度が上がるだろうことは想定できた。
それを事前に防げるなら、それに越したことはない。
(それに、なんだかんだでこの世界はコネの力も大きいみたいだしな……)
……この『実力主義』の世界で評価されるのは、学力や運動能力、魔力や自己肯定感だけじゃない。
人間関係を構築する力もまた、問われるのだ。
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